42 sideアレク
シリルの部屋に向かう数刻前。
おかしい……いつもより使用人が少ない。全くいないほどではないが、配置されているはずの場所に使用人がいない。平時でこの人数しかいないのはおかしい。俺が知らないなにかがあったのかもしれない。
目立ったことではないが、異常事態の可能性がある。そう思いすぐさまシリルの安否を確認しに部屋へと向かう。
心労を与えないよう平静を装いながら部屋をノックする。
「シリル、夕食に誘いに……なにかあったのか?」
俺が言い切るよりも先に扉が開かれ、中から出て来たシリルの顔色は最悪だった。
瞬時にシリルの様子を観察し、外傷がないことにホッとしたのも束の間。シリルが書いた言葉に心臓が跳ねた。
『ノエル君とクロードが午前中に出て行って、まだ帰ってこないんです』
「ノエルとクロードが?」
『僕とノエル君が喧嘩してしまって、出て行って』
喧嘩して帰ってこないのは別におかしな話ではない。ノエルは頑ななところがあるから、帰って来づらいだけだろうが。クロードも帰ってこないのは気になる。
俺に噛みついてくる事を除けば、クロードはユリウス並みに優秀な従者だ。いくらシリルの命でノエルに尾いて行ったとしても、報告の一つぐらいあってもおかしくない。
だが今は思考を巡らせるよりもこっちが先だ。
『でも心配で念の為クロードに尾けてもらって、それから一度も……』
震える手で伝えようとするシリルの手に自分の手を重ねて止める。
許可を得ているから確認せずに触れたが、振り払われなかったことにホッとしてしまう。
「分かった。もう十分伝わったから無理するな」
今にも泣きそうな顔で俺を見つめるシリル。まだ不安が拭えていない事を察し、恐る恐る抱きしめる。
また拒絶されなかったことに安堵する。忘れられてから拒絶されたことはないとは言え、触れることがまだこんなに怖いなんて……惚れた弱みというのは厄介だな。
「よし、俺が二人を探してくるからシリルは部屋で待ってろ」
戻らないノエルとクロードと少ない使用人たち。城に異常が起きているのは明白だ。
だからこそ、シリルを部屋から出してはいけない。また危険に晒したくない。
「二人が戻った時にシリルがいなかったら不安になるはずだ。探しに行きたい気持ちは分かるが、今は俺に任せてここで待っていて欲しい」
『でも』
「いいから俺を信じてくれ」
『どうか二人をお願いします。それと、アレク様もどうかご無事で』
「ああ、今回は街でも森でもない城だ。危険はないからそんなに心配するな」
心配させないよう笑って見せる。だが俺が頼りないんだろうか、シリルの顔は晴れない。
「無事に二人を連れ帰るから待っててくれ。俺の代わりにユリウスを置いていくから大丈夫だ。ユリウス」
「はい」
「シリルを頼む。それと、俺が帰るまでこの部屋に誰も入れるな」
「かしこまりました」
「じゃあな……シリル?」
出て行こうとするとシリルに引き止められる。なんだろうと思いシリルの行動を待っていると、シリルの髪を束ねていたリボンを手首にくくりつけられる。
意味を尋ねようと口を開きかけるが、シリルの言葉で分かった。
『待っています』
声にも紙にも綴られなかったが、そう言ったに違いない。
なるほど、これは俺が戻ってくるためのお守りなんだろう。ならば期待に応えないといけないな。
「ああ、待っていてくれ。頼んだぞユリウス」
「はい」
本当は俺が側にいて守ってやりたいが、今は俺が動かないといけない。根拠はないが俺が動くことが、一番の策だと思う。
シリルの部屋から出て、ここから一番遠い地下牢へと向かう。人を閉じ込めるにはあそこは最適だからな。
歩き慣れているはずなのに、人気のない廊下は見知らぬ場所のようで緊張感が抜けない。
道中で見かけたら連れて行こうと思っていた騎士は一人も出会わなかった。
結局俺は一人のまま地下牢に続く階段のまで来てしまった。
「まさか地下牢にも騎士がいないとは……シリルを連れてこないで正解だったな」
慎重に地下牢の階段を降りていく。なるべく足音を響かせないよう一歩一歩慎重に。
「あまり期待はしていなかったが、まさか本当に誰もいないとはな」
階段を下り切っても常駐しているはずの騎士は一人もおらず、気味の悪い空気が立ち込めていた。
危険な匂いしかしないがシリルと約束した手前、調べずに引き返すわけにはいかない。
ゆっくり音を立てないよう、一つ一つ牢屋を確かめながら歩を進める。
「いないな……」
流石に安直すぎたか?ノエルとクロードが閉じ込められているとは限らないのに。最後まで見たら他を探しに。
「うっ……だれ、か……」
「っ!」
聞こえてきた声の主の元へ向かうと、腹に短剣を突き立てられたクロードがいた。
「クロード!」
「あんた……なんで……ここに……」
「喋るな!酷い怪我だ、早く手当を……自力で歩ける状態じゃないよな。肩を貸してやるから立てるか?」
「俺の事よりも……ノエル様が……」
「ノエルがどうし───」
ごとっ。
なにか塊が落ちた音が背後からした。
いつもなら危険が迫っている可能性を考え、すぐさまに振り返る。それは王族として必要な反応で、嫌というほど身体に叩き込まれている。
だが今は振り返ることができない。身体が振り返ることを拒否している。
ダメだ。見てはいけない。見たらきっと、俺は。
「……っ!」
固まったままの俺とは対象に、クロードは俺の背後に向かって手を伸ばす。
「…………さ……ま」
やめろ。
その名を呼ぶな。
「ノ……エ、ル様……!」
「っ!」
クロードの言葉に俺の身体はようやく動いた。そして振り返った先には、胸から血を流したノエルが倒れていた。




