十二・ High risk High return
王都の病院の一室、今回の事を弁解しようと訪れたジェイドは、額に青筋を立てているガドールと鋭い目付きのマティアスと対峙していた。
「私達四人は世界からlast numberを守れと命じられました。その際、もしクルッカが力に飲まれるようなら、wild cardの力を封じるようにと……」
あくまでクルッカを殺す気はなく、クルッカを助けようと必死だった事をつらつらと並べ立てるジェイド。幼馴染故の盲目的な行動にベッドの上のロックは、無表情のまま、口を真一文字に結んでいる。
「……よし、お前、肩貸せや」
一方、怒りの収まらないガドールは言うが早いか、バチバチと火花が散る警棒を構えると、ジェイドの方に向ける。これには、流石のチェイスも慌てて、二人の間に割って入る。
「ガドール、気持ちは分かるが、ここ病院だし、それで貫かれたら、ジェイド死んじゃうから!」
「こっちだって、こいつが死にかけたんだぞ?むしろ、釣りがくるくらいやらねぇと気がすまねぇ」
「目がガチだぁ……、って言ってる場合じゃねぇな。本当、申し訳ない!!」
ガドールを何とか制しながら、チェイスが勢いよく頭を下げると、後ろにいたジェイドもそれに従い、頭を下げる。
「本当に申し訳ございませんでした」
並べられた二つの頭をロックは黙って見つめている。その顔からは表情が読み取れず、怒っているのか、呆れているのかさえ分からない。
「あたしも、ごめんなさい」
普段のロックらしからぬ表情に改めて、犯してしまった罪の重さを知る。罪悪感からクルッカも頭を下げるも、ロックからは何の反応もない。
「顔、上げてくれよ。俺は……大丈夫だから」
どれくらいそうしていたか。一呼吸置いて発せられた言葉にクルッカ達が恐る恐る顔を上げると、ロックはガドールに武器を収めるように促した。
「……次はねぇからな」
「ありがとう、ございます……」
「阿呆、勘違いすんな。許した訳じゃねぇ」
ガドールはそう返すと、本当にいいのかと言わんばかりにロックに視線を投げる。すると、ロックはガドールにいつものように柔らかい笑みを浮かべてみせる。
「笑ってんじゃねぇよ」
ぶっきらぼうに呟かれた言葉とは裏腹にロックの頭を撫でる手は優しく、重い空気が一転、和やかになる。
「よぉ〜し、ジェイド。下がってしまった好感度上げの為にお兄さんが任務を授けよう!」
「一言余計ですよ。全く、貴方という人は……」
「はい、つべこべ言わない!」
すっかり調子を取り戻したチェイスは、コートの内ポケットから見覚えのある封筒を取り出した。この騒ぎで忘れかけていた審理状の入った封筒だ。
「ロック達の大事なもんだ。頼んだぞ?」
「……分かりました」
ジェイドはチェイスから封筒を受け取ると、凛とした表情でこちらを一瞥する。任せてくれと言いたげな顔にロックとガドールは一瞬、互いに視線を投げた後、ジェイドに向かって頷いてみせる。
「ロック、本当に大丈夫?」
ジェイドが病室を後にしてすぐ、傍にいたマティアスが声をかける。ロマノフ=ジョーヴァンの一件から、仲良くなった二人は傍から見れば兄弟のようだ。
「みんな、心配しすぎ。傷跡だって、ちゃんと消えるって言ってたし、大した事ないよ」
「どの口が言ってんだよ。パニクって死にかけたくせに」
グニッとガドールの両手がロックの頬を摘む。柔らかい頬はガドールのされるがままで、本人は愉快げに笑っているが、ロックは止めろと足をバタバタさせている。
――ロックはガドールの特効薬だ。
「失礼します」
そんな空気を突如切り裂いたのは、聞き覚えのない声だった。続いて、病室に一人の小柄な男が入って来る。男はジェイドとチェイスと同じコートを身に付け、騎士団の証であるバッジを光らせている。
――何で騎士団員が……。
クルッカは無意識の内にチェイスに目をやると、チェイスの顔からは表情が消えていた。
「チェイス=ミラー中尉でありますか?」
