第40章 零れ落ちる断片
午後十二時五十分。
霞が関の総合政策課。フロアの喧騒はピークを過ぎていた。代わりに、奇妙な静けさが漂っている。内線電話の音はまばらになり、代わりに、職員たちが低いトーンで対応を協議する声だけが、室内に響いていた。
直人はデスクに座り、目の前の液晶画面から視線を外せずにいた。
「処理中」の警告表示は消え、代わりに、赤字のシステムエラーコードが画面を埋め尽くしている。
―― TR-7042_EX_FATAL_NULL。
「……直人さん、これ」
隣の席から、上野が掠れた声をかけた。上野の手には、一通のプリントアウト用紙が握られていた。
「どうした」
「さっき、本省のインフラ管理部門から全課に向けて、一斉メールが流れた。『本日の再編スキームに関する全トランザクションは、システム異常のため一旦凍結する。追加の入力および再送を一切行わないこと』……だってよ」
直人はモニターから目を上げ、上野を見た。
「凍結、だと?」
「あぁ。つまり、原因究明も復旧のメドも立たないまま、ただ『触るな』って蓋をしただけだ。宙に浮いたままのデータは、そのまま放置される」
上野は乾いた笑いを漏らし、用紙をデスクの隅に投げ捨てた。
「このままじゃ、午後の定例会見で何が発表されるか分かったもんじゃない。野党も、記者クラブも、この異常に気づき始めている。私たち現場の人間が、最後にすべての責任を被せられるパターンだな」
直人は答えなかった。
机の引き出しのなかで、スマートフォンが静かに震えている。画面を見なくても、それが誰からのものか、あるいは誰からのものでもないのか分かった。御子神という巨大な歯車が突如として消え去った後、残された者たちは、噛み合わない歯車の隙間に指を挟まれ、ただ身動きが取れずにいる。
窓の外では、いつの間にか空を覆っていた薄雲がちぎれ、鉛色の影を霞が関の街並みに落としていた。
国家の資産を繋ぎ止めていたはずの数字の連なりは、今や誰も触れることのできない「空白の領域」と化し、静かに、しかし確実に崩壊のカウントダウンを刻み始めていた。




