第64章 大人の世界の写し
深夜の静まり返った自室。
デスクのスタンドライトが、黒い表紙のメモ帳と無数の資料を冷たく照らし出している。
氷室は椅子に深く腰掛け、手元に広げられた文部科学省の通達や『生徒指導提要』、そして『いじめの重大事態の調査に関するガイドライン』のページをめくっていた。
赤茶けたインクで記された行間を、男の冷徹な眼光が鋭く舐めていく。
「――『認知件数が多いこと自体を、学校の評価に直結させるわけではない』か」
氷室は鼻で笑い、万年筆の軸を指先で軽く叩いた。方針そのものは、いじめの積極的な認知と早期対応を求めている。だが、認知した後の対応が形式的な記録やチェックリストの消化に傾けば、現場は実態の改善よりも手続きの完了を優先しかねない。
相場の世界で数々の欺瞞とリスクヘッジの数字を暴いてきた氷室の目には、その運用の裏に潜む「為政者たちの計算式」が透けて見えていた。
事前の調査が暴き出す国の実態は、こうだ。
国は、いじめが蔓延する根本的な原因――過密な教室という名の閉鎖空間、過重労働にあえぎ心の余裕を失った教員たち、そして何より、弱者を切り捨てる大人の社会の構造的歪みには一切メスを入れない。予算を割き、法を改正し、根本的な社会改革を行うべき政治的コストを、最初から放棄している。
その代わりに現場へ渡されるのが、「平時からの備え」と「チェックリスト」だった。それ自体は必要な仕組みだ。だが、手続きの履行を確認するだけで、実際に子どもの状況が改善したかを問わないなら、責任の所在を整理する道具が、責任を果たしたことにするための道具へと変わりかねない。
「見つかった問題はすべて現場の『認知不足』と『対応の遅れ』に帰結させる。現場には無限の義務と監視の目を義務付けながら、状況を根本から是正する裁量や予算は一切与えない。……見事なまでのリスクヘッジだな」
国は「いじめの早期発見」を学校のノルマに仕立て上げ、万が一にも重大な事故(自殺や長期不登校)が起きたときは、「学校がガイドラインのチェックを怠った」「組織対応が不十分だった」として、すべての責任を現場の教師や校長に被せる。
つまり、国の掲げる方針とは、いじめを根絶するためのものではない。破綻した教育システムのなかで噴出する不満や責任の矛先を、霞が関の官僚や政治家からそらし、末端の教育現場へと丸投げするための「トカゲの尻尾切りアルゴリズム」そのものだった。
「発生源を放置したまま、上がってくる悲鳴の処理だけを現場に押し付ける。……こんな欺瞞のベルトコンベアが、まともに機能するわけがない」
氷室は冷ややかに息を吐き、手元のメモ帳に新たな文字を走らせた。
――『国の方針(生徒指導提要・重大事態ガイドライン)の本質は、構造改革の放棄と、現場への全責任の転移である。いじめの認知件数増を求める方針の裏で、国家は「見落としたらお前たちの責任だ」という脅迫的なマージンコールを教員たちに突きつけているにすぎない』
ペン先が止まる。
紙面に刻まれたその冷徹な文字は、この国が積み上げてきた巨大な欺瞞のポートフォリオが、いかに脆弱な免責事項のうえに成り立っているかを証明していた。
氷室は窓の外の暗闇へと視線を移し、小さく呟いた。
「子供というのは、大人が思うほど無防備ではない。むしろ、生存への防衛本能は大人以上に過敏だ」
万年筆の先を見つめる。歪んだ環境という外因的な引き金が引かれた瞬間、子供たちの防衛本能は、他者を徹底的に叩くという最悪の形でスクリーニング(排除)を開始する。それは純粋であるがゆえに、一切の妥協のない残虐ないじめへと先鋭化していくのだ。遠くで街灯の光が夜風に揺れていた。その光の届かない場所で、構造的な歪みを一身に背負わされた子どもたちと現場の教師たちが、音もなく軋みを上げ続けている。
数日後、氷室は都心から少し離れた閑静な住宅街に佇む、公立小学校の古びた校門の前に立っていた。
秋晴れの空の下、赤茶色のレンガ塀に沿って保護者向けの掲示板が設置されている。そこに貼られた真新しいプリントには、整然としたフォントでいくつかの項目が並んでいた。
『いじめ防止対策推進法に基づく本校の取り組みについて』
『校内いじめ対策組織の設置と早期発見のフローチャート』
『定期アンケート調査の実施報告およびスクールカウンセラーの配置日程』
氷室は、その一つひとつの文字を静かに目で追った。
書かれている内容はどれも正しく、制度として完璧に整備されているように見える。どれもが必要不可欠な文言であり、手続きだった。
「……やはりな」
吐き捨てるように呟いたその胸中に、教育現場の生々しい実態が重なる。それはお決まりの硬直した上位下達の図式に他ならなかった。掲示されているルール自体は整備されていても、それが現場で実際に機能しているかどうかは、また別の話だった。