小柄な男がチェイスに尋ねた瞬間、ライトグリーンの瞳がギロリと男を睨み付ける。今までに見た事のない恐ろしい殺気にロックとマティアスは息を呑み、男は一歩後退る。
「わ……私は、王立騎士団王都支部所属のルイス=カルニタスと申します。階級は少尉であります!」
男――ルイス=カルニタスが名を告げる。
「元帥の命により、チェイス=ミラー中尉をお連れするために参りました」
元帥という単語にその場にいたメンバーがピクリと反応する。元帥直々の命――。しかし、チェイスを迎えに来たのは、元帥の側近ではなく、一介の少尉だ。それが意味する事はただ一つ。
――事を公にしたくないって事か…。
直感的にそう感じたクルッカ、ガドール、マティアスの視線がチェイスに注がれる。元騎士団員のチェイスなら、クルッカ達よりも事の重大さを分かっているはずだ。
「ッチ……」
ルイスがビクリと肩を揺らす。ピリピリとした空気はルイスを萎縮させると同時に恐怖を植え付け、目に涙を浮かべている。傍から見れば、蛇に睨まれた蛙のようだ。内心、とてもビクビクしているのだろう。ルイスの心中を察し、クルッカは少し気の毒に思う。
「んな、ビビんなよ。別に取って食ったりしねぇよ。……連れてけよ」
チェイスは荒々しく椅子から立ち上がると、ルイスは背筋を伸ばし、敬礼をする。
「と言う訳だ。ちょっと行って来る」
チェイスの声は先程よりも柔らかかった。けれど、無理して作っている笑顔がクルッカの胸にズキリと鈍い痛みを与える。
――チェイス……。
病室を出て行く、その背中にジェイドのそれと同じものをクルッカは感じていた。
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王立騎士団王都本部――。
そこには、証であるコートを翻し、細身の剣を携えた騎士団員がぞろぞろと集まっている。特に今日はイベントでもあるのか、色々な支部から騎士がやって来ている。
――チェイスはどこ?
王都本部に忍び込んだクルッカは気配を消し、物陰に隠れながらも確実にチェイスに近付いていく。見つかれば、捕まってしまうだろうか。そんな事を頭の隅で思いつつも、クルッカは足を止めなかった。
王都本部へ潜入して、数分後。ようやく、チェイスの姿を見つけたクルッカは、後を追って部屋の中に入ろうとした。
――指令室…。
不思議と緊張してきたクルッカは、拳を握り締める。独特な雰囲気に息苦しく感じる。これが騎士団元帥のオーラなのか。
「おい」
不意に声をかけられ、クルッカはビクリと肩を揺らす。
「……ガドールっ!?」
恐る恐る振り返ると、そこにはガドールがいた。先程よりもだいぶ落ち着いた様子のガドールは、口元に指を当てる。
「ロックからお前を頼むって言われたんだよ。ったく、人の心配してる場合じゃねぇくせに」
「お前も勝手に何やってんだよ」。ガドールの指がクルッカの額を軽く小突く。ロックにツッコむ時とは違い、加減されたそれにクルッカは何でかホッとしてしまう。
――よかった、いつものガドールだ。
「さっさと片付けて、ロックのとこに戻んぞ」
「御意」
クルッカは短く返事をすると、ジャケットの内ポケットから虫サイズの超小型の盗聴器を取り出す。
それをチェイスの入っていった、ドアの隙間から投げ入れれば、準備は万全だ。
「チェイス中尉、ここへ戻って来る気はないか?」
鮮明すぎる第一声にクルッカとガドールは息を呑む。
「残念ながら、元帥。私には騎士でいる資格など、ないのです」
普段の陽気さなど、すっかりなりを潜めている、チェイスの悲しげな声が二人の耳に届く。
「あの事をまだ引きずっているのか」
「……あの事を忘れる訳にはいきません。これが、私なりのけじめです」
あの事――。恐らく、それがチェイスが騎士団を辞めたきっかけなのだろう。クルッカ自身、触れてはいけない話題である事は分かっていたので、詳しくは知らないのだが。
「だから、そのコートをまだ着ている、と……」
