メイド喫茶には行けない
「京子さんったらホントに頑固」
朝。立花は不機嫌にそう言った。
「京子さんが仕事で忙しいのは知ってる。その息抜きが桟とのプリクラってことも知ってる。だけど、たまには私に桟を譲ってくれたっていいのに」
唇を尖らせ、尚もブツブツ文句を言う立花。普段物静かな分、餅みたいに柔らかいほっぺを膨らましながらそんな風に言う立花はちょっとかわいい。
九月下旬。水曜日。
二学期に入り、はや三週間。
高校は文化祭のシーズンに入り、各クラスや部活だけでなく、各文化系の委員会も、小規模ではあるが月末の文化祭に向けて着々と準備を進めていた。
僕ら図書委員もその例外ではなく、今はその準備をするため立花と学校に向かっている最中だ。
普段僕と立花は、学校では交流は極力控えている。互いに霊殺士であることを明かせない身分であるということで、あまりに一緒に居過ぎると横から茶々を入れる者が現れ、そこから霊殺士の情報が漏れ出てしまう可能性があるからだ。
しかし、文化祭真っ最中のこのシーズンなら話は別。仮に話し込んでるところを見られれても、文化祭上の仕事の話ということで誤魔化せる。そのため、実際に朝から文化祭準備の仕事もあるということで、それを名目に今日は一緒に登校しているというわけだった。
……と、まぁそこまでは良かったんだけど……。
「まぁまぁ、落ち着いて。それに、ほら。京子さんも別に悪気があったわけじゃないんだし」
「桟は黙ってて」
「……はい」
――立花の機嫌は過去最高潮に悪かった。
原因はおおよそ分かっている。
さっき、僕が立花を、立花の住居でもある喫茶百合黄まで迎えに行ったときのことだろう。
玄関で待っていた立花と一緒に学校に向かおうと門を出ると、急に玄関の扉が開いて、出てきた家主である京子さんに僕はこう言われたのだ。
「あ、桟君。今週の土曜日、プリクラよろしくねー」
と。
実は今週の土曜日というのは、僕が前々から立花にうさぎカフェ(猫カフェのうさぎ版)通称うさカフェに行こうと誘われていた日だった。
流石に聞き逃せない内容だったのか、立花は踵を返し、京子さんと口論。
どっちが行く行かないで揉め、もちろん議論は平行線。
結局これ以上話し合うと文化祭の準備の時間に間に合わなくなるということで、一度舌戦は切り上げることになったものの、その結果僕はこうしてずっとぐちぐち愚痴る立花の愚痴をくどくど聞かされながら学校に向かっているというわけだ。
ああ、ちなみに口論の間、一応僕も意見は出しはしていたものの、もちろんガン無視。
口を挟もうとしても「黙れ」だの「やかましい」だのと、およそ普段上品な口調の二人からは絶対に聞けないであろうキツイ言葉で僕の発言権は封殺されてしまった。おかしい……。そもそも、うさカフェもプリクラも誘われてはいたけど、まだ行くとは返事していなかったはずなんだけど……。
「……そういえば、僕達図書委員はてきとーに図書室を飾り付けするだけだけど、立花のクラスは何するの?」
が、まぁいつまでもそんなことを気にしていても仕方がない。僕は諭すことができないのなら、せめて話題を変えて立花の機嫌を紛らわそうと尋ねてみた。
「小説喫茶」
幸いなことにホットな話題で話し合いたかったのか、立花も怒るのをやめてすぐに返事をしてくれる。
「何それ? 漫画喫茶じゃなくて?」
「うん。小説喫茶」
「それ何するの?」
「文化祭当日にクラスメイトが各自教室に小説を持ち寄って、来たお客さんにそれを読んでもらう。ちなみにお茶やお菓子は無し」
「それ喫茶じゃないじゃん……」
何故か誇らしげに言う立花にツッコむ。
ここまでやる気のない文化祭の出し物初めて聞いた……。
「はぁ、まぁでもよかったね。たぶん立花は文化祭みたいなキラキラしたイベントとかあんまり好きじゃないだろうし、小説なら立花も好きだから休憩時間に自分も読んだりできるし。まるで立花のためにあるような出し物だ」
「……そうだね」
僕が肩を竦めてそう言うと、何故か立花は目を逸らした。……? 何気なく言っただけのつもりだったんだけど、何か僕は立花にとって気に障る発言をしただろうか? ……いや、まさか。
「……ねぇ、立花。それって誰が提案したの?」
「!」
思い立って僕が言うと、立花の眉が跳ねた。
動揺した時限定で起こる立花特有の仕草だ。……やっぱりそうなのか……。
「ねぇ、それってさ。提案したの、立花じゃないよね?」
「……違うよ」
「そっか。それなら立花のクラスのクラス委員の幹状君に聞いてみるね。もし嘘ならうさカフェは取消で」
「……桟のいじわる」
僕の制服の袖を引っ張り、唇を尖らせて立花は言った。やはり嘘か……。
「……まぁ、提案自体はクラスの人たちが同意したんならそれでいいけど……けど、どうしてそんな提案したの?」
「クラスの皆の負担が減ると良いと思って」
「本音は?」
「……出し物の準備に乗じて桟以外の男子に話しかけられたくなかったから……」
「やっぱりそういう感じか……」
僕は嘆息した。
立花のこういう行動は初めてじゃない。
例えば僕達の通う鳥鬼高校に入学したばかりに行われた一年生だけの合宿。
学年全体の親睦を深めることが目的のはずの合宿で、立花は一年の男子はおろか、女子とさえ口を利かなかった。
さすがに言葉を交わすくらいはしてと僕が懇願することで何とか今は最低限のコミュニケーションは確保されてるみたいだけど、それでもまだ普通のレベルにまでは到底及んでいない。
「あのね、立花。そういうのはたしかに男としては嬉しい。けど僕としてはもう少し他の皆とも仲良くしてほしいんだ。たぶん立花のクラスメイトだって立花と仲良くしたいと思ってるよ?」
「……別に……私桟以外興味ないし」
つんと澄まして言う。……まぁそう簡単には折れてくれないか。
文化祭を機に立花に新しい友人でもできればと思ってたんだけど……。
「ていうか、そういう桟のクラスは出し物は何なの?」
「え?」
出し抜けに訊かれて、僕は思わず頓狂な声を上げた。
しまった。思わず世間話のつもりでその話題を振ったのだけど、よくよく考えれば僕の方もあんまり積極的に話したい出し物ではないんだった。
「ねぇ、何するの?」
前の蛍の事件の時もそうだったけれど、能力があってようやく幽霊の心が視える僕とは違って、立花は素で人の感情の機微を感じ取るのが得意だ。僕が言い淀んでいることを敏感に察知してか、さっきの仕返しとばかりに立花が顔を寄せてきた。
「ねぇってば」
……言いたくない。けど言わなくてもどうせいつかバレるしなぁ……。
キスしそうなくらい尚も顔を近づけてくる立花。そんな追及に耐えられなくて、僕は視線を明後日の方へ逸らして、観念して訥々と告げた。
「……メイド……喫茶……です……」
「……当日は絶対に休んでね」
「……はい」
やっぱりそうなるか、と思いながら頷くしかない僕だった。
……クラスの女子のメイド服を見るなんて、立花が許してくれるわけがなかったからだ。
ご一読ありがとうございました。次話もお読みいただけると幸いです。




