1-7話 魔女娘、口説かれた……のだろうか?
トン、トン、トン、と包丁で調理する音が、キッチンから規則的に響く中、更にトゥーナの声も聞こえてくる。
『フンッ、それで旅をして行き倒れて、リリィに拾われたってワケね……人間だけで旅して行き倒れてって、計画性なさすぎでしょ、呆れるわっ』
「ああ、大方そんなところだし、返す言葉もないな」
『ていうか十日で終わりかける旅って儚すぎでしょ。蝉の一生かっての』
「ンフフフッ!」
『なに変な笑い方してんのよ。魔法でブッ飛ばすわよアンタ』
ややキレ気味のトゥーナだが、アインから大方の事情を聴き終えた頃――キッチンから可愛らしいエプロン姿で現れる。ちなみにエプロンは、しっかりカボチャ柄のデザインだ。
その手にはトレイがあり、どうやら彼女が手作りしてきたのだろう料理が、手際よくテーブルに並べられていく。
それぞれ作りたての湯気が立ち、食欲をそそるように香る、やはりというべきかカボチャ料理の数々……だが、それだけではない。
アインがこの街に訪れてからは珍しい、ニンジンなど根菜、中には鶏肉など――つまりカボチャ以外の食材も、少しは含まれていた。
何となくアインが観察していると、トゥーナも敏く察したのか、何も言わずとも説明してくれる。
「なによ。……しょうがないでしょ、リリィは一人暮らしだから、特に気にかけてあげないとだし……カボチャばっかじゃ栄養が偏っちゃうかもしれないじゃない。だからこうして、たま~に料理を作ってあげにきてんのよ。このハロウィン・タウンを支配する、モンスターとしてね。なんか文句ある?」
「何もない。……トゥーナは優しいのだな」
「はあ? ……ハンッ、このアタシを、薄っぺらなおべっかで喜ぶような安い女だと思ってるわけ? このハロウィン・タウンの魔女娘をニャミェッ舐めてんじゃないわよ、フンッ!」
(噛んだな、今)
「トゥーナちゃん、いま噛んだ?」
(そして容赦なくツッコんでいくな、リリィは)
「べっべべ別に噛んでニャいわよっ! ないわ! へ、変なこと言うんじゃないわよ、リリィ!」
「ひえっ!? ごご、ごめんなさい、トゥーナちゃん~っ!?」
なかなか賑やかな食卓で、トゥーナは「フンッ!」と不機嫌そうにそっぽを向きながら――リリィにフォークとスプーンを渡し、食事を促した。面倒見が良いにも程がある。
そんな光景を、アインはぼんやりと眺めていた。
(まるで、仲の良い姉妹のようだな。……いや)
「ああもー、ほらリリィ、食べカス付いちゃってんじゃない。ほら、ほっぺ出して」
「んぐ、んぐ……ご、ごめんねトゥーナちゃん、いつもだけど、あんまりおいしすぎて夢中になっちゃって……」
「ふふっ、なによそれー、お上手ねー。ま、お世辞でも嬉しいけどっ♪」
「お世辞じゃないんだけどなぁ……うんもう、本気で……」
(家族……家族、か。…………)
ぼんやりと、物言わず、黙って見つめていた。
そんなアインの眼前に、不意にスプーンの柄が突き付けられる。
「ん」
「? ……トゥーナ、どうした?」
「どうした、じゃないでしょ。アンタの分もあるから、食べなさい」
「ム……俺まで頂いていいのか? リリィのために作ったのでは?」
「べっつにー。一人分も四人分も、大して変わんないし。そもそも一人だけ仲間外れにするなんて陰険な真似、ハロウィン・タウンの支配者として恥ずかしいってのっ。……ていうか、ね」
トゥーナが言いつつ、視線を軽くスライドさせ――アインの忠実なるメイド・ロゼを見つめながら呟く。
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
「……アンタのメイドさんとやら、もうめっちゃ食いまくってるし」
「ああ、ロゼだからな。忠実なるメイドはそういうとこある」
「主人より先に断りすらなく食べまくるって、忠実なるメイドとしちゃ致命的だと思うけど……ま、そんなわけだから、今さら遠慮とかいらないわよ」
なるほど、とアインは頷き、スプーンを受け取る。
そして、カボチャのポタージュを一掬いし――とはいえ、だ。
この街へ来てから一日と経っていないアインだが、既に一生分、カボチャ料理を食べたのではなかろうか。もはや口の中は完全にカボチャ、舌が馴染んでしまっているはずだ。
あまつさえ、カボチャのポタージュは食べたことがある。さすがに真新しい感動などは、訪れないはずだ。
その、はずだが――アインがポタージュを口に運んだ、その瞬間。
「んぐ。……? ――――!!?」
「さて、アタシも座って、テキトーに食べよーっと……ン? なによアンタ、どうしたの――」
「う、う、う………ウーーーマーーーイーーーゾォォォーーーーッ!!」
「アンタそんなキャラだっけ!? 一応、物静かな感じっぽかったのに!?」
長めの前髪からはみ出すほど、カッ、と見開いたアインの目からは、光が迸らんばかりだ。もはやその口は目の前の料理を食し、かつ称賛するためにだけ動く――!
