第59章 直人の二度目の判断と佐伯の調査(前編)
薄暗い執務室のデスクの上で、モニタの青白い光が直人の眼鏡のレンズを冷たく照らし出していた。
画面に表示されているのは、先月と同じ、いや、より細分化されたわずか「0.3%の差異」を示す数値データだった。エラーとも微小な誤差とも取れるその数字の羅列は、前と同じように、ただ静かに彼の決断を待っている。
以前、彼はその差異を見送り、システムの流動性を優先した。しかし、そのわずかな判断の痕跡は、今や別の部署の帳簿を狂わせ、思わぬところで誰かの処理を立ち往生させている。同じ選択を繰り返せば組織の論理に組み伏せられると分かっていながら、かといってここで直せば、さらに連鎖的な歪みが拡大することも目に見えていた。
直人はマウスに置いた右手をわずかに震わせたまま、画面の端で点滅する警告表示から目を逸らすことができなかった。
その頃、都心の雑踏を離れた佐伯は、北関東の寂れた工業地帯に佇む旧防衛関連プラントの敷地外縁に立っていた。錆びたフェンスの向こうで風に揺れる雑草を見つめながら、手元に挟んだノートの文字に視線を落とす。軍需産業と資産の管理記録を結びつける新たな古びた資料。そこに記されていた「TR-7042」という管理コードは、彼が以前から追っている別の組織の不透明な台帳の隅にも、かすれたインクで残されていたものだった。
名称も、管轄する組織の肩書も全く異なっている。だが、それらが指し示している実態の根っこは、間違いなく同じ巨大な不可分の塊なのだという不気味な確信が佐伯の胸裡をよぎる。しかし、どれほど資料をめくっても、そのコードの背後にある具体的な人名や、責任の所在を証明する決定的な「線」は、まるで煙のようにすり抜けていく。
全体像の掴めぬ不条理な手応えを噛み締めながら、佐伯は冷え始めた空気を肺腑に吸い込み、再び手元の記録へと目を凝らした。




