パートナー
「……どうしたの、立花?」
と、そんな風に改めて自分の立場に思いを馳せていた僕だったのだが、横から何やらジトっとした視線を感じて、僕は立花にそう尋ねた。
翌日。昼休み。高校の図書室。カウンターの中で不機嫌そうな顔をした立花がこっちを見つめていた。
立花は無言で視線を、再び手元に持っている本に戻す。
図書委員がカウンター業務中に本を読むなと注意しようと思ったが、そのしかめ面を見て僕のそんな小言は喉の奥に引っ込んだ。
立花。
千神立花。
僕の家族を殺した張本人で、かつ僕の命の恩人で、僕と同じ私立鳥鬼高校に通う同級生で、容姿端麗な女子生徒で、そして何より、僕の相棒。
今日はそんな立花と僕の高校での唯一の接点。図書委員のカウンター当番が重なっている日なのだが、何故かものすごく機嫌が悪かった。
先程。
先程、昨日の事件の詳細のことも気になるし、早々に昼食を平らげた僕はいつものように図書室に行き、委員としての業務を果たすべくカウンターに座ったのだが、まず座るなり右足を踏まれた。
それだけでも意味がわからないのだけど、尚更意味不明だったことは、足を踏まれた理由を問い詰めても、その理由を立花は一切語らなかったことだ。
というか何を話しかけても無視され続けた。
立花の一番苦手な話題である、大人の男女についてのアレコレの話を耳元で囁いてみたりもしたのだけど、顔を僅かに赤らめるのと、踏まれた僕の足から赤い液体が染み出していく感覚しか感じることができなかった(あとで京子さんに治療してもらわなくちゃ)。
だから特に委員会の仕事もなく、話相手も無くし暇になっていた僕は、そうして新米の霊殺士として改めて自分の立場に考えを巡らせていたのだけど、でも、やっとこうして立花は僕の方に視線を向けてくれたというわけだ。
やっと訪れたこのチャンスを逃すことはできない。僕は相変わらず僕の問いかけを無視し続け、本を読みふける立花に更に問いかけた。
「立花、もしかして怒ってる?」
ピクッ、と立花の蝶の触角のように美しい眉が跳ねた。
「もしかして、昨日の京子さんとのこと?」
ピクッピクッと今度は眉が二度動いた。どうやらこれも図星らしい。
……どうして図星を刺されると眉毛が動くのか、その不思議な構造を聞き出したいところだけど、僕は引き続き弁明を繰り返した。
「あれは事故なんだよ。昨日帰った後、メールとかも来なかったからもう京子さんから教えてもらってると思ってたんだけど、聞いてなかったの?」
「……訊いたら、『桟君が激しかったった』って……」
「あの人は……」
僕は手で顔を覆った。
京子さんめ。確かに激しくはしたが、激しかったのは僕の抵抗だ。何言ってくれちゃってんだ……。
「あと『明後日二人でプリクラを撮りに行く約束もしてるの』って言ってた」
「はた迷惑な約束まで取り付けられている……」
どうやら京子さんは昨日僕がプリクラの誘いを断ったことにかなりご立腹らしい。
立花に真実を教えなかったのもおそらくわざとだろう。これなら昨日のうちに嫌々でも京子さんの誘いに応じておくんだった。……いや、その場合立花の機嫌は更に悪くなっていただろうから、どのみち、僕の上履きは血液で満たされていただけだと思うけど。
「……それで、本当はどうなの?」
「え?」
「本当は、その……あの濡れ場は本当に事故だったの?」
「濡れ場って……」
今時大人でもそんな言い方はしない。それとそういうことをもじもじしながら言われると、ここ図書室だから周りの生徒の目が痛いんですが……。
……まぁ立花が身を捩りながらそんなことを言ったおかげで僕の足は解放されたので、そこは良しとしよう。
「本当だって。昨日、京子さんからプリクラを撮りに行こうって誘われたんだけど……断ったら無理やり連れて行かれそうになって、それで抵抗してただけなんだ」
立花はジト目になった。
「……嘘」
「本当」
「嘘」
「本当」
「……本当?」
「本当」
「……嘘」
「どうすればいいんですかね……」
ガクンと項垂れる。何故一度信じた素振りを見せて突き放したのか。
これでも立花は霊殺士だ。それも霊殺士の中でも圧倒的に人の感情を読み取る能力が高い。その能力『だけ』は優れているんだから、僕の言葉が嘘ではないことは分かるだろうに。
いや、それとも僕は実は無意識に京子さんとくんずほぐれつするのを狙ってしまっていたのだろうか? たしかに京子さんは、中身はアレでも見てくれはいいのだけれど。
「じゃあ謝って」
とか、くだらないことを心の中でぶつくさ言っていると、立花がようやく本を閉じて、しかし顔はこっちに向けてくれないまま、急にそんな台詞を口にした。謝る?
