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朝セドリックを見送り、いつも通り予定をこなし終えた午後。宣言通り殿下がやってきた。
「久しぶりだなシリル」
いつもの応接室に入ると、殿下はソファーに座らず立ったまま僕に挨拶を交わしてきた。
「一週間は久しぶりではないと思いますが……」
「俺にとってそのぐらい長い時間だったということだ」
「そうですか……」
「シリル、今日の手土産だ」
殿下から花束を手渡される。花はかすみ草などの淡い色のもので束ねられていて、緊張が少しだけ解けていく。
「……ありがとうございます。とてもキレイですね」
「初めて笑ったな」
「えっ」
「俺の前ではいつも硬い表情をしていただろ」
「気のせいでは……」
「気のせいではない。お前は……俺を恐れているんだろ」
心臓が早鐘を打つ。冷や汗も出てきて血の気が引いていくのが分かる。
「……不快な気持ちにさせてしまい申し訳ありません」
「否定はしないんだな」
「……」
「薄々分かっていたが、実際に肯定されるのはキツイな」
「えっ……」
「シリル」
殿下の手が伸びてくる。不意に戻る前の、殿下にぶたれた時の記憶を思い出し後ずさると。
「失礼」
クロードが殿下の腕を掴んで、僕への接触を止める。
「っ、貴様何をする」
「シリル様が触れられたくなさそうだったので。すんません」
「……貴様何者だ?」
「俺はクロードっていいます」
「いつものあいつじゃないのか」
「多忙なセドリックさんに代わり、新しくシリル様の付き人になりました」
「そうか。で、貴様はいつまで俺の手首を掴んだままでいるんだ?」
「シリル様に触れないと約束してくれるなら離してあげますよ」
怯むことなく殿下を挑発するクロード。流石にこれ以上は見過ごせない。僕を守ってくれてるのは有難いけど、危険を犯してまでして欲しくない。
「クロード……!」
「なんですかシリル様」
「殿下の腕を離して」
「どうしてですか?シリル様こいつに触れられるの嫌なんでしょ?」
「それは……」
殿下の顔をチラリと見る。クロードの失礼な物言いに怒ってると思ったが、目に映ったのは傷ついた顔の殿下だった。
「やはりか……」
「殿下、クロードが言っているのは」
「もういい!」
「っ!」
叫ぶ殿下の声に思わず身体がビクッとしてしまう。恐怖を感じているのを悟られてはいけないのに、身体は僕の意思に反して震える。
「嫌という程分かった。今まで無理させたなシリル」
「殿下……」
「お前の気持ちは嫌というほど分かった。婚約破棄の件、受け入れてやる」
「本当ですか……?」
「ああ、だが国政に関わることだから俺たちの意思で決めることはできない」
「そう、ですよね……」
いくら殿下が婚約破棄を受け入れてくれたとは言え、僕たちの意思だけで破棄することは出来ない。戻る前の殿下もそれを分かっていたから、想い人と結ばれるために僕に着せられた罪を白日のもとに晒した。
「だから父上と約束してきた」
「賭け?」
「ああ、俺がシリル以上に愛することができる人ができたら婚約破棄を認めてもらう。そういう約束だ」
「…………へっ?」
殿下の爆弾発言に思わず間抜けな声が出てしまう。あ、愛する?殿下が?僕を?い、いやいやいや聞き間違いだよね?殿下が僕をあ、愛してるわけ……。
「流石に国のトップである皇帝が皇后を愛していないのは皇室にとって良くないだろ。過去にも皇帝が皇后に愛を示さず側室に入れ込み、国が崩壊しかけたこともあっただろ」
「ありましたけど……」
「だが皇帝が皇后を一方的に愛して国が崩壊しかけた過去はない」
たしかに何代か前の皇帝は政略結婚で結ばれた皇后を一方的に愛していた。皇后は最初皇帝のことがあまり好きでは無かったから、愛人を作ってはいなかったが接触は最低限。
でも皇帝の愛情表現に徐々に絆されて、最後は歴史上最も仲が良かったと言われている。そんな二人は今では演目で語られるほどだ。
「安心しろ。天変地異が起こって俺がシリル以外を愛するなんてことがあったとして。シリルに危害も風評被害も受けさせないと約束する」
「……」
「これならシリルにはなにも損はないだろ?」
「そ、うですけど……いや、それよりも……」
「なんだ?まだ気がかりなことでもあるのか?」
