口火を切る
文化祭も無事閉幕し、同時に秋の訪れを感じる今日この頃。
なんて、まるで高校の入学式の代表者挨拶の冒頭みたいな感じになってしまったけれど、僕自身、秋こそが最も至高の季節だと思う。
秋風索莫といった言葉にも表されるように、秋は別れの季節だの、何かにつけてよくないイメージを持たれがちだ。
けど、あのうだるような夏の残滓も消え失せ、かと言ってあの寒風吹きすさぶ冬もまだ遠い。
空は澄み、星は綺麗に映り、色づく紅葉は心を躍らせ、肌で感じる温度はほんのりと涼やかで気持ちが良い。
そんな素晴らしい季節が、秋。
「どういうこと、京子さん」
秋……だったはずなのだけれど、
そんな、室内に響き渡る、立花の冷徹な声音。
…………。
――ここ、喫茶百合黄だけは絶賛真冬を迎えていた。
空は雪雲に覆われ、星は隠れ、色づいた紅葉はとっくに色褪せ、肌で感じる温度はドライアイスの如く冷たく熱い。
もはや真冬に留まらず、気候そのものが変貌しているような有様だった。
「…………」
時は、僅か数分前に遡る。
鬼城が霊殺士に正式に登録されてから一週間後の土曜日の朝。
僕と鬼城は立花と京子さんが住む、喫茶百合黄のいつもの水屋兼和室兼休憩室に呼び出されていた。
これまでの経験上、京子さんが僕を呼ぶのは事件の依頼かプリクラの誘いだけなので、鬼城も誘われているということはおそらく前者で、実際その予想は的中していた。
が、予想通りだったのはここまで。
立花と和室で合流し、京子さんから依頼の形式を聞かされるや否や、途端に立花のご機嫌はマイナス八十九度と、最高に斜め且つ最高の真冬日を記録してしまった。
おかげでこちらは一足早く冬を迎えてしまったというわけだ。
そして肝心の立花の怒りの矛先の人物――京子さんはというと、これがどこ吹く風。
苦笑を浮かべ、
「だからさっき説明したでしょ」
と、ぷかあとミルキー色の気体を口から生み出した。
「たしかにいきなり二つの事件を二手に分かれて担当するって言うのは急だったかもしれない。でも、協会の命令なんだから仕方ないじゃない」
「私が言ってるのはそのことじゃない。私が言ってるのは――」
それこそ真冬みたいに白いほっぺを餅みたいに膨らませて、立花はそう言う。そして、矢庭に人差し指を持ち上げると、
「何で桟と一緒のペアなの。よりにもよって、この娘が」
立花の隣に座る少女――鬼城をびしっと指差した。
「……!」
前の事件のこともあり、立花のことがよほど怖かったのか、鬼城はビクリと肩を震わせる。
それから上目遣いで座卓を挟んで正面に座る僕に「助けて」と視線だけでメッセージを送ってきた。
ごめん鬼城、流石の僕もこんな見えない剣が飛び交っているような空間に入っていける勇気はない。
僕が無言で首を振ると「そんなぁ」と鬼城はがっくりと肩を落とした。
「…………」
そう。
立花の怒りの原因はおそらく、というか100%これだった。
さっき京子さんも言っていたように、今回は二つの事件を二組に分けて担当するらしい。
一つは、工場に出没する蛇に関する事件。もう一つは児童養護施設で起こっている、生徒消失事件。
それをまず最初に説明されたのだけど、そのペアが、立花一人、そして僕と鬼城という配分だった。
言わずもがなそれが立花嬢のお気に召さなかったらしい。
真冬の台風みたいな状況であるにも関わらず、一人台風の目の中を直進する京子さんは、キョトンと無邪気に小首を捻ると、
「何か問題でもあるの?」
実は理解していて、おもしろがって、あえてそう訊いているのか、もしくは本当に分かっていないのか、おそらく前者だろう、きょとんと首を傾げる。
立花はそんな京子さんに更にムカついたのか、座卓に手をついて京子さんの方へ前のめりになる。
「ある。事件を担当するってことは、男女が二人きりで行動するっていうこと。朝も、夜も。万が一のことが起きたらどうするの」
「いや、そんなことは起きないし、起こすつもりもないんだけど」
「桟には関係ない」
「……はい」
関係大ありだと思うんだけど……。が、どうやら僕に発言権はないらしい。
ダサい僕がおかしかったのか、京子さんは肩を揺らして、
「まぁ、たしかに空音ちゃんは可愛いもの。桟君も男の子だし、夜這いの一つもかけないとは言い切れない」
「……! でしょ? なら――」
「でも今回は空音ちゃんの霊殺士としての研修も兼ねてるの。まさか立花ちゃんは新人にいきなり一人で仕事をさせるつもり?」
「っ……!」
……いや、思わず流しちゃったけど、立花さん、ここで言葉に詰まるのおかしくないですかね?