「これは……単なるエゴです」
「そうやって、七年間も生き続けているのか」
チェイスが騎士団を辞めたのは、十六歳の時だ。つまり、辞めてからずっと、その事を引きずっていたという事になる。
――ずっと傍にいたのに、気付かなかった。
気付けば、クルッカはガドールの手を握っていた。手から伝わる体温で何とか落ち着こうと思ったのだろうか。そんなクルッカを気遣ってか、ガドールはその手を握り返してきた。
「ジェイド大佐もお前が戻って来る事を望んでいるはずだ」
「大佐はお前が目標だからな」。呟いた後、フーっと元帥が息を吐いた。おそらく、煙草か葉巻でも吸っているのだろう。
「私は、弟に……大佐に憧れられるような者ではありません」
「それに…」。ひと呼吸置いて、チェイスは口を開く。意を決してと言わんばかりに。
「私はもう、ミラー家の人間ではありません。ここに戻る理由など、何もないのです」
――ミラー家の人間じゃない、って……。
クルッカの全神経が流れて来る音に注がれる。一言も聞き逃すまいと、必死で耳を傾ける。
固く閉ざされた、チェイスの口が心の奥に仕舞い込んでいた、自身の過去について、ゆっくりと語り出した。
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騎士の名家・ミラー家には鉄の掟があった。
掟はミラー家を縛り付け、破る事を決して許しはしなかった。掟が世界の理だと信じていた、ミラー家の人々は騎士道に反して、時にはその手を自ら汚す事も厭わなかった。
そんなミラー家には、当時子供がいなかった。ミラー家に嫁いできた女との間に子供が出来なかったのだ。男は、鉄の掟を守るために、女を捨てた。男にとって、女とは子供を生む道具にしかすぎなかったからだ。
男は代わりに嫁をテキトーに見繕い、女に子供を生ませようとした。
けれど、子供は一向に生まれる気配がなかった。
困り果てた男は掟を守るために、生まれたばかりの赤ん坊を奪う事にした。親には大量の金を持たせ、決して口外しないように脅迫紛いの圧力をかけて。
その赤ん坊に男はチェイスと名付けた。
これで、掟は守られた――。男はそう思った。
しかし、ここで思わぬ誤算が生じた。代わりに見繕った女がいつの間にか、子供を生んでいたのだ。男は、女の生んだ赤ん坊にジェイドと名付けた。
二人の子供は実の兄弟のように仲がよく、髪や目の色もそっくりだった為、誰にも疑われる事はなかった。
――掟その一、騎士の輩出を止める事なかれ。
汚れた名家は名誉を守るためには、犠牲を厭わない。
――掟その二、何事においても優秀であれ。
目の前に広がっている屍を踏み、鞭打つ事が正しいと信じている。
――掟その三、いらないモノは切り捨てろ。
歩いて来た道の端で燃えている焔にも、涼しげなモノでも見るかのような目で愛でる。狂いきった血は、欲望のままに動く。血塗られた鎖はちぎれる事なく、体に絡みつき、蝕んでいく。
これが、呪われた名家の鉄の掟である。
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「おい、大丈夫か?」
ガドールに肩を掴まれ、ハッと我に返るクルッカ。見ると、そこは王立騎士団王都本部から少し離れた場所だった。
「ごめん。ちょっと混乱してて……」
額から流れ出る汗を手の甲で拭うクルッカ。走って来たせいか、顔中汗まみれだ。
――チェイスとジェイドが義兄弟だったなんて……。
いつも陽気で笑顔の似合うチェイス。長い間、一緒にいたにも関わらず、何で気付けなかったのか。クルッカは無力感から、拳を握りしめる。
「話から察するにジェイドはこの事を知らねぇんだよな?」
「……知ってたら、今頃騎士なんてやってないよ」
誰よりも騎士道を重んじているジェイドがこの事を知れば、どうなるか。想像するだけでも、心がズキズキと痛み出す。
「だから、お前は普通にしてろ。急に態度が変わったら、怪しまれる」
