第82章 佐伯と外国との繋がり
十一月下旬、深夜の編集部特設デスク。
山積みにされた海外経済紙のバックナンバーと、国際金融アナリストたちがまとめた非公開のインフラ売買レポートの間に、佐伯は無数の赤いインクで線を引き込んでいた。
デスクの上のモニターには、欧州の防衛関連企業が発出したプレスリリースと、シンガポール拠点のファンドが管理する匿名組合のスキーム図が並んでいる。
佐伯は、欧州の防衛関連企業が公表した資料と、関係者から提供された非公開文書を照合していた。海外の規制当局に提出された申請内容の一部は、公開情報だけでは確認できない。そこで、国内の官民ファンドの開示資料や企業の決算情報と突き合わせ、資金がどの組織を経由していたのかを追っていた。
「……やっぱり、個人の犯罪なんかじゃない」
佐伯は低く呟きながら、ペンをノートに走らせた。
画面には、シンガポールのファンドと国内の事業会社を結ぶ投資スキーム図が表示されていた。資金は複数の法人を経由しており、公開資料だけでは最終的な受益者や資金の実際の用途を確認できない。佐伯は、その不透明な部分を関係者の証言と照合していた。
世間の耳目は、いまや「民間フィクサーの暗躍」や「東亜重機と官僚の癒着」というスキャンダルの表層に釘付けになっている。テレビのニュースも週刊誌の特ダネも、御子神という個人の不正を叩くことで、事件が解決したかのような錯覚を振りまいていた。
だが、佐伯が追っているのはそんな表層の膿ではない。
北関東の旧防衛プラントを巡るTR-7042の資産移管の歪みは、御子神という個人の悪知恵だけで組み立てられたものではなかった。そこには、欧州の防衛サプライヤーが求めるデュアルユース規制の迂回ルートがあり、アジアの金融市場を流れる莫大な流動性があり、さらにはそれらを合法的に見せかけるための海外政府機関の許認可システムが、まるで精密な歯車のように噛み合っていた。
日本国内の法治システムの隙間をすり抜けるために、海外の巨大な資本網と防衛ネットワークが巧妙に接続されている。
佐伯の歴史認識における仮説として、それは150年間にわたって日本の近代システムが肥大化させる中で、誰も切除することのできなかった――「宿痾」としての構造的な病巣そのものだった。
「外側から与えられた合理主義のシステムを維持するために、僕たちはいつの間にか、世界中の資本と軍需の論理をこの国の足元に組み込んでしまった……」
佐伯はキーボードを叩き、入手した文書データをさらに検証した。
追えば追うほど、犯人の顔など見えなくなる。そこに映し出されるのは、責任の所在を曖昧にしたまま、グローバルなシステムの一部として自律的に拡大していく巨大な「仕組み」の姿だけだった。
個人の不正を暴くだけでは、この構造の深淵には届かない。
佐伯は冷たく光る画面を見つめながら、この「宿痾」の正体をえぐり出すための最後の一撃となる原稿の構成を、静かに組み立て始めていた。