なんで僕が夜這いをかけるかもしれないことに意気揚々と同意してるんだ……。
おかげで鬼城が自分の胸を両手で隠すように覆って涙目で僕を睨みつけてきてるんだけど……。
……が、まぁ、しかし、同時に立花が言葉に詰まってしまうのも分かる。いくら僕自身が否定したところで、立花からすれば、僕はあくまで男だ。そういう可能性を彼女の中から、完全に排除することはできない。
だから、その心配が無くすために、一応、僕と鬼城が組むのではなく、立花が鬼城とペアを組むという方法もあるにはあるにある。だけど正直、非常に本人には申し訳ない限りなのだけど、立花が誰かにものを教えるという姿は想像できない。
それを無意識に自覚しているからこそ、立花の口からその発想が出こないんだろう。
けどまぁ、京子さんに踊らされっぱなしというのも、少し、面白くないのは分かる。ここは少し助け船を出すとするか。
「京子さん、馬鹿に鬼城には優しいですね。僕の時は全くそんな研修みたいなのなかったのに」
「え?」
「何かあるんじゃないですか? 鬼城に借りみたいな、何か」
「あ、そういえば私、お金貸した。前にプリクラに付き合わされた時、お金が足りなくなったからって」
「空音ちゃん! それは――!」
「女子高生にお金借りる大人って……」
まさか、あの兎カフェでの心配が現実になるとは。
さすがにそこを突かれると弱いのか、京子さんは、
「うう……分かったわよ。確かに空音ちゃんにそういう借りがあって、その見返りとして、彼女たってのお願いで、桟とペアにしてくれ。できるなら夜中も一緒にいさせてほしいって言われたのは事実」
「ちょ……! 百合黄さん! それ言わない約束じゃないですか! ていうか後半の方、私そんなこと一言も言っていないんですけど!?」
「でも、新人を甘やかしすぎるのはやっぱりよくないわよね」
と、何故か頬を赤らめあわあわしている鬼城を無視して、渋々ため息混じりに呟いた。
「……! じゃあ――」
「ええ。桟君と空音ちゃんをペアにするのは止める。けど、だからと言って立花ちゃんと桟君が組むわけじゃない」
「え?」
「立花ちゃんと組むのは――空音ちゃんよ」
「は?」
「え⁉」
楽しそうに笑いながら、そう告げた京子さんに、二人は声を上げて驚いた。
特に驚いているのは鬼城で、目を丸くした後、気まずいのか、ちらちらと立花の様子を窺っている。
が、その視線は、嫌悪や憎悪と言うとそうでもなく、むしろ好奇心だったり親近感のようなどちらかと言えばプラスのような感情に思える。前の事件のこともあって鬼城からの立花への感情は微妙なのかと思っていたけれど、もしかすると実際はそうでもないのかもしれない。
そんな鬼城の様子に立花も気が付いたのか、僅かに顔を赤らめ、鬼城から視線を外しながら、
「……何で、私がこの娘なんかと……」
「いいじゃない。幸いにも今回立花ちゃんが担当する事件は立花ちゃん一人でも、と言うか正直空音ちゃん一人でも務まるくらい簡単だったし。……まぁ、だからこそ難しい方の桟君の事件を空音ちゃんには体験してもらいたかったんだけど、この際仕方がないわ。というわけで、申し訳ないけどそれでいい? 空音ちゃん」
「あ、はい。私は全然いいですけど……」