「………分かってる。けど………」
普通にしていたいのに、心はグラグラとぐらついてしまう。こんなにも自分は弱かったのかとクルッカは自嘲的な笑みを浮かべる。
「チェイスの気持ちもくんでやれ。お前とジェイドには知られたくなかったから、ずっと隠してたんだろうぜ」
ガドールの言葉は妙に真剣みを帯びていた。まるで、自分も体験した事があるかのような言い方に引っかかりを感じながらも、クルッカの頭はジェイドとチェイスの事でいっぱいになっていた。
「……ガドール」
「あ?」
「ちょっと付き合って」
クルッカは勢いよくガドールの手を取ると、おもむろに駆け出す。
――チェイスには、笑ってて欲しい。
「チェイスが何で騎士を辞めたのか、調べたいんだ」
「ハァ……。言うと思った」
ため息混じりにガドールが返す。ガドールの言いたい事は十分に分かっているつもりだ。これ以上、踏み込んでしまったら、もう知らん顔など出来ない。それ所か、お互いが傷付く場合だってある。
「ま、俺も話聞いちまった時点で共犯だがな」
頭に柔らかい感触がして、クルッカがゆっくりと頭を上げる。すると、先程まで後ろにいたガドールがクルッカの方を見下ろして、頭を撫でていた。
「中途半端なままってのも、後味悪りぃし、付き合ってやんよ」
ニィッと少年っぽさの残る笑みで微笑むガドール。嬉しくなったクルッカは、思わずガドールに抱きついた。
「ありがとうっ!ガドール!」
「なっ……!?」
不意打ちを食らったガドールは、カァーッと一気に真っ赤になると、体を硬直させた。女慣れしているガドールにしては、らしくない態度にクルッカは笑ってしまう。
「笑ってんじゃねぇよ。……いいから行くぞ」
ガドールはぶっきらぼうにクルッカの額を手で押し、素早く離れる。よっぽど恥ずかしかったのか、口元を手で塞ぎ、そっぽを向いている。それでも、繋いでいる手は離さない。
――そういえば、ずっと繋いだままだ。
もう繋いでいる理由はないのだが、何となく離す気にはなれない。名残惜しいという感情に近い何かが、クルッカの中で動いているらしい。
――まぁ、本人が気にしてないし、いいか。
「で、どこ行くんだ?」
まだ赤みの差した顔でガドールがクルッカを見る。クルッカは、口の端に笑みを浮かべると力強く言った。
「ガドールの大好きな場所だよ」
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「ん……」
窓から光が差して、眠っていた意識が覚醒する。
――そういえば、クルッカは……。
右肩からの鈍い痛みを感じつつ、ロックがベッドから上半身を起こそうとすると――。
「駄目」
凛とした声と共に左肩を押され、起き上がりかけていた体がベッドに逆戻りする。
「起き上がっちゃ、駄目。医者が安静にって」
マティアスがロックの顔を覗き込む。相当、心配をかけていたのか、マティアスの顔が今までにないくらい、ホッとしているように見える。
「クルッカなら、まだ戻ってないよ」
「……そっか。ま、ガドールがいるんだから、大丈夫だろ」
「ん、そうだね」
柔らかい笑みを浮かべるマティアスにつられ、ロックも小さく笑ってみせる。
「ただいま戻りました」
僅かに和んだ空気を切り裂くように現れたのは、ジェイドだった。病室を出て行った時よりも、暗い表情のジェイドは二人を見るなり、眉を顰める。
「……おかえり」
一応、挨拶はするものの、マティアスの表情はまだ許していないと言わんばかりだ。振り出しに戻った状況にロックはどうすればいいのか、分からなくなる。
――誰か、助けてくれ……。
「……改めて、申し訳ありませんでした」
何の前触れもなく、深々と下げられたジェイドの頭を見つめて、数秒――。ロックは目をパチクリさせた後、「その事はもういいって……」と呆れたように返す。
――本当、馬鹿真面目というか……。
「俺、こういう貧乏くじはしょっちゅう引いてるからさ。何て事ないよ、平気平気」
