2-7話 猫又の女王さま!
『ニャーッハッハッハ! ミーニャにからかわれたか、左様か、それはまた災難じゃったのう旅人殿よ! ニャフフフッ!』
ニャニャと呵々大笑するのは、この猫又国を統べるモンスター、猫又の女王。
その見目は麗しの美女、東方の〝着物〟なる衣装を着崩す姿は艶やかで、頭頂にはやはり猫の耳が生えている。
他の猫又とは異なり人型をとっている、が――侮るなかれ、それは一国を統べる、恐るべきモンスター!
確かに見た目は人間の美女だろう、されどサイズは人間どころかオーガやミノタウロスさえ容易に見下ろせるであろう、一軒家ほどはありそうな巨躯!
その体格に合わせた大座布団に足を崩し、大きなひじ掛けに半身を預けるように寝そべり、二又に分かれた長くふわふわの尻尾をニャンと遊ばせる!
その体躯を包み込んでしまえる、まさに猫御殿とでも呼ぶべき建物内の、巨大な広間に堂々と座する大妖怪!
彼女こそ、猫又国の支配者――猫又女王――!
人間一人くらいならパクリと放り込めてしまいそうな口で、なおも艶やかな唇を愉快そうに開き、猫又女王は言う。
『いやいや、笑うてしもうて相すまぬ。妾の支配下たる猫又の国で起きた不祥事じゃ、御客人を捕らえる気などないゆえ、安心してたもれ、ニャフフッ』
「そ……そうよそうよっ、アタシ達はただの被害者なんだからっ。何も悪いことしてないんだし……ま、まあ誤解が解けたなら、いいんだけどっ」
『おお、汝は魔女……ふむ、ハロウィン・タウンの娘かのう。名は確か、トゥーナじゃったか』
「へ? あ……アタシのこと、知ってるの?」
『これでも女王じゃからのう、近隣の街や国の情報はある程度、掴んでおる。お主の母たるマーマ=マジョリーナとは親交もあったし……まあ亡くなって絵画に魂を移してからは、さすがにお会いしとらんが。故人のことなのに妙な聞き方じゃが、お主の母君は息災か?』
「え……ええっ、そりゃもう! ママの魔力が及ぶのはハロウィン・タウンまでだし、街からは出られないけど……飛び回ってるくらい超・元気よ!」
『ニャフフ! さすがは大魔女、奇特な第二の命を縦横無尽に謳歌しておるのう! ニャハ、ニャハ……それは良いのじゃが、あのニャ?』
大笑いした直後、何か気になるのか、猫又女王が自身の二尾に視線を向け――その間に挟まる美貌のメイドについて、言及する。
『……この女中の娘、いつの間にやら妾の尻尾モフっててめっちゃ不敬ニャんじゃが……どうにかしてくれん?』
「申し訳ございません、大きなモフモフを目にして、つい飛び込んでしまいました。申し訳ございませんというのは、やめる気はない、という意味です。モフモフ」
『おお、何と正直かつ大胆不敵……逆に気に入った! ならばよし、それくらい妾の度量で受け容れてくれよう、存分にモフるが良い! ニャーッハッハ!』
無表情でモフり続ける不敬オーバーロードなロゼを、あっという間に許してくれる寛容さ。これが、これが猫又女王の恐るべき器――!
