0-4話 ここに、あるもの。
「……ん、んん……」
ベッドの上、ゆっくりと覚醒したアインが、寝ぼけ眼を指先で擦る。
「……随分と懐かしい夢を見たな。いや、まだひと月か二月くらい前の話だったか……何やら忘れそうなほど過去に思えるが、まあかなり強火な悪夢の類だな。フフッ!」
起き抜けにややウケするアインのツボは、どこかおかしいが、夢は記憶を整理するために見るものだともいう。
まあアインにしてみれば、鮮明すぎるのが玉に瑕だ。
しかし〝悪夢〟と断じるには早計かもしれない、とアインはゆっくり身を起こす。
「……いや、俺とロゼは、あの日から誕生したのだと……本当の人生と旅を始めた日だと思えば。それまで閉じ込められてきた日々を葬り去れた、記念すべき日だったかもな。まあ旅立って十日くらいで、餓死しかけるとは思わなかったが。蝉の一生とは、上手く言ったモノだな……フフッ!」
「……zzz……ウニャウニャ……」
「ん? ……おっと」
アインのベッド、その毛布の上で丸まって眠るのは、家族の一員――ワー・キャットのミーニャ。人間同様の体を器用に丸めて小さくなっている姿は、さすがは猫のモンスター、と感嘆するところだろうか。
「おお、今日は俺の日か、珍しいな……いつもはロゼかトゥーナのベッドなのに。起こすのも忍びないし、このまま寝かせてあげ――」
「zzz。……いや半分、起きてるけど。猫は睡眠、浅いから。で……アイン、独り言、多くニャい? 起き抜けに、すんげー喋ってたけど。人生の始まりがどうとか、蝉の一生とか」
「おや、おはようミーニャ。あと独り言なら、気にしないでくれ――俺は割と普段から、こんな感じだからな」
「ああ、そうニャの……ヤベーやつだニャア……」
「フフッ!」
低血圧に見えて起き抜けはテンションが高いのか、ややウケするアインだった。
と、ベッドの上で猫の如くに伸びをしたミーニャが、軽やかにベッドから降りる。
「フアァ……ニャッ、っと。……ちょっと魘されてたから、どうしたかと思ったけど。まあ……ニャんでもニャいみたいで、よかったニャ」
「ん、そうなのか? ……もしやミーニャ、俺を心配して、それで一緒に居てくれていたのか?」
「べっつにー。猫の気まぐれ、そーゆう日もある、ってだけニャ。フア~……喉渇いたし、お水、飲んでこよ~……」
照れ隠しだろうか、そそくさと立ち去っていくミーニャ。猫はそういうとこある。
何となくアインも和やかな気分になりつつ、ダイニングへ向かった。ここで念のため補足するが、ここは棺桶ハウスの内部である。意外と住み良い。
さて、アインがダイニングに顔を出すと、備え付けのキッチンで料理していたハロウィンの魔女娘、トゥーナが気付いて振り返った。
「フンフフ~ン♪ パン、パン、パンプキ~ン♪ あらっ、おはよ、アイン。今日はお寝坊さんねー、もうお昼時よ? お腹減ってたら、何か食べる?」
「ああ、おはようトゥーナ。餓死することなく食事を摂れる、本当にありがたいな……ところで先ほどの歌、何やらパンが飛び出してきそうな雰囲気だったが……」
「ええ、あるわよ、パンプキン・パン」
「わあい、もはや我が家の定番だァ……ゴホンッ。ありがとう、頂きます。それと、何か飲み物も……」
「パンプキンでカフェラテ作るのチャレンジしてみたけど、飲む?」
「えっ、パンプキンでカフェラテを? とんでもねぇ、あたしゃ大好きだよ。ありがたく頂くとしますトゥーナ様」
「急にどうした」
「分からん……が、脳裏にキミと出会った、あのパンプキン・タウンと……ファッションにメッセージ性の強いおば様の姿が浮かんだ……あるいはハロウィンの魔女娘であるキミの魔力の影響かも……?」
「マジかー。なんか照れるわねー。じゃ、準備するから待ってなさーい?」
何やら恐ろしいハロウィンの支配が進んでいる気はするが、軽めに流して敢行するトゥーナは、まさにハロウィンの魔女娘である。
さて、テーブルから椅子を引き、アインが座ったところで――
「――マスター・アイン、おはようございます」
「ロゼ。……ああ、おはよう」
洗濯物を取り込んできたのか、銀髪のメイド・ロゼが姿を現す。
挨拶を終えて早々、アインからそれほど距離を離さず床に座り込んだロゼが、洗濯物を畳む。
キッチンからは、コトコトと煮詰めるような、トゥーナが料理する音がする。
この穏やかな一時に、ふとアインは口を開いた。
「なあ、ロゼ」
「はい、なんでしょうか、マスター・アイン」
不意の声掛けに戸惑うこともなく、間髪入れず、ロゼは無表情の顔を向ける。
その薄紅色の瞳を見つめながら――アインは当たり前のように、けれど柔らかな声で、言った。
「――――幸せだな」
「はい、マスター・アイン――幸せです」
ロゼは返事を終えるや、すぐさま作業に戻る。
その直截すぎる行動に、躊躇いや感情は排されているように見えて――けれどロゼは確かに〝幸せです〟と、そう答えた。
〝ならば、それでいいのだ〟と。
〝それが、大切なことの全てだ〟と。
アインは、口元を緩め、眼を細めた。
さて、暫くそうしていると、トゥーナも話に加わってくる
「あら、ロゼ。洗濯、お疲れ様……って、ここで下着まで畳んでんじゃないわよ! アインもいるのに、ああもー、いつも言ってるでしょー!? ったく、仕方ないんだから……はあ、区切りがついたら、アンタもお茶する?」
「はい、頂きます、トゥーナ様」
「フニャニャ……ン、いいニオイするニャ。ミーニャにも、ちょーだい?」
アインとロゼがいたダイニングに、トゥーナとミーニャも入ってきた。
テーブルを囲み、俄かに慌ただしくなる。
遥か彼方に思える過去には、装いだけは大きかった屋敷で二人だけの頃には、あり得なかった喧騒。
本人が卑下する〝ただの人間〟など、アインだけ。
〝フランケン・モンスター・ザ・ゼロ〟のロゼ。
〝ハロウィン・タウンの、魔女娘〟であるトゥーナ
〝猫又国の、迷い猫〟……改め〝家猫ワー・キャット〟のミーニャ。
そのほとんどがモンスター、誰も彼もが個性的に過ぎる、少しばかり珍妙な顔ぶれだ。
しかしそこには少なくとも、〝偽り〟は、ない。
アインとロゼが、そしてきっとトゥーナもミーニャも、望むものが。
ここには、あるはずだ。
幸せは、ここに――〝本物の家族〟と、共に――




