2-14話 猫又女王、傾国の大焔
猫又の国に、疾風が吹き荒ぶ。
威嚇しながら追いすがる猫又兵士も、忙しなく往来する人間も、器用にすり抜けていく。
一陣の風と化して先導するワー・キャットの娘に、箒に乗ってどうにか追いすがるトゥーナが感嘆を漏らした。
「す、すっごいスピードっ……初めて会った時も驚いたけど、あの時の比じゃないわねっ。飛んでるアタシでも、全く追いつけないなんて……」
「フーッ、フーッ……ミーニャは今日まで、ずっと捕まらず、逃げ続けてきたんだから……隙があれば、これくらい当然ニャ! ハッ、ハッ……」
「そ、それはすごいけど、かなり疲れてない? 無理してるんじゃ……」
「あの子のとこに帰るためニャら、これくらい平気! ……でも無理しすぎるのも猫らしくニャいので、トゥトゥ、少し休ませてニャ……ッフ」
「きゃっ、急に飛び乗らないでよ、バランスが――全く崩れないわね? 見た目は人っぽくても、しっかり猫のモンスターなのね……」
トゥーナの箒の後ろに、ちょん、と飛び乗り小休止するミーニャは、それなりに猫らしいかもしれない。
と、巨大棺桶を担ぎながら地を走るアインが、追跡する猫又たちに相変わらず追いかけられているのを見て、トゥーナは声をかけた。
「っ、アイン!」
「フッ……心配するな、トゥーナ。俺には」
「アンタの犠牲は無駄にしないわ!」
「やはり少しくらい心配して欲しいかもしれない、家族として。……まあ俺にも、切り札はある。というわけで……よ、っと」
瞬間、アインが巨大棺桶を軽々と操り、家に変形させる時と同様、何やら複雑な機構を操作する。
すると間もなく棺桶の後ろ側に、大砲の射出口のようなものが形成されて――
「さて、それなりに燃料を食うし、チャージにも時間がかかるから連発は難しいが……一発勝負のブーストだ。――着火――」
「は。……え、ええ……ええええ!? アイン、棺桶で空飛べるの――!?」
飛ぶというより、跳躍だ。爆発するような炎の噴出により、初速でトゥーナをも追いこすほどに宙を舞う巨大棺桶と青年に、猫又すら呆気に取られている。
『ニャニャ……どういうことニャ、説明が欲しいニャ……』
『ニャア……さすがの猫も、これには引きますニャン。やべーやつニャンね』
『風が吹けば桶屋が儲かる、ちゅーけど……棺桶が飛んだら、どうニャるかニャ?』
更に、先頭を切って追いかけていた猫又三獣士にも、異変が起こった――!
『ハッ、ハッ……テンション上がりすぎて、疲れたニャ……とゆーわけで、おやすみするニャン。あとは頼んだニャ……zzz』
『くっ、我ら猫又三獣士を、こうも手こずらせるとは……恐ろしい相手ニャ!』
「勝手に脱落してっただけ、って気もするけど……ま、まあとにかく」
猫又三獣士の残りは〝疾風のニャトス〟のみとなり、何となく肩の力が抜けそうになるトゥーナだが、気を引き締め直し、弾んだ声を上げる。
「どうにか包囲網を切り抜けたわっ……どうよ、アタシたちもやるもんでしょっ!? さあ、このまま国の外まで、一先ず逃げ切って……」
「トゥトゥ! 前っ……前、気をつけて!」
「へ? 何言ってんのよミーニャ、空を飛んでるアタシを邪魔できる相手なんて……っ!? ちょ、待っ、ウソ……でしょ」
箒に跨り空を舞う魔女娘が、思わず青ざめてしまうほどの事態。
進行方向を塞ぐように、猫又国の上空に、巨大な影が現れ出でたる。
その見目は猫耳を頭に生やした麗しの美女、東方の〝着物〟なる衣装を着崩す姿は見るも艶やか。
されど一軒家ほどはありそうな巨躯が、空を舞うなど、誰が信じられようか。
二又に分かれた長くふわふわの尻尾をニャンと遊ばせ、獲物を狙うかのような獰猛な笑みを浮かべる。この国一番のモンスター!
彼女こそ、猫又国の支配者――猫又女王が、君臨する――!
