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モンストル・ワールド! ~ モンスターがそれぞれ支配する奇妙な街や国を旅して、家族を迎えていく ~  作者: 初美陽一
0の家 終わりの造物主《フランケン》――始まりの旅人《アイン》

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0-1話 旅人の過去・前編

 少年は、とある屋敷で成長し、青年となった。


 恰幅のよい父は常に笑い顔を絶やさず、妙に声は大きいが人当たりは良い。

 母は派手好きだが、息子に対しては過保護と思えるほどに手厚く優しい。


 大きな屋敷での生活は、何一つとして不自由はなく、飢えた経験など一度も無かった。


 ただ、()()()()()()()()()()()()()ことは少し不思議で、ごく限られた客人と接触する以外は他人との関わりも無い。


 少年から青年となるまで〝そう〟であった彼は、〝そういうものなのだ〟と思っていた。

 ただ〝それでも別に構わない〟と思えていたのには、理由がある。


 大きな屋敷に、世界中のすべてが詰まっているのではと錯覚するほどの、溢れんばかりの蔵書が収められている巨大な書物庫があった。

 そこで知識を得ることに、飽きも果てもなかった。


 ――そして、何より――



「――アインさまっ。今日もお勉強でございますか?」

「――ん? ああ、ロゼ、おはよう。今日も元気だね」



 明るい人柄を示すような艶やかな()()が特徴的で、仄かな温もりさえ覚えそうな薄紅ロゼ色に燈る瞳が、煌めいている。


 太陽のように快活な少女、いわくアインの専属メイドという――ロゼが、幼い頃からずっと、傍に居たからだ。

 とはいえ、幼い頃からずっと一緒だったアインにしてみれば、メイドというよりも幼馴染で、もはや家族同然の存在でもある。


 いわく辺境伯だとかで家を空けることが多い父母よりも、よほど長い時間をともにしていた。大きな声では言えないが、アインにとって、()()()()()()な存在である。


 そんな彼女が〝おはよう〟と口にしたアインに対し、少しばかり心配そうに表情を曇らせた。


「アインさまってば……もう夕暮れ時ですよ? お勉強熱心なのも、結構でございますが……時間どころかお食事まで忘れては、お体に障りますっ。もう~、旦那様も奥様も、アインさまのお勉強のためだとか仰って、たくさん仕入れてくるんですから……アインさまが倒れっちゃったら、大変ですのにっ」


「ああ、いや。俺は特に苦とも思わないし、色々なことをるのは、楽しいからさ。……知っているかい、ロゼ。モンスターの支配するこの世界には、モンスターによって支配される、それはもう色々な街や国があるのだって。恐ろしい場所ばかりでなく、おとぎ話や夢物語のような、幻想的な世界――建物が砂糖菓子で出来ている街や、虹で橋を架ける川。空を浮かぶ王国なんかも実在するってさ」


「! わあ、わあっ……そ、そんな所があるんですかっ? ロゼ、アインさまと同じで、このお屋敷を出たことないから……いつか、行ってみたいですっ」


「ハハハ。一番行ってみたいのは、やっぱりお菓子の街?」


「も、もうっ、アインさまってば! ロゼ、そんなに食いしん坊じゃありませんっ」


 ロゼが怒ったような素振りをした。彼女の美貌は艶を帯びて大人びているが、アイン同様に人と対面する経験が少ないからか、どことなく幼く思える。

 そうして軽く頬を膨らませるロゼに、アインは失笑しながら続きを語った。


「うん、そうだな。いつか俺も、旅に出てみたい。本で読むだけでなく、この眼で実際に、色々な景色を見て……世界中の、色んな人やモンスター達と、会ってみたい。もう少しで俺も、十八になる。旅にだって、出られるはずさ」


「! ……あの、あの……そ、その時は、ロゼも……あ、アインさまと……あっ! そう、従者として、ご一緒に……」


「ん。……そうだな、それじゃ……旅の仲間が敬語じゃ、堅苦しいからさ。敬語をやめてくれるなら、考える」


「え、ええっ!? うう、それじゃ私、メイド失格って怒られちゃいますぅ……アインさまの、いじわるぅ……」


 軽口程度の、アインの提案――幼少期から一緒だったロゼが、敬語を使うようになったのは、いつからだったか。

 ほんの少し、その敬語に寂寥を覚えていたアインに……ロゼは誰もいない屋敷内を、きょろきょろと見まわしてから、小声で囁いた。



「あ、アインさま……内緒、だよ? 約束だから、ねっ」

「……うん、約束だ。一緒に、旅に行こう」



 アインが微笑みながら言うと、ぱあっ、とロゼは太陽のような笑顔を見せ――何度も何度も、嬉しそうに「約束っ」と繰り返した。


 この大きな屋敷で、他人との関わりは最小限で、忙しい両親とも顔を合わせることは少ない。

 そんなアインにとっての世界は、この屋敷で読む膨大な本と――ロゼ。



 ――ロゼが、世界それだった――



 瀟洒しょうしゃな造形のテラスで、厳重に封鎖された屋敷の外門ではなく、反対方向の山や森が望める、遠くの景色を眺める。

 ロゼの手入れする薔薇の庭園で、かなり遅めのティータイムだ。


 陽は落ちて夜の帳が下りても、寒さより、大切な家族ロゼが傍にいる暖かさのほうが大きい。

 ロゼの淹れたローズティーを傾け――不意にアインを、つきっ、と頭痛が襲う。


「ッ! ……う……」

「! アインさまっ、大丈夫ですか? また、頭痛が……?」

「ん……ああ。大丈夫だ、けど……最近、多いな。…………」


 アインは、少しばかり特殊なのか――記憶力が、異様に優れている。()()()()()()()()()()()ほどで、ロゼはそうではないというから、やはりアインが特殊なのだろう。


 だからこそアインは、違和感を覚えていた。どんな本でも一度読めば、大抵のことは一目見れば、それから一切忘れることはない。

 そのはずなのに、赤ん坊から幼少期までの記憶が、すっぽりと抜け落ちている――いや、それはまるで意図的に、()()()()()()()()かのようだった。


 記憶にあるのは、同じ幼少時代のロゼと、初めて出会ってから先の事柄のみ。

 そのことを両親に尋ねたこともあったが、〝子供ならそんなもの〟〝それが普通〟で済まされるだけだ。


 アインもまた、この屋敷の外側の常識など知らず、〝そういうものなのだ〟と思うしか出来なかった。


 ――それでも。

 生きていくのに不自由はなく、暖かな室内で、好きなだけ本を読める。

 忙しくてたまにしか会えないとはいえ、会えば過保護なまでに優しい両親がいる。

〝いつか旅に出たい〟という夢もある。



 ――いつも傍で、ロゼが、笑いかけてくれる――



 それが()()というものなのだと。

 ()()とは〝そういうものなのだ〟と。


 アインは、()()しか知らなかったから、そう信じていた。

 それが、幸せ(それ)が、家族それが――



 ()()だったのだと、知るのは。

 ――世界それを、失くした後だった――

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