第56章 氷室の日常(同調圧力)
平日の朝、大手町に連なる超高層ビルの巨大なセキュリティゲートの前で、氷室は黒い表紙のメモ帳をコートのポケットに押し込んだ。
目の前では、ネイビーやチャコールグレーの画一的なスーツに身を包んだビジネスパーソンたちの群れが、巨大な板金パネルの相場における、分厚い「売り板」の厚みのように、自動改札や回転扉へと機械的に吸い込まれていく。誰もが足並みを揃え、スマートフォンの画面を一瞥しながら、無言のまま一定の速度で前へ進んでいる。それは完全に流動性を統制されたアルゴリズムの群れであり、そこには個の意思や判断の余地など微塵もない。群れからわずかでも外れること、あるいは独自のポジションを取ることを絶対に許さない、張り詰めた同調のプレッシャーが、市場の板情報のように冷ややかに漂っていた。
氷室は人の流れからあえて半歩身を引き、ガラス張りの巨大なエントランスの柱の陰に立ち止まった。
すれ違う人々は誰一人として顔を上げていない。効率と生産性の最大化という名目の下、個人の感情や呼吸のテンポは削ぎ落とされ、全員が「機能する歯車」としての均質なポジションに回収されている。少しでも歩調を緩めれば、後続の市場参加者たちが生み出す圧倒的な買い圧力、あるいは売り圧力に踏み潰されてしまうような、逃げ場のない強制決済の空間だった。
「部分の最適解は全体の総和(全体最適)にはならない」という組織論・システム論の“正論”を大義名分として掲げながら、その実、個と全体の境界線を意図的に曖昧にし、個人のエネルギーをシステム側へ一方的に吸い上げる。これこそが、やりがい搾取や全体主義的組織が用いる同調圧力であり、最も狡猾な搾取のメカニズムだろう。
かつて自分自身もまた、この均質なシステムの中で「機能する歯車」の一人として、疑うこともなく足並みを揃えて歩いていた。あの巨大なトレンドのうねりこそが世界のすべてであると信じ込み、自己の主観を自ら融解させていた過去の記憶が、冷徹な現実の気配とともに蘇る。自分もまた、この市場の流動性を支える無数のティックの一つに過ぎなかったのだと。
市場の流動性を支えるのは、こうした無数のティックたちだ。彼らは自己実現という名の超低金利で調達された、システムのための最も安価なエネルギーに過ぎない。個としての輪郭を自ら融解させ、巨大な全体の一部として機能することと引き換えに、彼らは安定という名のポジションを買っている。そのポジションが、すでに破綻した未来への信用取引であることにも気づかないまま、ただマージンコールのない朝を繰り返すために歩調を合わせていく。
――その時、どこかのビルの上空から、重く低い鐘の音が響いた。
周囲の群れは、その異質な音に気づく様子すらなかった。ただ誰もが機械的な足取りを崩さず、自動ドアの開閉音と靴底の乾いた摩擦音だけが、相場のティック音のように規則正しく繰り返されている。
氷室だけが、わずかに足を止めた。
音の出どころを探そうとしたが、周囲のビルの谷間には、鐘楼らしい建物は見当たらなかった。
ポケットの中のメモ帳に指先が触れたが、それを取り出すのをやめた。この都市の朝を綺麗に要約する言葉など、今の氷室には無意味に思えたからだ。
氷室は再び、無言の人の流れへと足を踏み出した。
その冷たい流動体の一部になりすましながらも、かつて自分が身を置いていたその回路の歪みを思い知るように、先ほど聞こえた鐘の音だけが、不協和音のように耳の奥で鳴り響き続けていた。




