千神立花の過去
「さて着いたわね。児童養護施設前駅。……生徒の体に配慮してのものだってことは分かってるけど、相変わらず何もないわねー。じゃ、桟君、行きましょうか?」
「……あの、京子さん」
「ん? なぁに、桟君? そんな暗い顔して。もっとテンション上げなさい。こんな綺麗なお姉さんと、しかも二人きりで出かけられるのよ?」
「こんな綺麗なお姉さんと二人きりだからこんな顔になってるんですよ……」
正午。大きなボストンバッグを二つ抱え、京子さんと駅のロータリーに降り立った僕は、京子さんの方を見ず、彼女の言う通り、住宅と、その通りに並べられた木々以外はほとんど何もない駅前の光景を眺めながらそう呟いた。
一時間前。
立花と鬼城がコンビを組むことになり、彼女達に友情が芽生えた後。さて、間引かれた僕はどうなるのだろうか思っていたのだが、どうやら今回は京子さんと二人で事件解決にあたるということらしかった。
京子さんが動く、そして、その京子さんが僕と協力して事件解決にあたる。それだけでも、僕と、そして何より立花にとっては、担当する事件よりも事件かもしれない大事件なのだが、だが、それだけではなかった。
それだけではなく、
「しかも、泊まりがけって……それも何日かかるか分からないって……立花、完全に放心状態だったんですが……鬼城も怖かったし」
僕はその時の光景を思い出しながら言う。
あの時の立花の容態はそれはもう、なんと言うか、凄いものだった。血の気が引く、というか、実際にほぼ気を失いかけていた。
が、しかし、そこは流石の立花。不屈の精神(?)で復活し、そしてもちろん「京子さんはもっと自分の体を大切にして」だの「児童養護施設の女の子も危険に晒すことになる」だの必死に抵抗の弁(?)を口にしていた。が、そんな流石の立花を上回る、流石の京子さん。その前に立花自身が鬼城に向かって「別に……私はあなたと桟が組まないならなんでもいい」と言ってしまっていたことを逆手に取って、押し切ってしまった。……いや、京子さんに関しては100歩譲って分かるとして、児童養護施設の女の子が危ないってなんだ。いったい、僕は立花にどんな風に思われているんだろうか。鬼城も何故か止めてくれなかったし。
ああ、ちなみに持っているボストンバッグもそのせいだ。いきなり今日から行くと告げられたものだから、急いで家に帰って荷物を纏めて来たのだ。ちなみに、もう一つは京子さんのボストンバッグ。いくら僕が部下だからって自分のバッグくらい自分で持ってほしい。僕は政治家のカバン持ちじゃないぞ。
「仕方ないでしょ。実際宿泊が必要になるかもしれない事件なんだから。重くなるのは仕方ないわ」
「僕は荷物の量に文句を言ってるんじゃないんですが……まぁ、いいです。それで、まだ詳しくは聞いてませんでしたけど、今回はどんな事件なんでしたっけ?」
児童養護施設前駅とか言っておいて、施設はここから徒歩10分ぐらいの所にあるらしい。施設へと歩き出した京子さんについて行きながら訊くと、京子さんは完結に事件の内容を話してくれた。
これから行く児童養護施設は、様々な理由で学校に行けなくなった、所謂不登校児たちを育てている施設ということ。
事件はそんな児童養護施設で起きていて、同じユニット(主に、同学年の五人の子達で構成されるグループ。彼らはマンションの一室のようなところで共同生活をする。中はLDKだけではなく、所属する生徒の個室もある)に所属する児童が一人ずつ、一昨日から消えて行っているということ。
児童には、GPSと脈を計る機能がついた極小のマイクロチップが体に埋め込まれているのだが、(身体的に害はなく、施設を出れば取り外される)、その生徒たちは、消えてしまったのにも関わらず、GPSと脈の反応は、まだ施設内にあるということ。
いなくなってしまった児童たちが消えた時間は、おそらく彼女達が個々の部屋で寝ていた午前一時ということ(脈の履歴から、この時間帯だけ、彼女達の脈が異常に速くなっていることが分かったため、そう推察)。