そんな珍妙な状況下で、さてアインが、改めて猫又女王に尋ねた。
「色々と寛大な措置、感謝する、猫又女王。それで、聞きたいのだが……あのミーニャというワー・キャットの少女、猫又の国にしてみれば少し毛色が違うな、猫だけに。……何か事情でも、あるのだろうか?」
『ム。……んーむ、そうじゃの……まあ妾の国は猫又の国というより、猫の国。猫系モンスターは広く受け容れるのが方針で、ミーニャも保護対象じゃが……本人、いや本猫が、国からの保護を全く良しとせん。孤高、と言えば聞こえは良いが、実質は野良猫同然の暮らしじゃ。今も寒空の下かと思うと、心配ニャんじゃがの……』
「ふむ。……彼女が保護を受けようとしないのには、何か理由が?」
『ああ、それは……以前の飼い主への、義理立てじゃろう。あやつは元々飼い猫、まあそれもモンスターたるワー・キャットにニャる以前の話らしいが……今も飼い主を探し、さ迷い歩いておるようじゃ』
「ふむ、なるほど。……そうか、事情は分かった」
『んむ。……じゃが、何故それを問う?』
猫又女王に問い返され、アインは簡潔に答えた。
「ミーニャを、家に帰してやろうと思う――今、そう決めた」
「! そ、そうよねっ……よくぞ言ったわ、アイン! 急だからビックリしたけど、まあ許してあげるわ!」
アインの答えに、トゥーナも喜んで同意する――が、猫又女王は怪訝そうだ。
『ほう。……何故お主が、そんニャことをする? お主らにとってミーニャはいわば泥棒猫、助けてやる義理もあるまい。にも拘らず、即座に手助けを決めるなど、何か魂胆でもあるのではニャいか?』
「魂胆、というほどでもない。だが話を聞き、見た感じでは……ミーニャは随分と長い間、飼い主を探し続けているのだろう? 〝ただの猫〟がワー・キャットとなり、あれほどの力を得るまでに成長するほどには。……今のままでは、あまりに不憫だ。旅の行きがかり、成り行きとはいえ、関わってしまった以上、無視するのは寝覚めが悪い」
『ほう、ほう。……お主、ニャるほど……何となくかもじゃが、色々と察した上で、ミーニャを家に帰す、と。そういうのじゃニャ。……ふーむ……』
「? え、アイン? えっと、どゆこと? ??」
トゥーナは良く分からないまま、顔にクエスチョンマークを浮かべる勢いだが――猫又女王は突然、艶やかな唇の端を歪め、獰猛な笑みを浮かべる。
『――そのようニャ勝手、妾がさせると思うか? ミーニャを家に帰す、じゃと? させぬ、させぬわ――妾の国を乱す泥棒猫に、帰る家など必要なし。野良猫同然に彷徨い続けるがお似合いよ――!』
「……はあっ!? な、何よ急に、そんな言い草っ……さっき心配とか言ってたじゃない!?」
『そ~おじゃったかニャ~? 猫は気まぐれ、気が変わることなどいくらでもあろうぞ? そも、妾は傾国すら容易に成す大怪異! 畏怖され、恐れられるべきモンスターに、常識など通じようものか! ミーニャを家になど帰してはやらぬ、肝に銘じておけよ、旅人ども! ニャーッハッハッハ!』
「っ、な、なんなのよ、もうっ……性格が悪いわねっ――!」
顔を真っ赤にして起こるトゥーナ、だがアインは一言。
「大変だな、貴女も」
『ニャフ。……ふん、ニャんのことかニャア』
「いや、別に。ところで……ミーニャの前の飼い主だったか、その所在、この広い国を統べる女王だというなら……実のところ、既に掴んでいるのではないか?」
『……そうじゃと言ったら、どうする?』
「ん。まあ、また近いうちに、会いに来ることになりそうだな、と。……ロゼ、そろそろ行くぞ」
「――イエス、マスター・アイン。忠実なるメイド・ロゼ、泣く泣く命令に従います」
モフモフの誘惑に負けず、命令通りに動く――これこそ、忠実なるメイドの、類稀なる忠誠心の証明――!
それはともかく、踵を返して退室しようとするアインとロゼを、トゥーナも追いかける。
「へ? え、どーゆーことよ!? ああもー、待ちなさいってばぁ~!?」
何とも慌ただしく退散していった旅人たちを、国の主たる女王は見送りつつ、ふう、とため息を吐く。
『……はてさて、どうニャることやら……やれ、喉が渇いたわ。誰ぞ酒を持てい、もちろんマタタビ酒じゃぞ』
物憂げに頬杖をつきながら、つい、と酒盃を傾けるのだった。




