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「暇が欲しい?」
「はい、明日からしばらくお暇を頂こうかと」
殿下が訪れる日の前日、セドリックから突然の要望に驚く。セドリックは公爵家のためによく働いてくれているから、暇を出すのはむしろ願ったりなんだけど……。明日は殿下が来るからできれば側にいて欲しい。
「……明日からじゃないとダメ?」
「はい、急で申し訳ありません。引き継ぎは済ませておりますので、シリル様が困ることはありません」
淡々と告げるセドリックに少し胸騒ぎがする。
『俺がシリル様を全てからお守りしますから、安心して待っていてください』
殿下が来たあの夜から、セドリックの様子が少しおかしい。
一日中側にいてくれたのにあの夜以降、一緒にいることは少なくなった。こっそりセドリックの様子を見に行った時、他の使用人に引き継ぎをしているのを見た。
僕について事細かくしていたから、なにかあるのは予想していた。だけどまさかこんなに早く暇を求められるとは思ってなかった。セドリックがいないのは凄く不安だけど我儘は言えない。
「……分かった。セドリックにはいつもお世話になってるし、ゆっくり休んできて」
不安な気持ちを押し殺して何とか言葉を出す。
「はい。俺の後続はクロードに任せてあります。きっちり教育しておきましたので、シリル様の負担にはさせません。クロード」
「はーい。シリル様これからよろしくっす」
セドリックに呼ばれ部屋に入ってきたのは、セドリックと同じ年かくらいの真っ赤な髪の子。公爵家の従者にしては、めずらしい砕けた話し方に呆気にとられる。
「よ、よろしく」
「クロード!教えた通りの丁寧な挨拶をしろ」
「えー俺らしかいないからいいじゃないっすか」
「良くない。シリル様にお仕えする以上、きちんと誠意をもって接しろ」
「僕は気にしてないから大丈夫だよセドリック」
「ほらーシリル様もいいって」
「シリル様はお優しいから、仕方なくお前の無礼を許してるんだ」
「えーそうなんですか?シリル様」
「ふふっ」
珍しく砕けた口調のセドリックと、クロードとのやり取りがおかしくてつい笑ってしまう。
「あっ、ごめんなさい。二人のやり取りがおかしくてつい」
「シリル様……」
「ん?どうしたのセドリック」
「……久しぶりに笑顔が見れたなと」
「そうかな?」
「はい……ずっと……張り詰めていたご様子でしたから」
「あー……色々あったからね」
処刑台から十年前に戻ったり、殿下に婚約破棄をお願いしたり。気を張り詰める場面が多かった。それにこんなにも楽しいと思えたのはいつぶりだろう。
ああそうだ、両親が亡くなる前までだ……。
「やはりシリル様には笑顔が似合います」
「セドリック……」
「おかげで覚悟が決まりました」
「何の覚悟?」
「まだヒミツです。楽しみにしていてください」
セドリックはイタズラをする子供のように笑っている。どうしてだろう僕は胸騒ぎがして仕方がない。
「大丈夫なんだよね……?」
「ええ」
「心配しなくても大丈夫っすよシリル様」
「お前の口調が大丈夫じゃない。直せ今すぐに」
「無理っすよ〜」
「ぼ、僕は気にしてないからそのままでいいよ。でも……」
「「でも?」」
重なった二人の声。息ぴったりの二人が少し羨ましい。僕は友達がいなかったから。
「明日は殿下の訪問日だから、殿下の前ではちゃんとした口調で話して。機嫌を損ねてしまったら何されるか分からないから」
「了解っす」
「訪問?俺は存じてませんが」
「ごめんね、急に決まった事だから伝えそびれてた」
「向こうへ行くのは明後日に……」
「ダメですよセドリックさん。もう決まったことなんですから、必ず明日出発しないといけません」
急にクロードの口調が砕けたものから硬いものに変わり驚く。
「……だが」
「急に決められたことをなんとか予定を合わせたんですよ?」
「……分かった。クロード」
「はい」
「シリル様を必ずお守りしろ」
「仰せのままに」
どうしてクロードはセドリックに対して、従者のような口調で話しているんだろう。……気になるけど、踏み込んではいけない気がする。
「シリル様」
「な、なにセドリック」
「嫌なことをされたら我慢せず、すぐにクロードを頼ってください。あと無理は禁物です。いくら体調が戻ったとは言え、また倒れてしまう可能性もあります。クロードはこれでも腕が立つ方なので遠慮なく盾にしてください」
「分かった、分かったってば」
セドリックの勢いに押され後ずさる。心配してくれるのは有難いけど、流石に過保護すぎる。
戻る前の年齢と合わせたらセドリックよりも長く生きている。剣の腕はないけど、自分の身を守るだけの知識はある。
そもそも殿下が簡単に危害を加えてくることはないと思う。一応まだ婚約者の立場だし。
「最後にこれだけは約束してください」
「約束?」
セドリックは僕の手を握りながら告げる。
「無理して戦おうとしないでください。俺が必ずシリル様を守ります。そのためにある命です」
「……そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「シリル様……」
「セドリックはセドリックのために生きて、幸せにならないとダメだよ」
「俺の幸せは……!」
「はーいそこまで。俺がいること忘れないでくれます?」
クロードが僕とセドリックの間に割って入ってくる。
「クロード」
「そろそろシリル様の講義の時間では?」
「……」
「あっ、本当だ。ごめんセドリック僕もう行くね。明日ちゃんと見送るからまたね」
「……はい」
セドリックに軽く手を振って部屋を出ると、通りすがりのメイドに話しかけられる。
「シリル様」
「な、なに?」
「お顔がとても赤いですよ」
「へっ!?」
「もしかしてどこか悪い所が……お医者様を呼んでまいります!」
「だ、大丈夫!大丈夫だから!」
本気で心配するメイドをなんとか宥め、今度こそ講義へと向かう。赤くなった顔を冷ましながら。