「そういう訳にはいきません」
「騎士ですから」と真っ直ぐにこちらを見据えるジェイド。モスグリーンの瞳に射抜かれたロックは、何だか落ち着かなくて、視線を逸らす。
「アレは、騎士にあるまじき行為でした。私は、クルッカの事になると、盲目的になるようで……」
「分かったから、大丈夫だって!」
「……一発殴らないと終わらないんじゃ」
「平和的解決がいいんだけど!?」
人を殴った時のあの感触は、ロマノフ=ジョーヴァンの一件で十分だ。それに以前にも言ったが、ロックの手は人を救う為の手だ。平和的解決が出来るなら、そちらの方がいいに決まっている。
「ところで、チェイス達はどこへ行ったのです?」
不意に気になったのか、ジェイドが話題を変える。が、話題が話題の為、二人の眉間には皺が寄るばかりだ。
「チェイスはルイスっていう少尉に連れてかれた」
「ルイス少尉?」
ロックの言葉にジェイドの顔が一気に曇る。その変化を察したマティアスの紅蓮色の目が光を宿す。
「王立騎士団王都支部所属のルイス=カルニタス。階級は少尉」
「支部の人間がチェイスに用、ですか」
「元帥の命でって言ってた」
元帥という単語にジェイドははっと息を呑んだ。やはり、何か大変な事になっているようだ。一難去ってまた一難とは、まさにこの事か。
「クルッカとガドールはチェイスを追って行った」
「何故止めなかったのですか」
「俺も、心配だったから」
マティアスが俯いて、申し訳なさそうに呟く。これには、ジェイドも何とも言えなくなり、口を真一文字に結んでいる。
「ま、言った所でクルッカには無駄だろ」
助け舟を出そうとロックが口を挟むと、ジェイドは苦笑いにも似た笑みを浮かべる。
「……それもそうですね」
ジェイドは自身の額に手を当て、眉間に深い皺を刻む、その顔は怒っているというのに、何とも美しい。これだから、美形はずるい。
「ごめん、俺、仕事行かなきゃ」
「あぁ、こっちこそ、ごめんな。いってらっしゃい」
「ん、いってきます。ロックは、安静にね?」
マティアスはロックに念を押すと、病室を出て行った。二人きりとなった病室は人がいるにも関わらず、しんと静まり返っている。何か話してくれとジェイドの方を見遣れば、何かを考え込んでいるジェイドの姿があった。チェイスの事でも考えているのだろうか。
――……放っとこう。
一人考えを巡らすジェイドを他所に、ロックはふわっと柔らかい眠気に襲われ、静かに目を瞑るのだった。
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王都のとある裏路地を進み、地下へ潜ると、そこには洒落たバーがあった。看板も何もないのに、中は人がごった返している。知る人ぞ知るっという感じの店なのだろう。
「っと……」
ドンっと酒に酔った客がクルッカにぶつかりそうになり、ガドールは繋いでいた手を引いて、クルッカを自分の腕の中へ引き寄せた。
「あ、ありがとう……」
「気ぃつけろ。酔ったやつはタチが悪りぃからな」
「分かった」
クルッカは腕から脱出すると、人に注意しながら、また歩き出す。どこを目指しているかは皆目見当もつかない。
店にいる人々はどいつもこいつもガラが悪い。中には騎士団員の下っ端も何人か混ざっており、「いつか元帥になってやる!!」っと叫んでいるあたりはかなり救えない。
「お前、何回か来た事あんのか?」
「昔ね。チェイスがよくここに来てたから」
――一体、いつから酒飲んでんだよ。
「賭けをしに、ね」
クルッカは意味ありげに微笑むと、バーの奥の行き止まりで足を止めた。そして、おもむろに壁に手を置くと――。
「ようこそ」
壁が動き、扉のように開き始める。扉の向こうからは、男達の歓声と悲鳴が聞こえてくる。
「隠しカジノへ」
――騎士道もくそもねぇじゃねぇか。
「ん?おい、お前」
騎士団員の一人が入口につっ立っている二人に気付き、声をかける。他の騎士団員は賭けに夢中でこちらには気付いていない。
