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二週目は誰も失いたくないので、婚約破棄を目指します。  作者: もち


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5

「シリル様、皇太子殿下から贈り物が届きました」

「ま、また?昨日も届いてたよね?」

「はい」


午前の講義と昼食を終え本を読んで過ごしていると、セドリックが花束を抱えて渡してきた。


「……今日は花束だけ?」

「持って来れなかった分はいつもの部屋に運んでおります」

「……今日はいくつ?」

「ざっと二十個ほどかと」


昼寝で終わった殿下の訪問から半月。あの日から殿下から贈り物が届くようになった。それも毎日。送られてくるものは花や宝石、衣服に至るまで様々だ。

物に対してあまり固執しない性格なので、沢山頂いても困ってしまう。花の飾る場所はもうないし、宝石は普段つけないし服だって今ある分で足りている。


「多いなぁ……はぁ、流石にこれ以上は困るな」

「置き場もなくなってきましたし、公爵家の貴重な部屋を倉庫にできません」

「そうだね。午後に訪問されるから頑張って断ってみるよ」


確か一時間後に訪問されるから、そろそろ用意した方がいいな。戻ってから殿下とはまだちゃんと話せてないから、今日こそは婚約の解消をお願いしないと。


「迷惑だって言えばいいじゃないですか。あなたが贈るものは趣味じゃないから持って帰れと」

「そ、そんなこと言ったら不敬で捕まるよ」

「はっ、婚約者の趣味も分からない身勝手な男なんですよ。はっきり言ってあげた方が向こうのためになるんじゃないですか?」

「セ、セドリック……」


セドリック今すぐその口を閉じて!殿下の愚痴が止まらないほど嫌いなのは分かったから、夜に聞いてあげるから今は止めて!

セドリックの背後に迫る人物に気づき、口に指を当てて見るがセドリックは気づいてくれない。


「だいたいあいつの趣味は押し付けがましいんですよ。シリル様には装飾が控えめな服の方が似合いますし、花だって赤いダリアのような派手なものよりカスミソウの方が合います」

「似合わない贈り物をして悪かったな」

「ええ、本当にめ、いわ、く……」

「こ、皇太子殿下にご挨拶を……あっ、その前に謝罪を……」


謝罪のために頭を下げようとすると、殿下に止められてしまう。


「いらない。予定より早く来た俺も悪い。そいつの今日の俺に対する悪口は許してやる」

「寛大な心遣いありがとうございます……」

「ああ、いいことも聞けたしな。カスミソウか、シリルにぴったりだから次はそれを贈ろう」

「で、殿下贈り物は沢山頂きました……これ以上は申し訳ないです」


部屋に溢れかえって困るから本当に止めて欲しい。……これ以上贈られたらバカな勘違いしてしまいそうになるから。


「なぜだ?シリルは俺の婚約者なのだから、贈り物をするのは当然のことだ」

「部屋がいっぱいで……お恥ずかしながら置き場がなくて……」

「なるほど。では次は倉庫になるよう屋敷を贈る」

「ええぜひ…………や、屋敷!?」


想像もしていない発言に驚き、言葉遣いを忘れて聞き返してしまう。


「な、な、なんで屋敷!?僕はもう贈り物は止めて欲しいと言ってるんですよ!」

「置く場所がないからいらないんだろ。なら置き場を作ればまだまだ受け取れる」

「困ります!頂いても使い切れませんし、宝の持ち腐れです。服だって着ていく場がないのに貰っても……」


社交界は苦手だから必要最低限しか参加したくない。殿下からの贈り物は分かりやすくお金がかかっている。目立って戻る前みたいに疎まれたくない。だから公の場で贈り物の服は極力着たくない。


「ならば俺が作ってやる。茶会は……着飾ったシリルを見せるのは憚られるから……よし、皇都から離れた海にでも行くか」

「いや……着飾る場所が欲しいわけでは……」


殿下の勢いに押されどうすればいいのか困っていると、セドリックと目が合う。


「シリル様は着飾る必要などありません。シリル様は控えめなのが一番魅力を発揮されるのです。あなたの贈り物にある華美なものはシリル様の魅力を損ないます」


困っている僕を助けるための言葉なのは分かる。でも流石に敵意を向けすぎじゃないかな?セドリック!

僕はセドリックには平和に過ごして欲しいのに、なんでそう自分で火種をまくのかな!?戻る前はこんなに喧嘩腰じゃなかったのに……セドリックらしくない……。


「貴様本当にシリルの従者か?皇族に向けてその態度と言動、主人の身を危険に晒すと分かってるのか?」

「ええ、分かっております。ですが―――」


セドリックが僕の前に立つ。まるで殿下から僕を護るように。


「困っている主人を傍観しているのは公爵家の、シリル様の従者としてあるまじき行動だと思っておりますので」

「なるほど。確かに筋は通っているが」

「殿下!」


腰にある剣に殿下の手が触れるのが見え、セドリックの腕を引いて下げようとする。しかしセドリックの力が強すぎてビクともしない。


「シリルは将来、俺と人生を共にする伴侶になる男。であるならば、俺はお前の未来の主でもあるのだぞ」

「そんなのただの可能性の話じゃないですか。確定していないことを自慢げに話して恥ずかしくないんですか?」

「何を言っている。皇族との婚約はよほどの事がない限り白紙にならない。ならば未来は確定しているもの。なぁ、シリル」

「……」


殿下の力強い眼差しが刺さって顔を上げれない。セドリックを護るために前に出ないといけないのに、あの目が苦手で足がすくんでしまう。僕を拒絶し続けたあの熱の篭った目が怖くて仕方ない。

