第93章 佐伯の「宿痾」
当局による「一部記録」の公表と、御子神個人の疑惑糾弾によって、世間の狂騒は潮が引くように一つの「決着」へと向かい始めていた。テレビのワイドショーはすでに次の事件へ関心を移し、他紙の紙面も「一個人の不正とコンプライアンスの不全」という無難な教訓で速やかに事件の幕を引こうとしている。
一人の悪人を吊るし上げ、社会的に抹殺することで物語を完結させ、平穏な日常へ戻る。世間も、そしてメディア自身も、その安全な免責のストーリーを何より欲していたのだ。
だが、その急速に冷めゆく世間の熱気から取り残されたかのように、深夜の編集部だけが異様な緊迫感に包まれていた。
十二月の冷え切った早朝。編集部特設デスクの蛍光灯の下で、佐伯は赤ペンを握りしめ、校正紙の最終原稿を睨みつけていた。
『隠蔽された防衛資産 ── 巨大プラント移管の深層と近代の「宿痾」』
紙面には、北関東の旧防衛プラントや東亜重機を巡る利権の構造だけでなく、さらにその底流にある歴史的な因果関係が、冷徹な筆致で綴られていた。
西洋における立憲主義や法の支配は、元来、国家権力という「獰猛な野獣」を縛り、個人の自由を確保するための防壁(権利の砦)だった。しかし、それが日本の土壌に移植され、咀嚼される過程で、防壁であるはずの法は、むしろ「個人を飼い慣らす檻」へと反転した。
大正デモクラシーの時代、一時的に民衆の権利意識や政治参加への熱意は高まったものの、日本における法は、市民が闘争によって勝ち取った「契約」ではなく、明治政府が国家の近代化のために上から与えた「恩恵としてのシステム」という性格を色濃く残していた。その結果、人々にとって法や制度は「自ら動かし、修正していくもの」ではなく、「あらかじめ与えられたルールに、いかに自分を適合させるか」という客体的適応の対象となり、法治主義は「国家権力を縛るもの」から「国民が従うべき精緻なマニュアル」へとすり替わっていったのだ。
「……ここまで書くのか、佐伯」
上長が後ろから覗き込み、息を呑んだ。
世間が求めている「分かりやすい悪党の成敗」でも、当局が差し出してきた「安全な記録の開示」でもない。この国の根幹そのものを揺さぶるような告発文に、上長の指先が微かに震えていた。
佐伯は手を止めず、赤ペンで最後の段落を強く引き締めた。
「逃げちゃ駄目なんですよ。御子神個人の不正だとか、東亜重機と官僚の癒着だとか、そんなものは単なる表面上の膿に過ぎない」
佐伯はかすれた声で、しかし揺るぎない確信を持って言い放った。
記事の中盤では、その「変質」のメカニズムがさらに深く抉り出されていた。
――法や官僚機構が提示するシステムに従っていれば、自分で善悪を判断する責任から解放される。この「思考の免除」と、システムから排除される「痛み」を恐れて自ら檻に飛び込む「痛みの免除」が結びつくとき、国家による強制的な弾圧がなくとも、民衆は自ら進んで「自発的隷属」のネットワークを内面化していく。大日本帝国憲法という立憲主義の枠組みを維持したまま、中身が完全に「個人の自由を圧殺するシステム」へと作り替えられた、この近代的な法治の仮面をかぶった怪物。
「日常の平穏の中では血の通った人間性や民族の固有性が削ぎ落とされ、洗練されたシステムだけが自律的に動き続け、人間がその家畜と化している。お上の決定に従い、空気を読み、仕様書通りの正解を出していれば飢えることもない代わりに、個としての野性を去勢された安全な檻――『自発的隷属のゆりかご』を、僕たちは150年間回し続けてきた。それこそが、この一連の不可解な事件の底流に流れる真の犯人だ」
記事の行間からは、個人の利益や組織の保身を超えた、もっと根源的な恐怖と怒りが匂い立っていた。
御子神という男は、その巨大なシステムが排出した「例外処理の端末」に過ぎない。彼をどれほど糾弾したところで、人間を家畜化し、責任の所在を溶かし去る150年の「宿痾」が存在し続ける限り、同じような事件は形を変えて永遠に繰り返されるのだ。
そして、その長大な告発の結びには、一文だけがぽつりと置かれていた。
――これは答えではなく問いかけである。
事件を起こした者も、巻き込まれた者も、この150年の歪みの噴き出し口に過ぎない。平穏な日常の中で安全に暮らす読者自身もまた、この過剰なコンプライアンスや前例への依存という「安全な檻」の心地よさに甘んじ、家畜の檻を維持している共犯者ではないのか。失われた人間の美徳を取り戻す覚悟はあるのか。
締め切りの時刻を告げる時計の音が響く中、佐伯は原稿を静かに印刷へと回した。
それが社会を直ちに動かすことはないと分かっていながらも、この問いを投げかけることだけが、記者として生きる彼の最後の意地だった。




