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ノエル君が帰ってこない。
午前中に部屋から出て行ったきり、一度も僕の元に戻ってきていない。怒って戻りたくないならいいけど、夕方になっても戻らないのは……胸騒ぎがする。
クロードも戻ってこないし、二人になにかあったんじゃ……。
悪い想像ばかりが頭を占める。
コンコン。
二人を探しに行こうとすると、ノック音が響き急いで開ける。
「シリル、夕食に誘いに……なにかあったのか?」
扉の先にはノエル君でもクロードでもなく、アレク様が立っていた。胸騒ぎが強くなる。
心配そうに尋ねるアレク様に事情を説明するために、机に置いてある紙とペンを手に取って話す。
『ノエル君とクロードが午前中に出て行って、まだ帰ってこないんです』
「ノエルとクロードが?」
『僕とノエル君が喧嘩してしまって、出て行って』
ちゃんと説明したいのに手が震えて上手く字が書けない。もし二人の身に何かあったら……説明しようとすればするほど最悪なことばかりが過ぎる。
『でも心配で念の為クロードに尾けてもらって、それから一度も……』
「分かった。もう十分伝わったから無理するな」
アレク様はそう言うと、震える僕の手にそっと手を重ねて止める。手のひらから伝わる温度の暖かさに、指先が冷えていた事を自覚する。
「……っ」
「大丈夫、俺が見つけるから心配するな。ノエルはシリルのことが大好きだから拗ねて帰りにくくなっているだけだ。クロードはノエルに付き添って戻れないだけだから大丈夫だ」
「……」
「大丈夫だから」
優しく抱きしめられた瞬間、堪えていた涙が溢れる。
まだ不安で仕方ないのに、アレク様の言葉で少しだけ気持ちが軽くなる。
「よし、俺が二人を探してくるからシリルは部屋で待ってろ」
首を振って否定する。僕が原因で帰って来れないなら、迎えに行かないといけない。それにアレク様に探すのを任せて、待つだけなんて出来ない。
「二人が戻った時にシリルがいなかったら不安になるはずだ。探しに行きたい気持ちは分かるが、今は俺に任せてここで待っていて欲しい」
『でも』
「いいから俺を信じてくれ」
まっすぐ見つめながら言われる。
今すぐ探しに行きたい気持ちは変わらないが、今はアレク様の言う通りここで待っていた方がいいのかもしれない。
ゆっくりと首を縦に振る。そして紙に言葉を綴ってアレク様に見せた後、頭を下げる。
『どうか二人をお願いします。それと、アレク様もどうかご無事で』
「ああ、今回は街でも森でもない城だ。危険はないからそんなに心配するな」
『……』
「無事に二人を連れ帰るから待っててくれ。俺の代わりにユリウスを置いていくから大丈夫だ。ユリウス」
アレク様が扉に向かって声をかけると、ユリウス様が部屋に入って来た。
「はい」
「シリルを頼む。それと、俺が帰るまでこの部屋に誰も入れるな」
「かしこまりました」
「じゃあな……シリル?」
去って行こうとするアレク様の腕を掴んで引き留める。その手首に髪を束ねていたリボンをくくりつける。
待つことしかできない僕からの、せめて無事に帰れるよう祈りを込めて。
『待っています』
声は出ないけど、アレク様ならきっと汲み取ってくれる。
「ああ、待っていてくれ。頼んだぞユリウス」
「はい」
部屋から出ていくアレク様を見送ったが、やっぱり落ち着いて待てずに部屋をうろうろしてしまう。
「シリル様、気持ちは痛いほど分かりますが、今は待ちましょう。お茶と軽食をお持ちしたので食べてください」
『すみません、今は食欲が……』
「ダメです、一口だけでも口に入れましょう。お腹が空いていたら悪いことばかり考えてしまいますから」
そう言ってユリウス様は優しく笑ってくれる。優しく柔らかな空気に、固まっていた気持ちが優しく解れていく。
用意されたサンドイッチを一口食べた途端、お腹が盛大に鳴った。
カアっと顔に熱が一気に集まる。恥ずかしい、食欲がないと言いながら……。
「ふふっ、これだけでは足りないかもしれませんね」
『……すみません』
「謝ることではないです。ノエル様とクロードが心配で、やっぱり緊張していたんですよ。お腹が少しでも満たされたら、嫌な想像も少しはなくなったのでは?」
『はい』
ユリウス様の言う通り、さっきまで頭を占めていた嫌な想像は少しだけ息を潜めた。
大丈夫。アレク様が二人を連れ戻してくれる。
戻って来たら二人もきっとお腹が空いているだろうから、みんなでお腹いっぱいご飯を食べよう。そして眠る前にノエル君に絵本を読んで、今日のお詫びに明日は一日遊ぶ約束をしよう。
だから大丈夫、大丈夫……。
悪い想像も減って、そう思うのに━━━胸騒ぎが治らないのはどうして?




