第60章 佐伯の記事と御子神の処理
乾いた雨音の代わりに、湿った冷気が窓ガラスを叩くように吹き付ける夜。
佐伯は、自らの手で書き上げた原稿の最終行から目を離し、薄暗い編集局のデスクで深く息を吐き出した。手元にあるのは、彼が長期間にわたって追い続けてきた軍需産業の旧防衛関連プラントと、不透明な資産管理の接点を示す、辛うじて確認できたファクトの断片である。
だが、画面に並ぶその文字列は、組織の背後にある巨大な構造的欠陥や責任の所在を指し示すには、あまりにも鋭利さを欠いていた。どこまで書いても、制度の枠組みそのものを告発するには至らない。編集局の隅にある古びた時計が、静かに午前二時を回ったことを告げている。一時間以上も同じ文字の配列を見つめ直し、削り、再び戻すという空疎な滞在時間の末に佐伯が選んだのは、過度な推論を削ぎ落とした、あまりにも小さな扱いの記事だった。翌朝の社会面の一角、誰の目にも留まらないような地味な枠に、その不完全な真実はひっそりと組み込まれていく。
その頃、幾重ものセキュリティに守られた静寂な執務室では、御子神が重厚なマホガニーのデスクに向き合っていた。
部屋の隅に置かれた空気清浄機の低い稼働音が、かえって室内の張り詰めた沈黙を際立たせている。彼の前には、資産の一部を動かすための複雑な手続き書類の束が幾重にも積み上げられていた。
御子神は万年筆のキャップを外し、冷徹な手つきで署名欄にペンを走らせようとしたが、その先端が紙面に触れる寸前でピタリと動きを止めた。管理主体と処分権限が完全にねじれたままの状態でこれを動かせば、全体の処理計画そのものが足元から崩壊しかねない。かといって、ここで手を止めれば、背後で睨みを利かせる権力中枢からの無言の圧力が一気に牙を剥く。
すでに四十分近く、時計の秒針の音だけを聞きながらペンを宙に浮かせたまま、御子神は険しい目を書類の隅に落としていた。乾いた室内に彼の微かな溜息だけが落ち、巨大なシステムの歯車がまた一つ、重苦しい摩擦音を立てて微動した。




