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第12章 乾の朝
午前七時四十七分。
首相官邸の執務室には、朝の光が差し込んでいた。乾はデスクの前に座り、各省庁から上がってきた決裁資料に目を通している。
第三項目で、ペン先が止まった。
ごく小さな差がある。
乾は前後の数字を見比べた。
「……この程度ならいい」
差し戻せば、関係省庁との調整がやり直しになる。明日の閣議にも影響が出る。乾はそのまま書類を閉じた。
椅子から立ち上がり窓際へ歩く。窓の外には朝の霞が関が広がっていた。ビルの間を車列が流れている。乾は窓ガラスに映る自分のネクタイの結び目を、指先でわずかに引き締めた。
分厚い書類の束を革製の鞄に落とし込み、留め金をガチャリと鳴らす。廊下に出ると、足音を殺した秘書が壁際に立っていた。
「車の手配はできています」
「そうか」
乾は歩き出した。車寄せには黒塗りのセダンが待っている。
後部座席に乗り込み、足元に鞄を置いた。重いドアが閉まる。車が静かに動き出した。乾は窓の外を見た。朝の車列がビルの間を途切れずに流れている。
足元の鞄の中で、書類の一角が折れ曲がっていたが乾はそれを直そうとはしなかった。




