2-16話 時間
「そこに――そこに、あの子がいるの!? っ……猫又女王、ありがと! それじゃ、さよニャら!」
アインたちと共に改めて猫御殿に招かれたミーニャが、今まで『フーッ』と威嚇し続けてきたのも忘れたように、猫又女王に礼を述べ――言うが早いか、駆け去っていく。
影さえ踏ませぬ速度で姿を消したワー・キャットの少女を見送り、けれど表情の芳しくない猫又女王に、トゥーナが文句を呟いた。
「全く、もう……どうせ教えてあげることになるなら、意地悪なんてせず、最初から素直に教えてあげればよかったのに。戦う必要なんて、無かったじゃないっ」
『ふぅむ、マーマの娘、トゥーニャよ。そうは言うがニャ、そう簡単ニャ問題とも言えぬのじゃ……〝時間〟という問題は、少しばかり複雑でのう』
「へ? 時間、って……どゆこと? そういえば、ミーニャは長い間、迷子だったっていうけど……それって、どれくらいなの?」
トゥーナの質問に、猫又女王は〝ふむぅ〟と少し考えてから――答えを述べる。
『十数年――ミーニャが迷い猫となっておったのは、およそ十数年ほど、じゃの』
「…………」
その答えに、トゥーナは暫し沈黙し、そして――首を傾げた。
「? ?? え、っと……その時間が、何の問題だっていうの? ???」
良く分かっていないらしいトゥーナに、一方でアインは納得したように頷く。
「なるほど、これで完全に合点がいった。ほとんどは推測だけどな。そのために憎まれ役を負おうとするとは、存外、面倒見が良い人……いや、猫又なんだな。さすが女王、というべきか」
『ニャハハハ。まあの、縄張りの主としては、当然じゃ。……まあ猫又は猫だけあって、適当じゃからのう……妾くらいしっかりしとらんと、成り立たぬというか……政務とか、ほぼワンオペというか……』
「へ? アインには分かるの? えっと、なに? なに??」
全くピンと来ていないようで、話に置いていかれるトゥーナだが、猫又女王はまたたび酒の杯を傾けながら〝はあ〟と物憂げにため息を吐く。
『あと100年……とまでは言わぬが、せめて50年。いやさ、あと30年、20年……それくらい経っていれば、いっそ諦めもついたやもしれぬが。……妾もミーニャの飼い主の所在を突き止めたのは、つい最近の話じゃ。猫又国を設立したこと自体、そう昔の話でもニャいし。そも、ワー・キャットに……モンスターとなってしまったミーニャには……ミーニャ自身は、恐らくそれどころでなく、理解できておらぬじゃろうが……はあ、健気で一途すぎるというのも、時には残酷よ……』
「――いいや、きっと関係ないさ。迷い続けるのが100年だろうと、50年だろうと、ミーニャはきっと、変わらず前の飼い主を想い続けていたはずだ。ミーニャが本当の意味で前に進むためには、早く区切りをつけるのも、必要なことだと思う」
『! ……そうか、そうじゃニャ……そうかも、しれぬ。やれ、あの子は傷つくじゃろうが……過干渉すぎても、良くはニャいか……』
うんうん、と何度か頷いてから――それはそれ、と猫又女王は居住まいを正し、アインに真剣な言葉で問いかけた。
『で、じゃ。旅人殿よ、この猫又国で起こる出来事は、配下にして仲間たる猫又どもを通して、妾も把握しておる。ゆえに、旅人殿がミーニャを家族に迎えたがっておる話も聞いておる。〝賢者の叡智〟たる《叡智の結晶》を所持し、しかも扱えるのには、少なからず驚いたが……猫又の目は正邪を見分ける、お主に邪心はあるまい。だからこそ信用し、その上で聞くが……旅人、アイン殿よ。お主は今も、本気でミーニャを家族に迎えたいと思っておるか? ミーニャを不幸にしないと、誓えるか――』
「ああ、誓える」
『! ……ニャフフ、左様か、左様か! ニャらば、もはや言うことはニャい!』
アインの即答に、愉快そうに笑い声を上げた直後、猫又女王は真剣な表情で更に付け加えた。
『ミーニャのことを、頼んだ。あの子は、ついぞ妾に懐くことはニャかったが。……猫を統べ、猫を家族とする、女王たる妾にとって……ワー・キャットのミーニャもまた、心奥では家族と思うておった。どうか、よろしくお願い申す』
「ああ、了解した。それでは、俺はこれで。……ロゼ、そろそろ行こうか」
「……イエス、マスター・アイン。二尾の圧倒的なモフモフ感を泣く泣く諦め、命令に従います」
会話中、ずっと猫又女王の二尾のモフモフを堪能していた、自由過ぎる忠実なるメイドを伴い――全てを理解したように猫御殿を出ていくアインに、けれどトゥーナが小走りになりつつ、困惑した声を向ける。
「ちょちょ、待って待って……色々意味わかんないってば!? だって今から、ミーニャは家に帰るんでしょ? じゃあアタシ達の……こほんっ。あ、アインの家族になるなんて、矛盾してるんじゃ……」
「ふむ。……トゥーナ、ではキミから見て、十数年という時間は、どういう風に感じる?」
「へ? どういう風に、って……そりゃまあ、それなりに長いなぁ、って。アタシだって生まれて、えっと、十六年くらいかしら? だし。でもパパやママは数百歳くらい軽く超えちゃってるから、そう考えると、それほどでもないのかな、って……」
「ん、そうだな。モンスターは魔力を持っている影響か、基本的に寿命が長い。だから時間の概念は、人間とは少し異なるだろう。長生きしている猫又女王は経験のおかげか、それなりに理解しているようだが……恐らくミーニャは、トゥーナと近い価値観だと思う」
更に付け加えるなら、トゥーナも年若いゆえに、同年代の人間と寿命による死別の経験は、ほぼ無いはずだ。もし、それがあれば、価値観も違っただろう。
ただ、一人の人間として理解しているアインは、ミーニャが駆けて行った方角を見つめ、神妙に呟く。
「十数年という時間は、人間にとっては、それなりに長い――その事実に、ミーニャはもうすぐ、直面するはずだ」




