2-13話 驚愕の反旗、裏切りの――!
猫又の兵士たちに取り囲まれ、後方からは壁を超えた猫又三獣士(ちゃんと三匹)も追ってきて、アインたちは逃げ場を失くす。
『ニャッフッフ、猫に追い詰められて、まさに袋の鼠だニャア……さあ、もういい加減、諦めるがいいニャ!』
猫又三獣士から勧告のような声が発せられるも、〝シャーッ〟と唸るミーニャが従う様子もなく、箒に跨るトゥーナがアインに問う。
「あ、あわわっ……カワイイ猫チャンも、これだけ大群だとさすがに圧倒されるわね……ど、どうするのよアイン、この子達、これで意外と魔力……妖力? ってのも持ってるみたいよ。このままじゃ、ミーニャを家に送るなんて、とても……」
「ん。う~ん……そうだな、それでは目的を達成できない。それは困るし……少し荒っぽくなるが、強行突破しかないか」
「う、うぅん、そうね、気は進まないけど、それしか――」
『――そのようなことは、させません』
「……へっ?」
不意に響いた凛とした声に、トゥーナが素っ頓狂な声を漏らした。と同時に――瞬間、アインの足元に数本のナイフが突き刺さる。
そうした張本人の姿に、トゥーナが中空から、困惑した声を飛ばした。
「え……ちょ、ちょっと、どういうことよ……ろ、ロゼ――!?」
「――猫を傷つけかねない行為を、看過できません。謹んで、裏切らせて頂きます」
「その裏切り理由も正直どうかと思うし、さっきまでこっちにいたアンタがいつの間にかそっちに居るのもどうかと思うし……なんかもうアタシのツッコミカロリーにも、少しは気を遣えってカンジなんですけど!?」
ぴん、と背筋を伸ばしてナイフを構えるロゼの仕草は、上品で堂々たるものだが――なかなかスムーズに反旗を翻した忠実なるメイドに、さしものアインも驚愕していた。
「な、なんだと……まさか、あのロゼが……俺を裏切るなんて……!」
「アタシさぁ、まだアンタ達と付き合いが短いってこともあるけど、主人の棺桶に乗って移動手段に使ったり、基本的に行動が自由すぎたり人の話を聞いてなかったり、そんなロゼから〝忠実なメイド〟感を覚えてないのよね。だからアンタの〝まさかロゼが裏切るなんて……!〟って言葉に共感できる部分は無い。むしろ今は、まぁロゼそういうとこありそうよね、って納得してる」
「ロゼ……無感情に見えて、ちゃんと自意識が成長しているのだな……とても良いことだ……!」
「うんまぁ、アンタらがそれで納得できてるんなら、別にいいけどさ……今はシンプルに厄介でしかないから、命令するなり何なりして、こっちに戻しなさいよね」
「ああ、トゥーナの言い分も尤もだ。というわけで……ロゼ、気持ちは分かるが、今は目的の遂行が第一だ。改めてこちらに戻ってきなさい。……ん? ロゼ?」
マスターであるアインが呼びかけるも、忠実なるメイドから応答はなく――代わりに、ロゼは涼やかな美声をもって一方的に告げた。
「申し訳ございません。ロゼは今、耳栓をしておりますので、残念ながらマスターの〝戻ってきなさい〟という命令を受諾できません。故にこのまま、自由行動の原理に基づき、モフモフ側につかせて頂きます」
「あのさロゼ? その言い分だとアンタ、アインの命令、理解してるわよね?」
「はいトゥーナ様、読唇術を用いておりますので。ですが、聴覚で聞こえてはいないので、重ねて残念ながら命令を受諾できないという次第です」
「トンチしてーんじゃねーのよコッチは。そして屁理屈を聞いてる場合でも無え。既にピンチなんだから、これ以上、厄介ごとを増やすなっつーの!」
「ロゼ……機転を利かせてまで自分の我を通そうとは、文字通り自我の成長……! 感無量だ……創造主の名は捨てた俺だが、それでも嬉しいぞ……!」
「アンタはロゼに甘すぎる。もっと厳しく育てなさいよね!? 見なさいよ、ミーニャのこの顔を!」
「? ??? ?????」
「手伝うとか言ってた一味の中からいきなり裏切り者が出て、なんかもう意味わかんなすぎて、背景に宇宙を背負ってそうなレベルで呆然としてんのよ!? 可哀想だと思わないの!?」
宇宙ワー・キャット状態のミーニャと、憤慨するトゥーナだが、アインは落ち着かせるように静かに告げる。
「まあ待て、確かにロゼは猫又たちに付いてしまったが……あくまで危害を加えさせないよう、つまりディフェンスに専心しているようだ。こちらに攻撃を加えるつもりまでは無いようだから、安心してくれ」
「そこはホント最低限だと思うけど……まあロゼの行動は猫又たちにも謎すぎて、意図を図りあぐねてるのか、動きが止まってるのが不幸中の幸いね……」
『ニャんだこのメイド、ニャんのつもりニャ』
『ニャにかの策略かニャ……コッチを油断させる作戦かニャ……?』
『よ、読めんニャ……迂闊に動けねーニャア……』
「……こっちも困惑させるロゼの行動が、結果的に功を奏した、と思うことにして……この混乱を利用して、逃げ抜けるしかないかしら……!」
「ああ。……っ、いや……残念だが、そう簡単でないらしい」
トゥーナの提案を、アインが途中で遮るしかなくなる。その理由は、視線の先にあった。
そこにいたのは、猫又国では異色なる、筋骨隆々の大男。身体の至る場所に傷跡が刻み付けられ、歴戦の風貌を隠しもせぬ猛者の雄姿!
