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二週目は誰も失いたくないので、婚約破棄を目指します。  作者: もち


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6

目を覚ますと真っ暗な夜だった。あの後気絶してしまったのだろう、セドリックに抱きかかえられた後の記憶がない。

喉が乾いたので水を飲むために起き上がると。


「んんっ……」


誰かの声が聞こえ顔を向けると、ベッドの脇で眠るセドリックがいた。


「……セドリック?」

「目を覚まされたのですね」

「うん……のど乾いたからお水取ってくるね」

「俺が持ってまいりますので、シリル様は動かないでください」

「でも……」

「気絶されていたのです。無理をせず俺に任せてください」

「……分かった」


部屋から出ていくセドリックを見送る。外の空気が吸いたくなり、ベッドから移動してバルコニーから中庭を眺める。


「はぁ……情けない……」


昼間の出来事を思い出して落ち込む。殿下に毅然とした態度で告げるつもりだったのに、怯えてた上に恐怖で吐くなんて……。セドリックを守るためとは言え、主としてあるまじき失態だ。

婚約破棄の件だってちゃんと伝えられたのか記憶が怪しい。もう一度言わないといけないんだろうけど、また同じ失態をしてしまったらと思うと怖い。


「戻る前より弱くなってるな……」

「シリル」


独り言を呟くと、どこかから名前を呼ばれる。辺りを見渡してみるが人影はない。


「こっちだシリル、上だ上」


声の主の通りに上を見上げると、屋根の上にはフードを目深に被った人がいた。誰だろうと思い目を凝らしていると、その人は少しだけフードをずらして顔を見せてくれる。


「で、殿下?」

「ああ」


僕が認識すると、殿下はまたフードを目深に被ってしまう。


「体調は大丈夫なのか?」

「あっ、はい、十分休んだのでもう……」


月明かりとフードのおかげだろうか、殿下だと分かっていても顔が見えないだけで落ち着いて話せる。


「そうか……良かった」

「ご心配をおかけし申し訳ありません」

「謝るな。回復したならそれでいい」

「あの……ところで殿下はどうして屋根の上に?」

「……シリルが心配で……体調を崩したのにすまない」


予想外の言葉に思わず目線を逸らしてしまう。


「い、いえ……殿下が僕のことを心配されているなんて思ってなかったです……」

「婚約者だからな。心配するのは当然だ」

「婚約者……」


婚約者、か……。その役目が無ければ処刑されることも傷つくこともなくなる。殿下がこんな夜更けにわざわざ会いにくることもなくなる。


「シリル」


名前を呼ぶ声が甘く聞こえるのはきっと気のせい。未来に起こる出来事を思い出せ。揺れてはいけない。

だから今、ちゃんと言わないといけない。


「殿下」

「なんだ?」

「昼間はきちんと告げられず申し訳ありません」

「……」

「婚約の解消をお願いします。僕は殿下に相応しくありません」

「誰かにそのような戯言を言われたのか?」

「いえ……そういうわけでは……」

「そうか。ならば本当に相応しくないだけが理由か?」

「……」


十年後の未来で貴方に婚約破棄をされ処刑されるから。だから婚約破棄を早めにしておきたい。

なんて……言ったところで誰が信じてくれる?きっと誰も信じてくれない。僕だって今だに夢見心地で信じられなくなる時がある。

でもだからといって何もせず、また同じ未来を迎えるのは嫌だ。没落しても国外追放でも構わない。大切な人の命を奪われる未来だけは回避したい。


「俺に心を許してはくれないのだな……」

「殿下?」

「婚約破棄は出来ない。国が決めたことを簡単に変えることが出来ないのはお前も分かっているだろ」

「そ、う……ですね……」


国に決められたことが簡単にひっくり返らないのはこの身をもって知っている。

戻る前にも殿下からの心無い言葉が嫌で、婚約破棄を皇帝に求めたことがあった。だけど国益のため僕の意思は無視され、処刑される結果になった。

今回もやっぱり国益が絡んでいるから婚約破棄は無理なのかな……。


「シリル」

「……はい」

「一週間後、会いに来る。その時にまた俺たちの婚約について話そう」

「……」

「……無理するなよ。またな」


誰もいなくなった屋根を見つめる。身体に染み付いた挨拶もお辞儀も出来なかった。緊張感が無いのと夜のせいだろうか。

婚約者の顔が隠れていないとまともに話せないなんて馬鹿げた話だ。こんな僕だから殿下に嫌われた。

だから殿下が早くから心から好きな人と生涯を共に過ごせるよう、早めに婚約破棄をお願いしたのに。



「婚約破棄……できなかったな……」

「シリル様」

「セドリック……いつ戻ってきたの?」

「つい先程です。お水をお持ちしましたので飲んでください」

「ありがとう……」


手渡されたコップを受け取り水を飲み干す。思っていたよりも喉が乾いていたので、おかわりももらってまた飲み干す。


「シリル様お身体が冷えてしまいます。中に入りましょう」

「うん……」


セドリックに背中を押され部屋に入るよう促される。部屋に一歩入ると、後ろからまだバルコニーにいるセドリックに話しかけられる。


「……シリル様」

「なに?」

「シリル様は皇太子殿下と結婚したくないのですか?」

「……うん。したくない」


生きる未来が閉ざされるから。


「……もし、婚約破棄できる選択肢があったら選びますか?」

「……うん」

「婚約破棄ができたらシリル様は幸せになれますか?」


幸せになれる。そんなこと考えたこともなかった。

幸せ……幸せか……大切な人が生きてくれるだけで僕は幸せ。豪華な服も贅沢もいらない。命が脅かされることなく、穏やかに過ごせる日々があれば十分だ。


「分からないけど……たぶん幸せだと思う」

「なら俺がどうにかします」

「セドリック?」

「シリル様の幸せのために俺がどうにかします。無理して笑うのではなく心から笑える未来を貴方に捧げます」

「セ、セドリック危険なことしようとしてないよね?」

「はい。―――シリル様に危険は及びません」

「僕の心配じゃなくてセドリックのこと!」


振り返ってセドリックの目を見つめる。


「大丈夫ですよ」

「セドリック……」

「俺がシリル様を全てからお守りしますから、安心して待っててください」


決意に満ちた目に告げられ何も言えなくなってしまう。何年も一緒にいたのに、今目の前にいるセドリックは知らない人に見えた。


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