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第6章 直人の委任
直人の書斎。
デスクの前に座り、稟議書を読み返している。
三ページ目の第三項目。そこだけ数字がわずかにずれている。
0.3%。
見過ごしてもおかしくないほどの微小な差だった。
直人は一度、前のページに戻って確認した。計算の基準は合っている。入力ミスなら、今ここで直せば済む話だ。
だが、直せば再提出になる。再提出になれば、明朝の会議に間に合わない。
直人は隣の部屋にいる父・乾の気配を伺った。このまま進めるべきか、それとも差し戻すべきか。迷いの末、直人は稟議書を抱えたまま父の書斎のドアを叩いた。
「……入れ」
乾はデスクから顔を上げることなく言った。
直人は書類を差し出し、小声で状況を告げた。第三項目の0.3%のズレ。
乾は一瞬だけペンを止め、その数字に目を走らせた。数秒の沈黙の後、冷徹な声が落ちる。
「そのまま進めろ。微修正にかまけて明日の会議を飛ばす方が損害だ」
「……はい」
直人は書類を受け取った。
自室に戻り、第三項目をもう一度見た。
0.3%のズレ。
直人はもう余計な計算をせず、指示通りに書類を整えて鞄に放り込んだ。書斎の明かりを落とし、玄関へと向かう。外の冷気がコートの裾を揺らす中、車へと歩き出した。