「やっぱ、そうだ!お前、ミラー兄弟のお気に入りのクルッカじゃん」
「王立騎士団司令本部所属のワーカー=コペルニクス。階級は中佐」。クルッカがガドールに耳打ちをする。
「どうも」
「今日は何の用だ?つか、この色男は?」
「俺はガドール=クーリッジだ」
ガドールが名乗るとワーカーは、一瞬目を丸くしたが数秒経ってから、口笛を吹いた。だが、口笛がひっくり返っているため、強がっているのがバレバレである。
「"狂運のガドール"か……」
「言っとくが今日は勝負しに来た訳じゃねぇよ」
「ワーカーさん、あなたに聞きたい事がある」
クルッカはワーカーを見て言った。クルッカよりも背の高いワーカーは、クルッカを見下ろしている。気のせいか、頬が赤い。
「チェイスがどうして騎士を辞めたのか。あなたなら、知っていると思うんだけど」
チェイスの事で頭がいっぱいのクルッカは無遠慮にワーカーに近付いていく。一方のワーカーは下心丸出しのいやらしい目つきでクルッカの顔を見つめている。
「おい」
ワーカーの頭を力任せに掴むガドール。クルッカしか見ていなかったワーカーは不意を突かれ、足元がぐらつく。その勢いを利用して、ガドールが手を離すと、ワーカーはその場に派手に尻餅をついた。
――ざまあみろ。
「知ってるなら、さっさと話せ。知らねぇなら、とっとと失せろ」
ギロリと睨みを効かせ、ワーカーを脅すガドール。殺気の混じったオーラに流石の騎士団員も縮み上がる。さっきまで口笛を吹いていて、強がっていた人とは到底思えない。
「わ……分かった。俺が知ってる事は全部教えてやる」
「ありがとう、ワーカーさん」
「なら、場所変えるぞ。ここじゃ話も出来やしねぇ」
ガドールはそう言うと、バーの方へ戻ろうとした。しかし、扉に手を当てた瞬間、後ろから殺気を感じ、ファーから警棒を素早く取り出し、構えた瞬間、高い金属音が鳴り響く。警棒と十字に交わっているのは、ワーカーの腰に差してあったレイピアだった。
「どういうつもりだ。てめぇ」
「誰がタダで教えるって言った?教えてほしいなら、表出ろや!」
「殺すぞ、てめぇ」
――丁度むしゃくしゃしてんだよ、俺は。
バーを出て、裏路地で戦闘を開始するガドールとワーカー。狭い裏路地で器用に立ち振舞うガドールに対し、一糸乱れぬ連続攻撃を繰り出すワーカー。中佐という肩書きは伊達ではないようだ。
ワーカーからの攻撃を警棒で防ぎ、ガドールは一度距離を取る。独特な構えをしているワーカーの剣筋は中々読めない。けれど、勝てない相手ではない。
――独学にしては上出来だが、動きにムラがある。
ジェイドのように代々受け継がれた構えや剣筋は、基礎がしっかりとしており、ムラが出る事は少ない。だが、独学の場合、こだわりを譲れないため、他が疎かになってしまう事が多い。故にムラができ、弱点が浮きぼりになってしまうのだ。
「たぁぁっ!」
ワーカーのレイピアが警棒を弾く。弾かれたキューは竿の如くしなり、ガドールが仰け反る。間一髪、ワーカーのレイピアがガドールの前髪を掠めていく。
「ガラ空きなんだよ」
ガドールの足がワーカーのレイピアを蹴り上げると同時に体を起こす。ガドールの言った通り、ガラ空きとなったワーカーに容赦なく、警棒の重い一撃を喰らわせる。
「ぐっ……!」
力なくワーカーがその場に崩れる。警棒で殴られた腹を両腕でしっかりと抱いて、こちらを睨みつけている。
「おら、さっさと吐けよ」
「じゃねぇと、ここで暴れた事バラすぞ」。脅し半分にガドールが警棒でワーカーの頬を軽く叩く。ガドールの強さを身を持って知ったワーカーは顔を硬直させる。
「……この事は、他言無用で頼む。騎士団の中でも禁断とされてる話だからな」
ワーカーの声に真剣みが帯び、ガドールと傍に控えていたクルッカに緊張が走る。
「あれは、今から七年前。チェイスがまだ騎士だった時の話だ」
それは、かつて白騎士と呼ばれた少年が犯した、罪の話――。