その時間、彼女達の部屋の扉を一望できるリビングルームに取り付けられた防犯カメラにも彼女達を誘拐したような人間の姿は映っておらず、また、彼女達の個室には、窓が付いていて、消えてしまった直後こそ窓は空いていたが、しかし、外は四階の垂直な壁になっており、人間が、彼女達を攫うことはできないと推察され、よって、今回の犯行は幽霊によるものと推察される、ということ。
などを京子さんは語った。
「なるほど。それで警察ではなく霊殺士に声がかかったというわけですか。これまた物騒な事件ですね。児童養護施設ですか……」
事件の更なる詳細は、また施設に着いてから別の人物から説明があるとのことなので、僕は一旦事件について考えることはやめ、そして代わりに、その単語を『久しぶりに』聞いて、一つ、思い出したことがあって訊くことにした。
「そう言えば、ちょっと前に聞きましたけど、立花も児童養護施設出身なんですよね? もしかして、今向かってるのって、その児童養護施設だったりします?」
そう。
昔、京子さんから少しだけ聞いたのだが、立花は、小学三年生で親に捨てられて以来、施設育ちなのだと言っていた。
中学一年生の頃、能力が発現し、半霊となったことが発覚した立花を、京子さんが里親として引き取ったのだとか。
京子さんは、
「名探偵」
と頷いて、煙管で頬をつついてくる。正解だったのなら、素直に頷くだけにしてほしい。
「ええ。そうよ。これから行く施設は、立花ちゃんの出身地。そこで新しく半霊が生まれたっていう連絡を受けて、私が里親に立候補として、引き取ったの」
「ほんと、よく里親申請通りましたね。イメージですけど、そういう審査って、引き取り手が独り身とかだと結構通りにく――」
「ん?」
「……あ、いえ、何でもありません。謝りますから、無言の笑顔をこっちに向けてこないでください」
あわや対戦車用級の地雷を踏み抜きかけていたことに気付いた僕はその話題から即行手を、じゃなくて足を引くことにした。僕はまだ死にたくない。
「あ。そういえば、立花って引き取った時は、どんな子供だったんですか?」
京子さんもその手の話題は引きずりたくなかったのか、結構露骨なほど話題を変えたにも関わらず、顔を正面に戻し、煙管を咥える。そして煙をふかしながら、にやっと笑いかけて来た。
「あら? やっぱり気になる? まぁ、立花ちゃんは、自分のこと、あんまり語りたがらないものねぇ」
京子さんは、ふぅっと煙を吐き出す。その煙を追う視線は、どこか遠い。
「詳細は、本人が嫌がるでしょうから話せないけれど、そうねぇ。引き取った時の立花ちゃんは――本当にその頃は、というか桟君に関すること以外では今もだけど、施設に入ってた頃も、その後も君に会うまでは本当に感情を表に出すことがない娘だったわ。初めて仕事をした時も、無表情で美しく残酷に幽霊を八つ裂きにしてた。……けど、君と出会ってからあの娘は変わった。あの娘が君を好きになってからあの娘はやっと自分の感情を表に出すようになったの。だから、君には感謝してる。まぁ、まさかここまで一途になるとは思わなかったけど……」
「…………」
流石にそこまで言われると照れくさくて、僕は苦笑を浮かべる京子さんから思わず目を逸らす。
知らなかった。自分がそんなに立花に影響を与えていたなんて。
しかし、そんな嬉しい感情が湧き出てくる半面、同時に罪悪感も湧き出てくる。
僕は基本、何もしていない。あの時立花に助けてもらってから僕はそのまま立花と京子さんにずるずる従ってきただけだ。
だからこそ、僕はこれまで以上に彼女達のために働かなくてはならないだろう。
「けど私はどっちかと言うと君の方が一途だと思うけどねぇ」
「へ?」
唐突に告げられた京子さんの予想外の言葉に僕は思わず素っ頓狂な声を上げた。
立花じゃなくて、僕の方が、一途?
