0-3話 旅人の過去・後編――そして。
アインがそれまで過ごしてきた大屋敷が、炎に包まれ焼け落ちてゆく。
本当の生家でもなかったそれが崩れてゆくのを背に、特に感慨も無く直立して佇むのは、其処で最も長く暮らしてきただろう青年とメイドだった。
《叡智の結晶》をその身に宿し、復活したメイドの度を越した戦闘機能は、たかが人間に止められるはずもない。
そんな青年とメイドに、煤けた身なりで怒号を放つのは、恐らく他に住処でもあるのだろう――この屋敷を空けがちだった、親ではなかった者達。
「何と、何ということをっ……狂ったのか!? 育ててやった恩も忘れ、このような真似を! 人間のやることではない、人間のやることでは――!」
「この、人でなしっ……いいえ怪物! オマエなんて、もう我が子なんかじゃないわ――!」
造物主の末裔たるアインの人間離れした脳の力が、〝記憶を消す薬〟を凌駕したことを知る由もないのだろう。的外れな言葉を繰り返す者達は、アインが暗い目で一瞥すると、恐怖と共にみっともなく転がりながら逃げ去ってしまった。
後に残ったのは、盛大に燃え盛る屋敷と、アインとロゼ。
炎に焚かれ、燃え上がりながら天へ昇っていく、色鮮やかな薔薇たち。
全て、総て、全部、燃え尽きた。
廃墟となった跡地にて、自身の〝賢者の叡智〟を葬り去るなら、造物主の末裔は、ここで終わりにしてしまっても良いか、と思っていた。
けれどアインは一つだけ気になって、隣に立つ無表情のメイドへと問いかける。
「ロゼ。……キミには何か、これから、やりたいことはあるか? あるいは今、そうなってしまう前に……やりたいことは、あったか?」
「…………」
質問から、やや間があった。
美貌のメイドは、揺らぎもしない無表情のまま、アインへと顔を向ける。
「――旅を、したいと。見知らぬ街を、国を、世界を。見て、聴いて、誰かと出会って。アインさまと共に、旅をしたい――と」
「……うん、そっか」
「そして、アインさまと――本当の、家族になりたい、と。主人と従者の関係ではなく、血の繋がりも関係なく。〝本物の家族〟になりたい、と」
「…………っ!」
それは、きっと。
今のように感情を失い、〝ザ・ゼロ〟となってしまう前の、ロゼが思っていたことなのだろう。
アインも知らなかった、幼馴染であり家族でもあった、ロゼの秘めた想い。
それを、叶えてやることも出来なかった、全て遅すぎた。
アインは、そう思っていた――が。
「――ロゼは、そう思っています――」
「――――!!」
それが、言葉足らずという訳では、ないのだとしたら。
以前のロゼだけではない。
今こうして生きているロゼも、そう思っているのだ――ロゼは今も、生きている、心がある。
ならばアインに、迷いなどあるものか。
「ロゼ。俺たちは、旅に出よう。〝ただの人間〟として、ただの旅人として、この怪物達の世界を旅しよう。そして今度こそ、偽りの家族ではない……本物を、探そう。賑やかで、寂しくない……それはきっと、楽しいはずだから」
無表情のロゼの、薄紅色の瞳を真っ直ぐ見つめて、アインは言った。
「俺たちは、そんな――〝本物の家族〟になろう――」
「――イエス、マスター・アイン――」
静かに、けれど力強く、ロゼが即答する。
言うが早いか、アインは廃墟と化した庭の一角、その地面に手を突いた。
「では、行こう。今日から俺たちは、旅人だ。
――――フンッ!!!」
取っ手、のようなものを、アインが掴むと――引き上げた瞬間、地面がひっくり返るように土が舞う。
姿を現したのは、家ほどの高さもあろうかという、巨大に過ぎる棺桶だ。
それを軽々と背負いながら、特に驚きもしない美貌のメイドへと、アインは説明する。
「いつか旅に出る時のため、こっそり造っていた多機能型・棺桶だ。家にもなるし、武器にもなる。いつかこの棺桶に、一緒に入るような……〝本物の家族〟が、増えるといいな。どうだ、ロゼ。賑やかで、楽しそうだろう?」
「はい。ただ一緒に棺桶に入りたいとかいうのは、なかなか悪趣味なブラックジョークかと思いますが」
「フフッ! めっちゃ正直。だがそれくらいで、気兼ねがなくていいものさ」
「恐縮です、マスター・アイン」
ややウケているアインに、ロゼは特に反応せず礼をする。
こうして、アインとロゼは――
閉ざされていた屋敷で、閉じ込められていた自分達を葬り去り、焼け跡となった廃墟を一切振り返ることもせず。
きっと今、この広大な世界に。
〝モンストル・ワールド〟に――初めて誕生したのだ――
まさしく生まれ変わったような心持ちで、棺桶を背負って一歩を踏み出したアインに、ロゼが何とはなしに告げる。
「ところでマスター・アイン。御髪の色が白くなっておりますが」
「ん? ……ああ、そうか? 多分、《叡智の結晶》を創った後からだな。まあ俺は無頓着だから、そもそも元の髪色って何だったか覚えていないが……でもロゼとおそろいみたいで、それこそ〝本物の家族〟のようで嬉しいな」
「そうですか。ロゼも、嬉しく感じています」
「ハハハ。そっか、それならよかった」
心持ちや性格だけでなく、見た目にも変化は出ているようだ。
兎にも角にも、どこか珍妙な二人は、こうして旅人となった。
「じゃあ、行こうか、ロゼ」
「イエス、マスター・アイン」
そして。
そして――……。
……………………。
………………。
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