「ち、違います。で、殿下が……僕のことを…………愛してるって……本当ですか……?」
「ああ、愛してるよシリル」
今まで受け取ったことのない、甘い言葉に顔に熱が集まっていく。
ありえない、おかしい……殿下が僕に好意を抱くなんて……。そうだありえないんだ。だからきっとその愛してる僕が想像する意味じゃない。
「おかしな解釈をしていそうだから念の為言うが、俺が言う愛してるは恋愛の意味だからな」
「……殿下が……僕を……?」
「ああ、好きだ。愛してるよシリル」
ハッキリと言われ動悸が止まらない。初めて告げられる好意に、どうしていいか分からず固まってしまう。
「……悪くないな」
「……」
「シリル」
「は、い……」
「好きだ」
「っ!」
「ほう……いいな。シリル」
「……」
「愛してる」
ニヤニヤしてるから絶対からかって楽しんでる。何が面白いのか分からないけど、もうやめて欲しい……。
返す言葉が見つからず困っていると。
「いい加減にしてもらっていいっすか?」
クロードは僕の前に立つ。背が高いクロードのおかげで、殿下の姿は僕から見えなくなる。
「使用人風情が俺の邪魔をするな」
「いやー流石に困ってる主を傍観できないっすよ」
「困っているのかシリル」
「っ!」
名前を呼ばれ身体が強ばる。どう返事をすればいいのか分からず、思わずクロードの服をギュッと掴む。
「申し訳ありません殿下、シリル様は声を発することが出来ないほどに気分が優れないようで」
「また体調が悪いのか?シリル」
「ですからお答えできないと言ってるじゃないっすか」
「なるほど、貴様は苛立つと口調がブレるのだな。躾のなってない犬だ」
「そりゃあアンタの犬じゃないっすからね」
重く息苦しい空気に包まれ、冷や汗が止まらない。うぅ……本当に気分も悪くなってきた……早くここから逃げたい。
「クロード……」
「シリル様?」
「シリル?また気分が悪くなったのか?おい犬、水を持ってこい」
「アンタに命令されたくないんすけど」
「黙れ。くだらないプライドよりシリルを優先しろ。シリル無理して立ってなくていい。そこのソファーで横になれ」
「お見苦しい姿を……申し訳……」
「謝るな。今は楽になることだけ考えろ」
「殿下……」
「シリル様、お水をお持ちしました。飲めますか?」
「うん……」
クロードは水が入ったカップを僕の口元に寄せ、ゆっくりと飲ませてくれる。冷たい水が喉を通り、少しずつ気分が落ち着いていく。
また殿下の前で体調を崩してしまった。今日こそは大丈夫なように、しっかり体調を整えたのに最悪だ。戻ってからこんな風になってばかりだ……。
「クロード」
「はい」
「もう、大丈夫」
「しかし顔色はまだ……」
「大丈夫」
行動で示すためにソファーから起き上がるために上体を起こそうとすると。
「大丈夫じゃないだろ。無理をするなシリル」
殿下に制止されてしまった。
「殿下、僕は本当に大丈夫……」
「顔面蒼白にして何が大丈夫だ。今日のところは帰るから、シリルはそのまま休め」
「ではお見送りを……」
「いらない。お前は俺の愛する婚約者なんだ。今は自分の身体を労れ」
「っ!」
「ふっ、最後にいいものが見れたから十分な見送りになったな。じゃあなシリル」
ひらひらと手を振りながら、殿下は軽い足取りで部屋を出て行く。その姿が消えたのを確認した後、近くにあったクッションを掴んで顔に押し付ける。
「クロード……」
「はい」
「ごめん……しばらく一人にして」
「……かしこまりました。外で控えておりますので何かありましたらお呼びください」
重い扉が閉まりクロードが出ていったのを確認する。天井を仰ぐ体勢になり、大きなため息を吐く。
「はぁ……」
『愛している』
「〜〜〜っ」
殿下からかけられた言葉が耳から離れない。殿下が僕にあんなことを言うなんて想像すらしたこと無かった。殿下からかけられる言葉はいつだって、僕を否定する酷い言葉だけだった。
好意を持たれてるなんて夢にも思わなかった。
『死んでくれてありがとう』
「……」
そう、だよね。殿下が僕を好きなんてありえない……。
だって殿下は僕なんかよりあの人を好きになる。僕がどれだけ頑張っても、殿下はあの人を必ず好きになる。
……そう、殿下からの好意は一時的なものなんだから。
「期待したらダメ……」




