第29章 御子神の修正
十月の夜が深まり、高層階の窓には、遠くのビルの明かりがいくつも浮かんでいた。
部屋にはダクトの低い音だけが続いていた。
「――御子神さん」
乾の低い声が、静寂の中に落ちた。
御子神は微動だにせず、ただ顎を引いた。
「どうした」
「先ほどの措置ですが――」
乾は手元の資料に目を落とした。
「別の部署から、確認の連絡が来ています。一部の処理が止まっていて、このままだと明日の朝、いくつかの実務データに重複が出ます」
御子神は眉をわずかに寄せた。
「どこからだ」
「北関東の担当からです。先ほどからの措置に対して、差し戻しの確認を求めてきています」
御子神は即座に答えず、数秒間、暗いモニタの画面を見つめた。
「なら、最初の処理に戻せ」
御子神は淡々と言い放った。
乾は手元のデータに目を走らせ、静かに反論する。
「戻せば、配送先は元へ戻ります」
「それでいい」
「ですが、現場はもう別の倉庫に着いた前提で、受領処理をしています」
御子神は振り返らない。
「工場はどうなっている」
「部品が届いた扱いにならないため、別の工程に回しています」
御子神の指が、机の上で一度だけ動いた。
「なら戻せ」
「戻しても、現場がやった処理までは戻りません」
乾のその言葉に、御子神の指がわずかに止まった。
「……御子神さん。すでに現場では、この変更を前提にした別の業務が走り始めているところもあります。今それを戻せば――」
「戻せと言っている」
御子神は振り返りもしないまま、抑揚のない声で遮った。
「明日の朝までに合わせればいい」
乾は数秒間の沈黙のあと、小さく息を吐いた。
「……分かりました」
乾は手元の端末の確認欄に目を走らせた。
数秒後、乾は顔を上げず、淡々とした声で告げた。
「……北関東側の処理、手配を回しました」
「これでいい」
御子神は言った。
「何かほかに言うことはあるか」
「いえ」乾は手を止めた。「……一件だけ、北関東からの確認待ちがそのまま未処理のフォルダに残りますが」
「明日でいい」
「分かりました」
乾はそのまま席を離れず、静かに端末の前に立ち続けた。
モニタの青白い光のなかで、未処理の警告を示す小さな赤いインジケータだけが、沈黙したまま点滅を続けていた。




