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「……犯人の自覚がない?」


 首を傾(かたむ)け、頬(ほお)に右手を添え、京子さんはそう言った。


「はい。実は丁度昨日と今日、つまり矢田さんと仲水さん、そして青山さんが死んだ日、鬼城のセーラー服に血痕がついてたんです。たぶん殺したときに付いた血だと思うんですけど……けど、それについて尋ねても鬼城の奴、全く動揺したりしてなかったんです。おかしいと思いませんか? 犯人ならもっと、焦ったり慌てたりしてもいいはずなのに」

「うーん。それだけで犯人だと決めつけるのはやや早計(そうけい)だと思うし、それにそれを抜きにしても、それは……元々そういう性格なだけじゃないの? 嘘が上手いとかポーカーフェイスとか」


 前半については同意だ。だから一応、明日探りを入れるべく、とある作戦を考えている。しかし、後半についてはそうではなかったので、僕は首を振った。


「いえ、たぶん違います。鬼城は、まぁ、その、けっこういい奴なんです。自分にはどうかは知りませんが、他人に嘘をつくのが上手いやつとは到底思えない」


 鬼城は僕に悪態はつくけれど、本当は面倒見がいい優しい奴だ。もし鬼城に犯人の自覚があるのだとすればあの程度のリアクションで済むとは思えない。

 一応、自覚はありつつセーラー服に血痕をつけて来たと考えることもできるけれど、しかし、それは流石にメリットが無さすぎる。


「ふうん」


 信用しすぎだと思うけどねぇ。いい人っていうのは、単に本音を口にしない、我慢強いだけの人が多いから。と続けて、京子さんは意地悪気な笑みを浮かべた。しかし、それからは普段のように、僕を言葉で追い詰めて楽しむようなことはせず、バブルリングを作るイルカのように、煙を中空に漂わせながら、物思いにふけっている。

 そして、そんな煙が三個ほど消えた頃だろうか、


「けど、うん、まあでもだいたい分かったわ」


 そう言った。……そう言った?


「え? ほんとですか?」


 びっくりしすぎて、僕は頓狂な声で問い返した。

 我ながら、この事件はものすごく複雑だと思っている。なのに、それをこの短時間で、それも僕の話を聞いただけで、京子さんは全て解いてしまったと言うのか。


「別に、そこまですごいことじゃないわ。単に、経験があるだけよ。ねぇ、桟君。その女の子――かどうかは分からないけれど、さっきから立花ちゃんがその娘の名前を言う度にむくれてるから女の子なんでしょう――その鬼城さんって子、もしかして不眠症とかになってない?」

「……え?」


 時が止まったと思った。どうして鬼城と知り合いでもない京子さんがそれを知っているのか分からなかったからだ。


「……やっぱりそうなのね。そうであってほしくなかったけれど、これは、結構面倒事になりそうね……」


 僕の問いを無視して京子さんはほんとに面倒くさそうに、苦笑を浮かべた。それから煙管(キセル)の吸い口から唇を離し、これまでよりも長く煙をふかすと、


「桟君。確かにその娘には犯人の、そして自分が半霊だという自覚がないわ。……けど、それはあくまでも彼女本人に自覚がないというだけよ」

「……え?」 


 いったい、どういうことだ。人は基本的に意識というのは一つしかない。本人に自覚が無いのなら、それはイコールで自覚がないということではないのではないだろうか。


「桟君。半霊になる人にはいろんなパターンがあるって話、昔したわよね?」


 僕は頷く。半霊になったばかりの頃によく聞かされたからだ。


「そう。半霊になる人には本当に多くのパターンがある。……そして本当に稀なんだけど、自分を半霊だと認識できない人もいるの」

「……認識、できない?」


 認識してない、じゃなくて、できない?

 何故か隣で、小さく俯いた立花を横目に、京子さんは続ける。


「ええ。主に十代の子の中で本当に稀に発症する病気みたいなものなんだけど……その種類の半霊はね、自我を失っている時にだけ半霊になるの。そして性質(たち)の悪いことにその半霊は自我が無い時に出てくるものだから自身の能力を制御する術を持たず、己の内に秘めた願望を達成するため、ただ能力を浪費して暴れ回ってしまう。いうなれば、幽霊と半霊の間の存在ね。本人に自覚もないから、尚質(たち)が悪い」

「……!」


 そんなのが、いるのか。知らなかった。あれ、でも、自我が無い時ってことは。


「ええそう。おそらく彼女は寝ている間に半霊になり、そして無意識に人を殺している。言うなれば一種の夢遊病ね。不眠症みたいな症状を訴えていたのも、そのせいだと思うわ」