「昨日の京子さんとのアレ、今謝って。そしたら許してあげる」
「え? それだけでいいの?」
「うん。だけどちゃんと謝った理由も教えて。そうじゃないと私が面白くないから」
「謝罪に娯楽を求める人初めて見たよ……」
しかし、たったそれだけで立花に許してもらえるのなら安いものだ。
前に一度怒らせてしまった時は、一週間女性と話をすることを禁止されてしまったくらいだから、安いどころか無料にすら感じる。
ちなみに一週間女性と話すことを禁じる命令は、コンビニの店員さんと一瞬話しただけなのに命令違反になった。そしてその罰として更に追加で一年間女性と話すことを禁じられた。それは流石にきつすぎたので兎の特大ぬいぐるみを買ってあげるとすぐに禁止令は解かれた。……立花さん、ほんとに可愛いもの好きなの隠すつもりあります?
けれどそんな手は金欠の今は使えない。
僕は気合を入れて昨日の自分の汚点をひねり出すことにした。何言ってるんだ僕は。
「えっと、まずは事故とは言え、女性とあんな風にべたべた接触したりするのは良くなかったかな。親しき中にも礼儀ありだ。特に京子さんみたいに若い女性とああやって触れ合うのは良くなかった、と思います」
「うん」
「あとはそれを立花に見せつけるような形になっちゃったのが一番よくなかったかな。たとえ付き合っていなくても相棒である立花にあんな姿を見せるべきじゃあ、絶対なかった。だから、ごめん」
立花は僕の相棒だ。つまりそれは立花にとって僕という存在は常に一番信頼できる相手でなければいけないということ。
だけど、そんな相棒が昨日みたいに、京子さんみたいな綺麗な女性と、それこそ立花が言うところの濡れ場な光景を繰り広げていたら、立花はどう思うだろう。決まっている。信頼も何もあったもんじゃない。その点に関しては、昨日のことは本当に僕の落ち度だった。
「それだけ?」
立花はむくれてそう訊いてきた。
「え?」
「帰る」
カウンターに置いていた本を掴んで何故か急に立ち上がる立花。そしてそのままスタスタと図書室の出入り口へ向かう。
「ちょっと立花、まだカウンターの仕事終わってないよ」
「知らない。ついてこないで。桟一人でやって」
振り向きもせずに立花は言う。心なしかさっきよりも怒りが増しているような気さえする。
扉を引いて出て行く直前、
「桟のバカ」
と言い残して立花は去って行った。
「何だったんだ、いったい……」
倒れ込むように、僕は椅子に深く腰掛けた。どうして立花はあそこまで怒ったのだろうか。いったい僕に何を言って欲しかったのだろう。これでも誠心誠意謝ったつもりなんだけど……。
結局昨日の事件のことも聞けずじまいだ。この時間に訊けなかったら放課後に直接立花も住んでいる『百合黄』に行って訊こうと思っていたんだけど、それもよした方がよさそうかな。
「………ん?」
ため息交じりに今後のことに想いを馳せていると、さっきまで立花が本を置いていたカウンターの上。そこに小さく折りたたまれた白い紙が置かれているのに気が付いた。表面には『事件、詳細』と小さく達筆で書かれている。立花の文字だ。
開くと、今回の一連の事件の被害者やその年齢、性別、家族構成などの詳しい情報がこれまた達筆で書かれていた。どうやら僕がこの時間にこれを欲しがると思って立花は事前に準備してくれていたらしい。
……やれやれ、持ってきてたんだったら最初から渡してくれればいいのに。
本当に、一筋縄ではいかない相棒だ。
「あ」
そんな風に半ば呆れながら、けれどちゃんと僕のことを考えてこの紙を事前に準備してくれていたことに嬉しさも感じながら、残りのカウンター業務の時間、事件の詳細をいち早く知っておこうとその紙を読み始めたのだけど、その紙の表面が、何かが強く押し付けられたように所々凹んでいることに気が付いた。どうやら紙の裏側から強く何かを書いたことにより凹んでしまっているらしい。
僕は裏返して、綴られているであろうその文字を見た。
「ハハ」
そこに書かれていたものがおかしくて、つい僕は人目をはばかることなく破顔してしまう。
裏面には『事件、詳細』と小さく書かれた文字とは対照的に、大きく太く黒マーカーでこう書かれていた。
『今日、家に来ないと許さない』
……ついてこないでって言ってたくせに。
本当に、一筋縄ではいかない相棒だ。
ご一読ありがとうございました。次話も読んでいただけると嬉しいです。また、感想やご意見などもいただけますと、とてつもなく嬉しいです。




