第74章 御子神の来歴
御子神は若い頃から「制度の隙間」を読むことに長けていた。法や規程そのものを破るのではなく、誰も確認しない手順、責任の所在が曖昧な承認、後から解釈できる文言を見つけ、そこに人の判断を差し込む。
彼が最初に手にしたのは、大きな金でも、強い人脈でもなかった。むしろ、ある地方の公共事業をめぐる、誰も責任を取りたがらない「保留案件」だった。
当時の御子神は、官僚機構の外側にいる小さなコンサルタントだった。政治家の秘書、地方自治体の職員、金融機関の担当者、地元業者。互いに顔を知り、互いに責任を避けたい者たちの間に立っていた。
ある事業は、予算は組まれ、用地も確保され、関係者の合意も形の上では整っていた。だが、最後の承認だけが何年も滞っていた。理由は明確ではない。誰かが反対したわけでも、違法性が判明したわけでもない。ただ、決めることで失うものがあまりにも多すぎた。
御子神は、その停滞を「問題」ではなく「資産」として見た。
御子神が引き受けたのは、契約締結前に残された条件整理だった。関係者の意見を文書にまとめ、未決事項を別の確認手続きへ回す。誰も最終判断を引き受けないまま、案件だけは次の段階へ進む形を整えた。各関係者が「自分は決めていない」と言える形で、処理を前へ進める手順を作ったのだった。承認者には責任を分散させ、実務者には指示の出自を曖昧にし、政治家には成果だけが残るようにした。
事業は動いた。誰も不正を自認しないまま、予算は執行され、契約は結ばれ、報道では「地域振興」として処理された。
この経験で御子神が学んだのは、制度は文書だけで動くのではないということだった。
記録は、後から責任を問うための道具になる。だから、記録を残さないことが最善なのではない。むしろ、誰の責任にもなり得ない記録を残すことだ。曖昧な議事録、口頭での確認、担当者の交代、承認権限の移動。それらを重ねれば、後に誰かが疑問を抱いても、特定の個人へたどり着かない。
彼は「記録より処理」という原則を得た。
処理が完了し、金が動き、制度が結果を生んでいれば、過程の不正確さは後から「手続き上の不備」として説明できる。そして、結果が出た後には、それを止める者の方が「混乱を招く者」と見られる。
御子神は、ここで初めて、自分が単なる仲介者ではないと理解した。
次に彼が築いたのは、人脈だった。ただし、それは友人関係でも、派閥でもなかった。
彼が集めたのは、互いに責任を取りたくない人々だった。官僚は、政治的な決断を避けたかった。企業は、規制と監査を回避したかった。政治家は、見えない形で成果を欲した。金融機関は、リスクを他者へ移したかった。
御子神は、彼らの間で「調整者」として振る舞った。
しかし、実際には、彼は各者に少しずつ有利な解釈を与え、互いが互いを信用できない状態を作っていた。誰かが抜けようとしても、他の誰かとの取引、共有された情報、過去の便宜が足かせになる。
彼は人を束ねたのではない。互いに離れられないようにしたのだ。
彼が築き上げた最大の武器は、潤沢な資金でも強権でもなく、一度捉えたら絶対に抜け出せない「小さな貸しの網」だった。
数年前、省庁の応接室で、御子神はある中堅幹部官僚と二人きりで向き合っていた。官僚は手元の予算査定資料を見つめながら、困惑したように眉をひそめていた。
「御子神さん、この事業の補助金申請、書類の要件がわずかに足りないんです。私の一存で手直しを通せば、後で省内の監査に突っ込まれます」
御子神は温厚な笑みを浮かべ、相手の肩をそっと叩いた。
「何を心配しておられる。足りないのは文言の解釈だけで、事業の公益性は誰もが認めている。修正の指示を出したのは現場の要望だ、という形式に整えておけばいい。……ところで、ご長男の就職の件ですがね」
官僚の動きがピタリと止まった。
「長男の……?」
「ええ。一流の民間シンクタンクで、ちょうど若手の特別枠を募集していましてね。ご本人のご希望にぴったりのポストです。私から一言添えておきましたから、来週にでも面接を受けさせなさい。親御さんの苦労を、息子さんにまで背負わせることはありませんよ」
御子神の言葉には、脅迫の響きなど一欠片もなかった。ただ純粋な善意と「親心」への配慮だけが漂っていた。
官僚は深く息を呑み、ゆっくりと頷いた。
「……感謝します、御子神さん。書類の手直しは、現場からの再提出という形で処理しておきます」
こうした一つひとつは、端から見れば心温まる「善意の助け合い」にしか見えない。
しかし、官僚の子の就職、地方議員への口利き、補助金書類の些細な手直し――それらの「恩義」を受け取った者は、後になって自分が御子神の巨大なスキームの歯車に組み込まれていることに気づいても、もはや逃げ出すことができなくなる。
現在の御子神は、特定の組織の幹部ではない。しかし、複数の組織が彼を通さなければ動かない案件を抱えている。
彼が持つのは、次の三つである。
• 制度の隙間を見つけ、後から正当化できる処理へ変える能力
• 責任を分散させ、特定の個人へ追及が届かないようにする手法
• 各関係者が互いに離れられない、曖昧な依存関係
彼が「記録の有無など問題ではない」と言うのは、記録を軽視しているからではない。記録が、彼の作った責任の分散構造を壊しかねないからだ。
御子神の不正は、単独の犯罪というより、多くの人間が「自分は決めていない」と言い続けることで成立してきた。彼の過去とは、その構造を最初に発見し、意図的に育てた歴史である。