「そんな……」


 ということは、鬼城は彼女たちに、殺意に近い何かを抱いていたということになる。それを鬼城が寝ている間に目を覚ました鬼城の中の幽霊が――いや、でも待て。


「でも、本当にそんなことがあるんですか? もしかしたら単にそういう能力の幽霊が乗り移ってるだけなんじゃ。それに、仮にそういう症状があるとしたら、自分で言っておいてなんですけど、鬼城が人目に付かないところで殺人を犯すのはおかしくないですか? 幽霊が憑いた状態なのだとしたら、自我なんて持ってないはずです」

「だから、自覚のない幽霊じゃなくて、半霊なのよ。自覚のない半霊は無意識の内に、主人にとって一番都合のいい選択をする。乗り移りの件は、さっき桟自身が否定したでしょ。その子の殺人願望を否定したいのは分かるけれどね。それにこのケースは稀とは言ったけど、何件かは霊殺士協会に報告されてるの。酔っぱらったり、気絶したり、寝ている間に、幽霊みたいな半霊が目覚めて、本人が内側に抱え込んでいる未練や恨みみたいなある種夢みたいなものを実現しようとする。ほら、酔っ払いって急に人格が変わって急に暴れだしたりする人いるでしょ。あれのもっと質の悪い感じ。酔っぱらったり寝たりしてるわけだから鬼城さんに半霊としての記憶がある可能性はほぼない。たとえ覚えていたとしてもそれを夢だと思っているでしょうね。二つの意味で彼女は『夢見ている』というわけ」

「……だとすれば、僕が彼女にしなければならないことは……」

「ええ。夢を見ているわけだから当然、夢から覚ましてあげないといけない。あなたは人を三人も殺していて、あなたは半霊という化け物だと、そう伝えてあげなくてはならない」

「…………」


 思い出す。自分が、初めて半霊であると告げられた時のことを。これからずっと霊殺士として生き、協会に監視され続け、恋愛の自由もない、そんな人生を送ることを知らされた時のことを。それを知らされた鬼城を想像するだけで、僕は――


「……どうすれば目覚めるんですか? そして、目覚めた後はどうなるんですか?」


 尋ねた僕に、京子さんは一秒も間を置かず、言った。


「もちろん夢の途中に起こしてあげるのよ。彼女が夢を見ている時、即ち半霊になっている時、未練が達成されるような、あるいは、それと同等の彼女の心を救うような、そんなイベントが起これば元に戻るわ。そして肝心の目覚めた後だけど……自覚のない半霊の時の記憶が無いのなら、保護観察処分のような形ね。一旦監視は続けるけど、彼女にはそのまま生活させて、また症状が再発するようなら、その時考える。半霊や幽霊について知っている人はなるべく少ない方がいいし、もし、再び彼女が再度幽霊や半霊について知ってしまった時には彼女を霊殺士に誘えるようにしておきたいから。それに観察し続けることで、彼女が完全な半霊になったりしたらすぐに見つけることができる。半霊の能力っていうのは、幽霊の存在や、自分が半霊であることを知ってしまった時に自然と発現するようにできてるから。知らない内に彼女が半霊になっているということにもならない。まぁ、ちょっと話が逸れちゃったけど、とにかく、さっきも言ったように自覚のない半霊の時の記憶は持っていない人がほとんどだから、大抵の人は観察処分ってことになるわね。けど、もし、覚えている場合は……残念ながらこれはもう無理。彼女は人間には戻れない。半霊であることを自覚して、ガラス板で押し潰すというあの能力を手に入れて、私達と同じように霊殺士になるか、もしくは――拒否して殺されるしかない」

「それじゃあ……」

「ええ。君はあの娘に霊殺士になるか死ぬかを選ばせなさい」


 容赦なく、京子さんはその結論を言い切った。

 僕も立花にされた提案。半霊であれば必ずしなければならない選択。死ぬか霊殺士になるか。


「そんな顔しないの。こんなの、霊殺士なんてしてたら普通にある話なんだから。でも、まぁ、けど、そうね……確かに辛いかもしれない。もし鬼城さんを殺すことになったら私が代わりに殺してあげるから、今回はそれで我慢しなさい。分かったら仕事に励む。いいわね?」

「はい……」


 僕の心境を察してくれたのか、京子さんは優しい手つきで僕の頭を撫でた。子供扱いされてるみたいで少し恥ずかしいけれど、同時に普段頭皮に感じない優しいぬくもりが指を通して伝ってきて気持ちいい。