「だって桟君、空音ちゃんみたいな可愛い女の子や私みたいな美人に見向きもしないじゃない」
「……自分で美人なんて言わないでくださいよ……」
いきなり何を言い出すかと思えばこの人は……。いや、実際美人なので正直ぐうの音も出ないほどのド正論ではあるのだけど。
「実際桟君は私達のことをどう思ってるのか気になるわね……まずは空音ちゃんのことから聞こうかしら。さぁお姉さんに教えてごらんなさい」
「何ですかそのアレなテンション……」
手をマイクの形にして問いかけてくる京子さん。まるで中学生の弟の恋愛事情を聞き出そうとする大学生の姉みたいだ。
「……鬼城はまぁ、なんて言うか、友達、ですね」
「本当に? 怪しいわね」
「マイクを近づけないでください。本当ですよ。親友と言ってもいいくらいです。僕もまぁ立花に負けず劣らず友達を作るのが苦手なんですけど、唯一できた友達が鬼城でした。鬼城は愛想も悪ければ協調性もない僕に入学直後から何の躊躇いもなく話しかけてくれたんです。それ以来ずっと友達です。……まぁこの前の事件で鬼城に酷いことをしてしまったので、あっちがまだ友達と思ってくれてるかは知りませんけどね」
あれは我ながら少しやり過ぎた。
別に後悔してるって程じゃないけど、反省はしてる。
「いや……あれは友達というより、ホの字……」
「え? 何か言いました?」
「いえ、何でもないわ」
「……?」
首を振る京子さんに、首を傾げる僕。声が小さくてよく聞こえなかった。
「それじゃあ私のことはどうなのかしら?好きかしら?それとも愛してる?」
「何でその二択なんですか……」
どっちを選んでも後で立花に針を千本飲まされる未来しか見えない……。
僕は嘆息して、
「……好きでも愛してもいませんよ。いえ、好きではあるかもしれませんけど、それはたぶん恩義とか尊敬とかそんな感じです。何というか、京子さんにはそれが大きすぎて対等な存在として認識できないんですよ。少し誇張しすぎかもしれませんけど、芸能人みたいな感じなんです」
「釈然としない回答ね。それにその感情と立花ちゃんに対する感情は何が違うのかしら?私には同じ、ううん、むしろそれ以上の感情に感じるんだけど」
「一緒じゃありません。立花は異性として意識してるんですが、京子さんに対しては……失礼かもしれませんが、そういう意識を持てないんです」
「私に異性としての魅力は感じない、と?」
「そういうことでもありません。むしろ結構ひしひしと感じます。けど、立花は何か違うんですよ。僕自身理由はまだ全然分かってないんですけど、何故か立花のことが好きだということは分かるんです」
僕は断言する。
「だから今のところ僕が立花以外を好きになるってことはないと思います。いえ、たぶんずっと僕は立花が好きです。たとえ立花が僕を嫌いになったとしても」
「そ。それは立花ちゃんも喜ぶわ」
満足、というように京子さんは頷いた。
……こんな回答で良かったのだろうか? 京子さんには結構失礼なことを言ってしまったような気がするけど……まぁ、京子さんは本当に満足してるっぽいし、怒りの色は見えないし、今のところはいいか。
「……ま、私としては立花ちゃん以外を好きになってくれた方が助かるんだけどねえ」
「え?」
「何でもないわ。それより着いたわよ桟君」
またも小さくて聞こえない京子さんの囁きに僕が反応するも、京子さんはそれを無視して、右手で持っていたキセルでとある建物の看板をこつん、と叩いた。
くっちゃべっている内に着いていたらしい。そこには、かなり大きい、が、大きいだけであとは巨大な庭が付いているだけの、他にはこれといった特色もないクリーム色の併に囲われた、四階建てのザ・児童養護施設と言った感じの建物があった。
が、
「……え?」
しかし、一点だけ。
一点だけ、その施設には違和感があって、僕は目を瞠った。
いや、恐らく違和感を抱くのは僕とあとは数名くらいで、他の人ならすんなりと受け入れられるだろう。けど、マイノリティーに属する僕はその限りではなかった。
なぜなら――なぜなら、施設名が書かれた校銘板にはこう書いてあったのだから。
『児童養護施設――百合黄園』と。
……百合黄?
ご一読ありがとうございました。もしよろしければ続きもご覧いただけますと幸いです。