『ニャッフフフ……妾の支配せし猫又国の精鋭共を振り切り、ここまで逃げ果せるとは、少なからず驚いたぞ? しかも猫又三獣士を最後の一士にまで追い詰めようとは、見上げたものよ! ニャッハッハ!』
『ニャフ、ニャフ……すみませんニャ、猫又女王さま……猫又三獣士が長、疾風のニャトス、スタミナ切れでこれまでですニャ……これにてゴメン! スヤスヤ……』
『猫又三獣士をも全て倒してみせるとは、大した旅人共よ、ニャフフフ!』
「最後の最後まで、勝手に退場してっただけなんですけど!?」
思わずツッコむトゥーナだが、そんな魔女娘の箒の後ろ端で、ミーニャが猫又女王へと抗議の声を上げた。
「ニャアアッ……! 猫又女王! ニャんでミーニャが、あの子に会うのを邪魔するの!? いつもいつも、そうやって邪魔して、捕まえようとしてきてっ……ミーニャに、ニャんの恨みがあるって――!」
『ふん。……恨みだと、ミーニャよ、勘違いするな。そんなモノは無い――子猫の如く愚かよのう、妾が傾国すら成す恐るべき大妖だと、忘れたか? 誰よりも強い妾には、全ての権利がある。ミーニャ、オマエを弄ぶ権利もよ! 飼い主に会わせるなど、つまらぬ、つまらぬ! 妾の国を乱す盗人ワー・キャットは、みっともニャく這いずり回って、一生、迷い猫でいるがお似合いじゃ! ニャーッハッハ!!』
「ッ、ッ……そんニャ……猫又女王……許さニャい……!」
ギリリ、と歯を食いしばり、瞳孔が鋭く収縮するミーニャに――猫たちの支配者たる猫又女王は一切怖じることもなく、獲物をいたぶる笑みのまま告げる。
『さあミーニャよ、哀れニャ迷い猫よ、身の程を弁え、飼い主と再会するという夢など見るのは止めよ。現実を見ず、か細い希望にしがみついたとて、不幸にニャるだけぞ』
「ふざけんニャっ……ミーニャは絶対、諦めニャいっ……絶対、あの子のとこに帰ってみせる! ミーニャは、絶対――」
『ニャらば、致し方ニャし。……その哀れニャ夢ごと、燃やし尽くしてくれよう』
言葉の直後、猫又女王の大きな目が、すん、と冷淡な色を湛えると――その冷たさとは裏腹の、身を焦がすかのような熱量が発生する。
猫又女王の掲げる両手、その直上に湛えらるるは、今にも落ちてきそうな太陽の如き焔だ。
猫又の火――その極致たる、猫又女王の傾国の大焔に、抗う術も無し――
呆然と見上げるトゥーナが、熱から逃げるように高度を下げ、ミーニャと共にアインの横に並んだ……その時。
「――マスター・アイン、お守り致します」
「……はっ、ロゼ!? な、何よ今さら……ていうか、何で今なわけ!? 戻ってくるにしたって、こんな……ピンチにじゃ、なくたって……」
言うが野暮と気付いたのか、トゥーナの言葉尻が小さくなる。
一方、アインは当たり前のように、ロゼと対話した。
「ロゼ。残念だが、俺たちの持つ手段で、あの大焔を攻略する術はない。こちらへ戻ってきても、焼き尽くされるだけだぞ」
「ロゼの計算でも、同様に判断いたします。ですが、マスターのお傍に侍る、と行動を決定いたしました」
「そうか。……なら、一緒に死ぬのも悪くないな」
「イエス、マスター・アイン」
世間話のような穏やかさで、最期を認めるアインとロゼ――そして響くのは、猫又女王の最後通告。
『ミーニャよ。問うはこれが最後じゃ。……諦める気は?』
「っ、イヤ、にゃっ……ミーニャは、ぜったい……あの子に……!」
『左様か。……ニャらば、これにて終わりよ――墜ちよ、焔』
つい、と猫又女王の両手から滑り落ちるように、太陽にも似た大焔がアイン達へと向けられた。
それでも、ミーニャの見つめる先は、一切ブレることはない。
(諦めニャい、諦めニャい、諦めニャい――
ミーニャは、あの子の下に、帰るんだ――!)
目尻に涙を浮かべても、それでも意志を貫こうとする迷い猫に――アインは抑揚なく、けれどはっきりと尋ねた。
「ミーニャ、どうしても思いを遂げたいと願うなら、諦められないなら。
一つだけ手段がある――俺を、信じるか?」