なんだかんだ言ってもこの人はやはりいい人だ。鬼城を殺す役割も、本来はこの仕事を引き受けた僕の役目のはずなのに、事情を汲み取って代わりに引き受けてくれた。

 立花だけではなく、僕は必ずこの人にも恩返しをしなくてはならないだろう。


「さ。不景気な話は終わり終わり」


 京子さんがキセルを灰皿に置いて、パンパンと手を叩く。そして「もっと楽しい話をしましょう」と言って、


「桟君、今週の土曜日の件。もうどっちと行くか決めてくれた?」

「…………」


 ……やっぱり恩返しをしたくなくなった。なんてタイミングで言い出すんだ、この人は。


「勿論私と行ってくれるわよね? 私、この頃仕事で疲労が溜まって溜まってしょうがないの。だから……」

「!?」


 突如、撫でられていた頭を掴まれたかと思うと、僕の頭は強引に京子さん両手によって引き寄せられる。そしてそのまま引っ張られ、


「少しは発散しないと」


 京子さんの太ももに押さえつけられていた。

 所謂(いわゆる)、膝枕だった。


「ちょ、ちょっと京子さん……」

「ねぇ、いいでしょ? 桟君。わたしと行きましょ?」


 京子さんは更に優しい口調で囁(ささや)きながら、猫を撫でるような手つきで僕の髪を梳(す)いていく。こ、これは……是が非でも言うことを聞かないといけない気分に……。


「駄目!」


 が、それも束の間。猫が喧嘩している時みたいな叫び声が聞こえてきたかと思うと、すぐに僕の顔面は別の膝に押し付けられた。

 普段の大人しい態度からは考えられない立花の叫び声と立花の膝枕。さっきの京子さんよりも僅かに小さく、だがそれ以上に柔らかい立花の白く柔らかな太ももが僕の顔面に形に凹んだ。けど、両腕でがっちり押さえつけられているからか、気持ちいいというよりどちらかと言うと苦しい。


「ちょ、ちょっと立花……」

「駄目。桟は私と行くの。今日キスまでして約束してくれたんだから」

「立花!?」


 何でそれを言っちゃうんだ!? しかもよりにもよって京子さんに! が、抵抗する僕に構わず、嫌々とばかりに立花は首を振るだけ。


「あら……桟君。それは本当? そういうのは完全に霊殺士としてのルール違反よ。あなた達の関係がバレて、それで霊殺士の情報が世間に伝わったらどう責任を取るつもり? 上層部には黙っておいてあげるから私とプリクラを撮りに行きましょう」


 対して訳の分からない理屈を述べて、僕の頭を取り返そうと負けじと強引に僕のこめかみあたりをつかんで引っ張ってくる京子さん。

「いたいいたいいたいですってば」


 主張したところで綱引きは止まない。

 二人ともまるで僕の顔が最終的に自分の太ももの上にあった方が勝ちと言わんばかりに、代わる代わる太ももで僕の口と鼻っ柱を呼吸困難になるくらい強く挟み込んでくる。

 いったい何なんだろう。……この一見ものすごく幸せそうなのに、不幸せな板挟みは……。しかも最初、容赦なく顔面を太ももに叩きつけられるから、鼻がとてつもなく痛いし……。

 …………。

 ……板挟み?

『いた』、ばさみ……?

「? どうしたの? 桟。大丈夫?」


 僕が突然抵抗しなくなったからだろう、立花が自分の膝の上で仰(あお)向きに転がっている僕の顔を不思議そうに見下ろしてきた。

 はっきり言って全然大丈夫じゃない。さっきから、鼻から金属っぽい匂いがする。だけど、それよりも先に言っておきたいことがあって、僕は顔を起こした。

 目の前には、巨大な双丘と、正直その丘で見えないが、きっと、バラのように赤い唇と瞳を湛えた美しい顔が、そこにある。そんな、彼女に、僕は訊いた。


「ねぇ、立花」

「何?」

「僕が他の女の子とキスしても、それでも立花は僕を許してくれる?」

「…………」


 言うと、最初は驚きがやってきたのか、立花は一度体を揺らす。そして、すぐに言葉の意味を理解したのだろう。気分を害したのか、無言になる。

 が、


「構わないよ」


 僕がそんな無言にも何も返すことなく黙っていると、僕がそんなふざけた台詞を本気で言っていることが伝わったらしく、立花は肩を竦(すく)めて、そう言って、僕の頭を一度撫でる。

 それから、僕の顔を乱暴に畳の上に放り、膝から下ろすと、


 そのまま顔を下ろしてきて、僕の唇に、自分の唇をかぶせてきた。

 

 そして、


「何度でもこうやって、上書きするから」


 唇と顔を離すと、そう言って、自分の舌でペロッと自分の唇をふき取り、微笑んだ。


ご一読ありがとうございました。もしよろしければ続きもご覧いただけますと幸いです。

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