ここで話を振られた鬼城は立花の方をちらりと見た。
立花は頬を朱に染めて不機嫌なのか、それとも恥ずかしがっているのか、どちらともつかない顔で明後日の方向を向いている。
もしかすると鬼城が思ったよりも自分に好意的でどうしていいのか、扱いに困っているのかもしれない。
と、
「あの、千神さん!」
何故か突然鬼城が立花の方へ向き直り、そう叫んだ。
驚いたのか「うあ……?」と可愛らしくも奇妙な声を上げる立花に、鬼城は一度深呼吸をして、意を決したように告げる。
「私、千神さんともっと仲良くなりたいの! ……確かに、八原とペアになりたいって言ったのは事実だけど……でも、千神さんとも同じくらい仲良くなりたい! だからお願い! 一緒に行かせて! 極力迷惑もかけないように頑張るから! お願い!」
「……私は、あなたを酷い目に遭わせたのよ?」
「あの時は、仕事だったんだから仕方ないと思うよ? それに八原と仲良しなら、私も仲良くなりたい。お願い。一緒に行かせて?」
人間の感情をある程度読むできる立花だからこそ、それが偽りのない言葉だと分かったのだろう。けどその分、そんな言葉をかけられたことが無かったからか、どうしていいのか分からずただ呆然としている。
が、やがて魔法が解けたように我に返ると、
「……別に……私は、桟があなたとペアじゃなければなんでもいい……」
と、焼いた餅みたいに頬を膨らませて、そっぽを向いてそう小さく呟いた。
「……! うん!」
ひまわりのような笑顔で鬼城が頷くと、その光景に満足したのか、京子さんも楽しそうに頷く。
が、僕は、別の疑問を抱いていたのもあって、見逃してしまった。
横から覗くその口角が、いつもより若干上がっていることに。
もしここで京子さんを問いただせていれば、あんなことが起きなかったかもしれないのに。
「……ん? てことは、僕はソロってことですか?」
その感じていた疑問を、僕は京子さんにぶつけた。
元々僕と鬼城が組む予定だったのが、立花の鬼城のペアに変更になったのだ。
だとすれば、僕は必然、一人ということになる。
一人で事件に当たったことがないというわけではないが、かなり久しぶりだ。
立花がいないことに対する不安がないわけではないが、まぁ、たまには新鮮でいいだろう。
そう、思っていたのだが、
「あら? 誰が一人って言ったのかしら? ベテラン面をしているけれど、君はまだ、霊殺士になって8か月ほど。そんな新人に、一人で仕事に当たらせるとでも?」
「それはそうかもしれませんが……いや、でも、もう組む人がいませんよ?」
普段組む立花は鬼城と、その鬼城も立花と組むのだ。物理的に人がいないんじゃあ、どうしようもない。
「確かにこのままでは大事な部下は一人になってしまうかもしれない」
と、京子さんは、煙管の吸い口から口を離し、その真っ赤な薔薇みたいな唇から、白薔薇みたいな煙を咲かせた。そして、
「なら――」
「でも」
頬杖を突き、ペン回しの要領で一回転させ、吸い口を先端の方に持ってきた煙管で、そのまま僕の口なぞる京子さん。そして、瞼の奥の紫紺の瞳を微かにのぞかせながら微笑んで、こう言った。
「そんな部下を支えてあげるのが、良い上司っていうものでしょう?」




