千神立花の失敗
「なるほど。それで、一旦職員室に行き、持ってきた鍵で、その物置を閉め、学校から離れ、見通しのいい近くの公園に行ってから、私に連絡してきたのね。あれは幽霊の仕業ではなく、半霊の仕業で、半霊の仕業だとすれば桟君の能力のセンサーに引っ掛からないからその場にとどまるのは危険だと判断したから」
午後九時。
喫茶百合黄の和室。
僕が京子さんに、さっきあった事件のあらましとその前後にあった出来事を再度伝えると、京子さんは人が死んだというのに楽し気な笑みを浮かべてキセルの煙を吸い込み、吐いた。僕は小さく首を縦に振り、
「はい。そして、京子さんから連絡を受けて調査してくれた霊殺士兼刑事の人から教えてもらったところによれば、幽霊は半霊かはともかく、少なくとも普通の人間が犯人として捕まることはないということでした。犯人の所持品らしきものは落ちてませんでしたし、あのガラス板を見た感じ、半霊か幽霊の能力だから、と。あと、殺された三人の携帯電話も、被害者同様アルミ缶みたいに潰されて中のデータを見ることすら叶わないみたいです」
あれから――殺害現場を見てから、京子さんに連絡し、体調が悪くなったから帰ると鬼城に伝え、僕と立花が警察に事情聴取を受けることになって、あれから。
いくら霊殺士を兼ねた刑事相手とは言え、遺体を発見した人間への事情聴取というのはとにかく長いもので、事情聴取から解放された頃には夜の八時になっていた。
約四時間の拘束。しかし、もちろん、四時間もの間、事情聴取だけを漫然と受け続けただけではない。
刑事から質問を受けると同時に、僕側からも事件の詳細を尋ねたりなんかした。
その情報によると、遺体は――まだ推測の段階らしいけれど――おそらく僕のクラスの空手部の矢田さん、仲水さん、青山さん、三人のモノで間違いないらしい。
死亡推定時刻は三人とも深夜で、仲水さんと矢田さんは昨日の深夜。青山さんは今日の深夜に殺されたそうだ。遺体が三人ともクラスメイトで空手部の人たちだと最初に聞いた時はさすがに驚いたけれど、思い起こせば、今日、物置に向かっている最中に、鬼城の先輩たちは仲水さんたちを部活に来なくなった、ではなく、いなくなったと言っていた。
あれは単に表現を誇張していただけだと思っていたけれど、そうではなく、空手部の内輪情報として、どこかに失踪していたことを知っていたからこその表現だったんだろう。そう考えれば驚きこそあれど、納得ができないほどではなかった。
ちなみに学校側はこのことをまだ生徒に発表する予定はないらしい(学校には単なる殺人事件として伝えている)。不義理ではあると思うけれど、文化祭が明後日の土曜日に控えているため、今はまだ内密に事件を扱いたいんだろう。
……まぁたぶんそんなことをしなくても、見た限り半霊か幽霊が絡んでいるので協会が上手く事件をもみ消してくれるだろうけれど。
「物騒ねぇ」
京子さんは不満をも吐き出すように、空中に煙を流し込んだ。そして試すように薄く微笑んで僕を見る。
「けど、何で桟君は犯人が『半霊』だと断定できたのかしら? 普通の人間が犯人ではないのは状況を聞けばなんとなく分かるけれど、犯人が幽霊である可能性は十分あるでしょう? いや、むしろ能力を制御できない幽霊の方が可能性は高いはず。なのにどうして半霊が犯人だと桟君は断言できるのかしら? それとも殺している現場でも見たの? まぁその場合だと殺しを止められなかったあなた達を、私は上司としてそれなりの処分を下さなければならないわけなんだけど」
「それは……」
もっともな意見に、僕は立花を見た。あれが幽霊ではなく半霊の仕業だということを教えてくれたのは立花だからだ。
「…………」
が、立花は僕の目から逃げるようにプイと視線を逸らした。さっきからずっとこの調子だ。京子さんと立花はこの前のプリクラの件でまだ絶賛不仲中らしい。事件について説明するように目線で求めても、立花は京子さんと目すら合わせようとしなかった。
僕は嘆息して、
「……最初は立花が教えてくれたんです。僕の能力は近くにいる幽霊の心を見る力。だから幽霊の仕業だったら僕が気付くはずだって。確かに僕は常時能力を発動させているわけではないですけれど、定期的には、一応パトロール的なことをしてますからね」
「なるほど、ね。だけど、さっきも教えてもらったけど、被害者の死亡時刻はそれぞれ深夜だったんでしょ?」
「そうですね」
厳密に言えば、おそらく遺体の主であろう矢田さんと仲水さんが昨日の深夜一時、青山さんが昨日、というか、今日の深夜二時だ。
「でしょ? だったら桟君は少なくとも深夜には学校にはいないはずだから能力は使えない。ということは幽霊にも犯行が可能なはずじゃないの?」
京子さんの指摘に僕は頷いた。確かに、そうだ。僕の能力は決して日本全範囲の幽霊の心が見えるというわけではない。見えるのはせいぜい半径五十メートル以内の範囲。だからそのどちらの日の時間帯も家にいた僕には普通犯行が幽霊のものではないと断言することなんてできない。
僕は一度頷いてから、しかし、首を振った。
「確かにその可能性も考えました。けど、たぶん違います」
「何故?」
「殺されていた場所がおかしいんです」
「場所?」
京子さんは煙管を咥えながら訊いてきた。
「はい。三人が殺されていた場所は学校です。それも学校内で最も辺境の地と言ってもいい物置き。それに三人とも死んだ時刻は夜です……京子さん、そんな場所に三人、それも女子生徒が行くと思います? 肝試しというならまだ有り得なくはないかもしれませんが、最後に殺された青山さんは一人です。一人で夜の学校に肝試しは流石に不自然でしょう」
