第42章 凍結された回路
十月二十五日、午後四時。
中央官庁街の重厚な石造りの建物が並ぶ一角。異様な空気が漂い始めていた。記者クラブのフロアでは、すでに定例会見の時間を数分過ぎているにもかかわらず、壇上のマイクには誰も立っていない。
三上は、登壇用の階段の脇に立ち、手元の原稿用紙を握りしめたまま、冷や汗の滲む手のひらをスーツの生地にこすりつけていた。
そのポケットの中では、官邸の危機管理センターから飛ばされてきた直通の通知メールが、微弱な振動とともに何度も途切れていた。
「――三上さん、まだですか」
背後から、若手の補佐職員が青ざめた顔で声をかけてきた。フロアの向こう側では、各社の記者たちが一斉にざわつき始め、パイプ椅子が床を擦る音が響いていた。
「待て。まだ上からゴーサインが出ていない」
三上の声は、乾いた喉の奥から絞り出したようにかすれていた。
「ですが、定例の時間をすでに過ぎています。このままでは、記者団が直接ここに押し寄せてきます」
「押し寄せてきても答えられるものがないんだ。本省からの指示はただ一つ、『本日の主要インフラおよび再編スキームに関するアナウンスは一切保留』。それだけだ」
三上の脳裏には、午前中から錯綜する情報の断片が渦巻いていた。北関東のマスターデータから突如として消失したTR-7042の同期、現場を混乱に陥れた突然の全トランザクション凍結、そして何より、意思決定を下すべき中枢の人間たちが誰も応答しないという異常な事実。
システムは形骸化し、動かすべき人間は姿を消し、残されたのは「ただ何事も起きていないかのように振る舞え」という無言の圧力だけだった。
三上は深く息を吸い込み、壇上の扉を押し開けて、一歩を踏み出した。
無数のフラッシュと、一斉に浴びせかけられる質問の声が、津波のように押し寄せてきた。
「――本日の定例会見を始めます。……初めに、本日の政府統合インフラの稼働状況につきまして、一部の通信およびデータ処理において軽微な遅延が発生しております。現在、詳細を確認中です……」
声を張り上げた瞬間、三上の背筋を冷たいものが走り抜けた。
それは説明ではない。ただの延命のための虚構であり、崩壊し始めたシステムの裂け目を、乾いた泥で埋め合わせるようなものだった。
記者席の最前列で、大手紙の経済部デスクが鋭い目を光らせ、手元のメモ帳にペンを走らせていた。
回路はすでに凍結されている。
その事実を誰も口に出さないまま、巨大な国家の歯車は、摩擦熱すら失った冷たい鉄の音を立てて、ただ空転の速度を上げていった。