狂戦士――否! その名は捨てたとばかりに、大男は叫ぶ――!
『我こそは、戦いの果てに楽園に辿り着き、生きる意義を見つけ出した者!
猫狂戦士――ウオオオ我が力の全ては猫様のために――!』
「それもうただの猫狂いっていうか、強火な猫好きってだけじゃない!? って襲ってくるし! あ、アイン~!」
「ああ、俺が止めよう――フッ、ンッ! ……っ、これは……厄介だな……」
「ちょ、ウソでしょ……家くらいの重さを普段から運んでる、アインの異常な力に……いくら大男だからって対抗できるの? コイツ、そんなに強いの……!?」
トゥーナが青ざめながら呟く、と――猫狂戦士と両手を組み合わせ、力比べするかの如く押し合うアインが、その常軌を逸した厄介さを割と冷静に説明する。
「いや、確かに俺なら投げ飛ばせるかもしれないが……彼の体にくっついている、恐るべき存在を良く見てくれ」
『こいつアッタケェから離れたくニャいニャー』
『この程度の揺れ、猫のバランス感覚ニャアどってことねーニャー』
『わがはいの計算によれば、振り落とされない可能性は99%ですニャ。わがはいの計算に、狂いはニャいですニャ』
「彼を投げ飛ばしてしまえば、あの猫たちが怪我をしてしまうかもしれない。そうすると、今はあちらに付いているロゼの防衛反応が刺激され、こちらに襲いかかってくるかもしれない。くっ、思った以上に厄介な状況だ……!」
「ああ。……う~ん、まあ……それは猫チャンたちも可哀想だし……じゃあまあ、仕方ないか……」
「やってやんよでございます。やってやんよでございます。」
アインの推測が正しいと示すように、美しき銀髪メイドは無表情でシャドーボクシングしていた。ただただシュールとしか言えない。
だが、そうこうしている内に、箒で中空を舞うトゥーナにも危機は接近している。
『ニャフンッ、我ら猫又三獣士を忘れてもらっちゃー困るニャアー!』
『ニャんか、ニャんかっ……テンション上がってきたニャアアア!!』
『すみませんニャ、もう限界ですニャ……寝ますニャ、すぴよすぴよ……』
「くっ、猫又三獣士がっ……なんかいつの間にか、二匹になってるけど……それでもアタシじゃ、接近戦じゃ分が悪いわよ!? くうっ……!」
片やアインは、猫狂戦士にかかりきり。
片やトゥーナは、猫又三獣士(二匹になった)に動きを封じられている。
状況ばかりが悪くなっていく、そんな中。
――不意に、一陣の風が駆け抜けた――
『ニャ? ……ニャニャ、急に風が出てきたニャ……』
『……!? 違うニャ、こりゃー……誰かが旋風を起こしてるニャ!?』
『フシャーッ! 飛ばされるニャー!? みんな、着地せよ、ニャーン!』
瞬間、巻き上がった旋風に、猫又軍団の陣形が乱される。
と、旋風の原因が――猫の動体視力にすら捉えられなかった姿が、風の尻尾を後ろ足に纏わせるように露となった。
『手伝ってくれるのは、ありがたいけど……ホンット、どうしようもニャい連中だっ。裏切り者まで出てるし、ニャア……』
「それは本当に申し開きのしようもない。すまんねこ」
『シバくニャぞ? ……まあいいニャ、一人じゃとっくに、捕まってたかもしれニャいし……これでお相子。さあ、ここからは――』
アインの簡潔な謝罪は、そこそこに――場を支配するように、響く声。
そう、その風は魔法でも何でもない。その存在が、ただ駆け抜ける脚力のみで巻き起こした、神速に至るスピードでこそ成し得た事象!
オレンジの長い髪と、メッシュのように伸びる黒髪を靡かせて――金色の瞳に強い意志の炎を燈らせ、そのモンスターはニャンと勇ましく咆哮する――!
「ミーニャ=ワー・キャット――あの子と再会するため、こっからは本気で行くニャ! ついてこいっ、ニャーーーッ!」