「……幽霊に呼ばれたり脅されたから行った……いえ、違うわね。幽霊は普通の人間に話しかけられないから学校に呼び出すことなんてできない……」
その通りだ。深夜に物理的に学校に引っ張っていくという手法や、殺害現場が実はあの物置ではなく、死体をあの物置に移動させただけという線も考えられなくはないけれど、前者は非現実的すぎるし、後者は、物置の外や校内のどこにも血が付いておらず、ルミノール反応もなかったところを見ると、殺害現場はあくまでもあそこだと考えられる。
「けど、何か能力を使ったとかは考えられない? 催眠とか」
「幽霊や半霊が使える能力は一つまでですよね? 見る限り加害者の幽霊、もしくは半霊の能力はあの謎のガラス板です。複数犯の可能性もありますが、幽霊や半霊によるそれは極めて稀です」
幽霊は基本的に自律心がないし、自分の未練を軸に動くから滅多に集団で行動したりなんてしない。そして半霊はまずほとんどが霊殺士協会に入っていて行動を制限されているし、協会から追放された者は協会によって殺されるか、良くて命からがら逃げだすことができるかなので、複数の半霊による犯行という線も薄い。
……もっとも、その追放された半霊同士のクーデターという可能性も考えられるけど……しかし、それならこんな片田舎でやる必要性はほぼほぼ皆無だ。
「なるほど、確かにそうかもしれないわね。だけど、学校に未練があった幽霊ならそういうことをしてもおかしくないんじゃないの?」
「と、言いますと?」
「学校、もっと言えば、その幽霊はあの物置に何か未練があった。幽霊は普通の人間に話しかけられないし、姿を見せることもできないけど、触ることはできる。だから三人を学校に連れ込んで殺した。これならどう?」
……確かに。それなら女子生徒三人があの物置き場で死んでいたことにも説明がつくように思える。けど、違う。
「どうして?」
「単純です。一応、あの物置の方にも何か幽霊の未練らしきものがあるかもしれないと思って刑事さんに調べてもらいました。けど、調べた範囲では、あそこで特に事件らしきことがあったことは一度もなかった。だとしたら京子さん。考えられる結論は一つじゃありませんか?」
「……物置き場で殺したのは、何かそこに特別な思い入れがあったんじゃなくて、ただ、殺しを隠蔽する目的で使っていた、人から見られる心配のない幽霊の犯行ではなく、見られる心配をした半霊の策略……」
」
僕は頷いた。流石、ちゃらんぽらんに見えて、話が速い。
「そうです。わざわざ物置き場で殺したのは、半霊であるがゆえに普通の人間にも死体や殺している現場を目撃される可能性があって、それを極力回避したかったから。もちろん隠蔽するなら、学校よりもいい場所は他にたくさんありますが、そこは京子さんが言うように、学校に何かしら未練や怨嗟のある半霊だから、という感じだと思います」
もちろん最後の点については確実じゃない。実は未練怨嗟云々は関係なく、ただ犯人の半霊が殺しやすい場所として、また殺害現場や死体を発見されにくい場所として使っただけに過ぎないのかもしれない。
ただ、犯人が幽霊ではなく半霊だという可能性はかなり高いだろう。
「ふうん。なるほどねぇ。それは私も動かないわけにはいかないわね」
京子さんは矛盾点を探っていたのかしばらく思案していたものの、しかし特に反論する点が見当たらなかったのか、5分程して小さく頷く。そして、ふっと一度笑うと、小首を傾げ、目を半分ほど開き問うてきた。
「けど桟君。そこまで言うのならもちろんあてはあるんでしょうね?」
「…………」
言われた瞬間、僕の脳裏に一人の人物の姿が思い浮かんだ。
あの被害者である空手部の三人と関係が深い人物。最近おかしな行動を見せていた人物。制服に血痕が付着していた人物。でも、彼女は……
「ん? 物憂げな顔してどうしたの? まさか、まだ目星はついてない感じかしら? 仕方ないわね。これからお姉さんと星を見に行きましょう。ついでに帰りにプリクラを」
「わけわからん理由で人をプリクラに連れて行こうとしないでください……いえ、あてはあります。……ただ二つほど気になることがあるんです」
「気になること?」
僕は頷く。
「一つは単純にどうして鬼城――たぶん犯人で自分が半霊ということを隠していると思う僕の友人の名前なんですが――どうして鬼城があんな能力を持っているのかまだ分かりません。どんな未練や怨嗟が鬼城にあんなガラス板で人を押し殺す、みたいな能力を会得させたのか分からない。特に今回は半霊が相手で僕は鬼城の心を読めません。もしあいつと僕達が戦うことになった時、戦闘を担当する立花のためにも知っておきたい」
「それに関しては私に手伝えることはないわ。私にそれを推理する能力はないし、それにそれをするのが君の仕事でもある。戦闘をするのは立花ちゃんの仕事。頭脳労働は君の仕事。そうでしょ?」
「……そうですね。だからそっちの方はそこまで問題じゃありません。今から考えればそれで済む話です。ですが……もう一つの方はそうじゃない」
「どういうこと?」
僕は一度言葉を区切って、そして続けた。
「京子さん、鬼城はどうやら犯人の自覚がないみたいなんですよ」
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