4話
ローズハート公爵家は、かつてアテナイ諸侯連合という国における御三家が一角にして、筆頭であった。
かつて幾世紀も前に、現大陸に消えぬ傷と名を残した第一の大陸戦争において、当時誕生したばかりの諸侯連合が古く悪しき帝国の圧制から自由を。つまり独立を勝ち取った戦いで、その家は優れた武勇を以て、帝国に与した名立たる英雄達を斬り伏せ、連合を勝利に導いたという。
幾年にも渡り続いた苦難から民を解放した彼らは英雄となり、連合に多大な影響力をもたらした。
その長年の栄光は、その後も起きた多くの戦いで数多の英雄を輩出する事で保たれていた。彼等公爵家は、代々その武と誉を連綿と受け継ぐ事で己の価値を証明してきたのである。
その栄華が崩れ去ったのは、今から一世紀前、新大陸の発見であった。
”遺物”。それは新大陸に眠る、未知にして、遙か遠い未来を行く古い叡智。
どうやら、かつて新大陸には旧文明とでも呼ぶべき存在が居たらしい。今は、もう新大陸の地殻に埋没し、その残滓を残すだけだが。
それがどんな民を有し、どのような歴史を歩んでいたのかは誰も知らない。
その文明を築いたのが、人間であるのか。或いはそうでないのかすら、今の人類に知る術は無かった。
確かな事は三つ。
一つ。彼等は遺物を遺した。
二つ。遺物は人類にも扱えた。
三つ。遺物は、人類の技術進歩に多大な影響を与えた。
旧文明が残した遺物。或いはそれに込められた発想は、人類にこれ迄には無かった、新たな知識の潮流をもたらした。
人力は遺物、もしくはそれを基に生み出された機械に置き換えられ、それを駆動させる為の機関が発明された。
それらは、これまでの人力の限界を優に超え、人々の営みを円滑に、そしてより一層潤わしていった。
そして、変わったのは人の営みだけではない。
それは、戦争も同じである。
機械化された戦争は、かつてと比べその交戦距離を飛躍的に伸ばし、古い時代の剣を握った個々人の武勇は、遠方から放たれる数の暴力によって蹂躙された。
そこに誉や武勲を示す為の戦場は無く、如何に効率的且つ、自身の損害を抑えて敵を屠るかという皮算用で計られた戦場だけが残った。
英雄は、科学の進歩に淘汰されたのである。
そして、ローズハート公爵家はその淘汰された英雄達の一つであった。
古き名誉を重んじ、流麗な細剣にて戦場を駆けたその薔薇は時代に取り残され、周囲がビジネスを成功させてその地位を上げる中、彼等はなお英雄に幻想を見てしまったのだ。
それがもたらしたのは、没落という悲惨にして妥当な末路である。
そうして数多の物を喪ったその貴族は、しかし、かつての栄光に今も尚目を眩ませて己の姿を顧みず、結局新しきを受け入れて這い上がる努力をしなかった。
何故なら、彼等には蜘蛛の糸の如きか細い希望が眼前へと垂れていたから。
英雄は淘汰された。けれども、絶滅したわけでは無い。
狼。それは、新大陸を地獄たらしめる唯一にして最大の要因。
排他的にして狂暴。悪辣にして冒涜的な化生達。群れを率いて殺戮を続ける、御伽噺から飛び出してきたかの様な人類の敵である。
新大陸の開拓初期、文明の利器によって築かれた人の軍は、狼に幾度も立ち向かい、敗北を重ねた。
銃弾は、狼の毛皮と筋肉を貫けず、何層にも重ねられた装甲は爪と牙によって紙のように切り裂かれ、人の陣は真っ向から食い破られた。
大陸に蔓延る洪水が如き群れは、たかだか数千から数万でしかない人の軍を飲み込み、彼等をすべからく血煙へと変えていった。
だからこそ、何時からか新大陸では英雄をこそ必要とした。
昔に語られた、人を数多食らった邪竜に立ち向かい、これを討ち果たす勇者を。
岩をも断つ名剣を手に握り、地平を覆い尽くす夷敵を討ち払う一騎当千の豪傑を。
”赤頭巾”
伝統的な狩衣装。それに付いたフードを狼の返り血で深紅に染め上げた狩人達。
彼等は、新大陸における人類の矛にして盾である。
ある者は、全てを穿つ銛を以て巨獣の心臓を貫き滅ぼし、ある者は鍛えた鋼に魂を乗せて虚ろな戦場を切り裂いた。そして、また、ある者は炎の剣を手に、大いなる都を灰燼へと帰し、ある者は煌めく鉄の拳で不壊の甲殻を打ち砕いた。
彼等を謡う詩は現大陸にも届いていた。そしてそれを聞いたローズハート公爵家はこう思ったのだ。
──新大陸でなら、自分達はきっと、また必要とされる。まだ、我々は英雄であり続ける事が出来る。
そうして、いつからか彼等の目的は、家門を再興する事から、レッドフードという英雄に名を連ねる事へ変わっていた。
その順序の逆転は、しかし彼等の中で気付く者は居らず、それは子のまた子へと受け継がれていった。
そうして、遂にそれを実行へと移した当代。その使命を一身に背負わされた少女が居る。それこそが彼女、アイリス・ヴィクトリアーナ=ローズハートである。