「どうしたことか、この味わい――濃厚な甘味に施された、絶妙な味付け! ただのポタージュが、まるで濃縮した命の水の上澄みを汲んで注がれたかの如し! もはやこれは、カボチャではないっ……何なのだ……一体何なのだ、コレは!?」
「カボチャよ」
「更にはこのカボチャとミートのパイ、一体どういうことだっ……お肉が主役にあらず、むしろ脇役と化すなどと! もはやこの一品の主役はカボチャ……パイという名の盤上を支配する悪魔じみた存在感! カボチャが主役と成り得るとは、恐るべき調理技術っ……何という美味さなのだァァァ!!」
「そ、そう。……そ、そーお? まあ……まあね~? アタシ料理が趣味だし、まあちょっとはね~♪ それにアタシの魔法で出したカボチャって、なんかめっちゃオイシイって評判だしぃ~? ハロウィン・タウンの魔女娘として、これくらい当然っていうかぁ~……いやまあ褒めすぎだし、大げさすぎる気するけど~!」
「ううん、トゥーナちゃん。わたしもホントは、あれくらいリアクションしたいくらい、おいしいって思ってるんだよ? まあさすがにアインさんには〝急に料理バトルが始まったんですか?〟って思っちゃうけど……」
リリィも補足のツッコみを入れる中――アインは、夢中で食べ続けていた手を止め、何やら悟ったように呟く。
「これほどのカボチャを……魔法で、いくらでも出せる、だと……そんなことが、あるのか……まさか、カボチャの神か……?」
「ハロウィン・タウンの魔女娘だっつってんでしょ、誰がカボチャの神よ誰が。まあいくらでもってワケじゃなく、魔力が切れれば出せなくなると思うけど……とか言いつつアタシ生まれてこの方、魔力切れなんて起こしたことないのよねー。自分の才能が怖いわ……」
「なるほど。そうか、なるほど……良く、分かった。俺たちの旅に、足りないものが……そして今、天啓がおりたのだろう」
「はあ。なんかワケ分かんないこと言ってるわね……って、なに? アタシのこと、急にジッと見つめて……ちょっと?」
トゥーナが座ったまま首を傾げると、席を立ったアインは黙って彼女へと歩み寄り、腰を落として目線を合わせた。
「トゥーナ。……トゥーナ=スクウォッシュ=ウィッチ・ガール」
「は? な、なによ、急にマジ顔しちゃって……って近い近い近い! な、なんなのよ、勝負するってーの!? 受けて立つわよこんにゃろー!」
「聞いてくれ。……頼む、トゥーナ」
「はっはわわわわわてっててて手ぇ握ってんじゃななないわよぉ……なな、なんなのよ、一体全体なんなのよぉぉぉっ……!?」
完全に混乱状態に陥り、もはや狼狽し尽くしているトゥーナに――アインはトドメの如く、告げた。
「俺の家族になってくれないか?」
「…………」
暫し、時が止まったかのような沈黙。
後、トゥーナの口から放たれたのは。
「……は、は、は――はあああああああああああああ!!?」
つんざくような大声、されど無理もない状況に〝あわわ〟と慌てるリリィが、頬を赤らめつつロゼに話を振る。
「あ、あわわ……あわわ!? まっまさかのプロポーズでしょうか!? ろろロゼさん、どうするんです!? いえどうなっちゃうんで――」
「リリィ様、そちらのケーキ、食べないなら頂いてもよろしいでしょうか。とても、美味しいので……とてもとても、美味しいので」
「いえあの、目の前の大事件に少しは反応しましょうよ!? アインさんとロゼさんは、その……ふ、深い関係なのでは!?」
「はい。忠実なるメイドですが」
「ああも~~~っわっかんないよう! わたしだけじゃツッコミきれないっ、だれか助けて~~~!?」
ハロウィン・タウンの少し離れにある、こじんまりとした花屋で、家主の可憐な悲鳴は誰に届くでもなく、夜の闇に吸い込まれていくのだった……。