よほどの事は将来必ず起こる。殿下が心から愛して、恋をする相手が現れるから。


「……で、殿下……話が、あります」


勇気を振り絞って声を出す。いつまでも逃げてられない。殿下の目が怖くても、ここで手を打たなければ全て失ってしまうから。


「なんだシリル?従者の戯言なら聞き流してやるからそう怯えるな」

「違い……ます……」

「では何の話だ?」

「あの……僕たちの婚約を……破棄、してください……」

「……なぜだ?」


もう限界だ。大切な話だから目を見ないといけないのは分かっているが、心に刻まれた傷と恐怖には抗えない。顔を伏せたまま殿下の問いに答える。


「ぼ、僕は殿下に相応しくありません……。殿下のような鮮やかなダリアより、控えめなカスミソウが似合う僕に殿下の婚約者は務まりません……」

「そんな理由で婚約を破棄したいのか?」

「は、い……僕は殿下の隣に立つ資格がありませんから……」

「誰かに言われたのか?例えば―――そこの従者とか」

「ち、違います……僕は殿下に相応しくないので……」


相応しくないと言われるのは未来の話。今は誰にも言われていないが、陰で言われていてもおかしくない。実際の僕は地味だから華やかな殿下とは釣り合わない。

殿下は十年後、僕に苛烈な嫌悪の目を向けるのだから、最初から嫌われていてもおかしくない。だからこの婚約破棄も殿下はきっと受け入れて……。


「それだけか?」

「えっ?」

「婚約破棄をしたい理由はそれだけかと聞いているんだ」

「はい……」


それだけじゃない。でも本当の理由は言ったところで妄言としか思われないし、不敬だと言われ誰かに危険が迫るのは避けたい。


「無理だな」

「な、なぜですか?」

「なぜも何も国が決めた婚約をそんな理由で破棄にできる訳ないだろう」

「ですが殿下からの意見があれば……」

「なぜ俺が婚約破棄したいと言わねばならない」

「なぜって、それは」


殿下は僕のことが嫌いだから。そう出かけたセリフを吐くことは出来ず飲み込んでしまう。


「……いいかシリル」

「……」

「俺はお前が相応しくないとは思っていない。むしろ俺の隣に立つのはシリルがいいとさえ思っている」

「殿下……」


伏せていた顔を上げる。殿下の顔を見た瞬間、戻る前に受けた殿下からの言葉が脳裏をよぎる。


『なぜ地味なお前が婚約者なのだ』

『家柄しか取り柄がないくせに』

『どうせなら―――が婚約者なら良かった』

『初めてお前に礼を言いたくなったよ。死んでくれてありがとうシリル』


殿下の手が僕に迫る。嫌だ触れないで、殺さないで……!


「シリル、他人の戯言など気にするな俺はお前のことをちゃんと―――」

「っ!うぇっ、ごほっ……あっ、うぐっ……」

「シリル様!」

「シリル!」


恐怖から来る吐き気を抑えきれず、うずくまりながら吐く。足元に広がる吐瀉物を滲む視界で見つめる。

ダメ、止まって、お願い。こんなみっともない姿を見られたくない……!お願いだから……。

僕の意に反し身体は吐くことを止めてくれない。


「シリル様、無理して止めてはいけません」

「……で、も」

「出し切ってしまった方が早く楽になれます。過度のストレスがあったのでしょう。また我慢するのは身体に毒です」

「シリル……」

「今日はもうお引き取りください」

「しかし」

「シリル様は体調がまだ回復されていないのに、殿下に会うため無理をされました。その結果が今です。婚約者なら今どうするのがシリル様にとって最善なのか分かりますよね?」

「……分かった」

「ご理解頂き感謝します。失礼します」


セドリックに抱きかかえられながら運ばれる。キレイに整えられたセドリックの服が汚れるのが嫌で、自分で歩こうとするが。


「セドリック……服が……」

「汚れなら気にしません」

「で、も……」

「服などまた洗えばいいのです。シリル様は俺の事など気にせず、今はご自身のことだけ考えてください」

「……セドリック」

「なんでしょう」

「ありがとう……」


いつも助けてくれてありがとう。僕はセドリックがいるから、いたから……辛い現実を戦えたんだよ―――だからお願い。


「……いなくならないで」


小さく呟いた願いが届いたのか、答えは分からない。セドリックの温もりに安心しきってしまった僕は、その言葉を最後に意識を手放してしまったから。

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