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「はぁ……」
真っ白な紙を見つめながらため息を吐く。
約束したお誘いをしたいのに言葉がずっと見つからない。
もうアレク様とのお茶会から一ヶ月が過ぎてしまった。
いい加減、約束を果たさないといけないのに、何度ペンを手に取ってもすぐに何を書けばいいのか分からなくなる。
「お兄ちゃんー」
頭を抱えていると、ノエル君が側に寄ってきた。
筆談用の紙に文字を書いて要件を尋ねる。
『どうしたの?』
「一緒にお散歩いこ」
『ごめんね、今日中にやらないといけないことがあるから行けない』
さすがにこれ以上は引き伸ばせない。今日の夕方までにアレク様に招待状を渡さないといけない。
「やらないといけないことって何?」
『アレク様に招待状を書かないといけないんだ』
「じゃあ早く書いてぼくと遊ぼうよ」
『ごめん、時間がかかりそうだから今日はクロードと遊んで』
「クロードはイヤ、お兄ちゃんと遊びたい」
僕の腕を引っ張ってねだってくるノエル君。すんなりお願いを聞いてくれない僕に苛立っているのか、力が強くて少し痛い。
『ごめん、今日は本当にダメなんだ。明日たくさん遊んであげるから』
「やだ!遊ぶ!」
『今日は本当に……』
文字を書いている途中で腕を強く引っ張られ、勢いで紙が破れてしまった。
「あっ……」
流石に怒った方がいいかな。いくらまだまだ遊びたい盛りとは言え、相手の事情を無視して自分の要望を通そうとする姿勢は見過ごせない。
僕に我儘を言えるくらい懐いてくれているのはとても嬉しいけど、言葉を遮られたのは少し悲しい。
でも、紙の上の文字だけでちゃんと叱れるだろうか。そもそもあんまり人に叱ったことなんてないから、どうやって伝えればいいのか分からない。
破れた紙を見つめながらどう伝えようか悩んでいると、僕の腕を掴んでいたノエルくんの手が離れた。
「ぼ、ぼくっ、わるく、ないもん……だって、おにいちゃんが……おにいちゃんが……っ!」
ノエルくんは今にも泣きそうな声でそう言うと、逃げるように部屋から飛び出してしまった。引き止めようと手を伸ばしたが、ふと考えが浮かび止める。
ここで僕が追いかけたらまた甘やかすことになって、ノエル君のためにならない。心苦しいけど、ここは心を鬼にして待った方がいいかもしれない。出て行ったとは言えここは皇城、この国で一番安全な場所だから僕がいなくても大丈夫だろうけど、念の為。
『ごめんクロード、ノエル君にバレないようこっそり様子を見守ってくれる?』
「そう言うと思ってましたよ」
仕方ないと言った様子のクロードに後を託し、一人になった部屋でペンを手に取り招待状に向き直る。
早く終わらせてノエル君といっぱい遊んであげよう。そう考えてしまう僕は、やっぱり甘いのかもしれない。
*
sideノエル
部屋を飛び出した後、泣きながら人気の少ない廊下を歩く。誰かに見られたら心配され、連れ戻されるのは分かっている。
でも今は一人になりたいから、わざと人があまり通らない場所を選んで歩き続ける。
「うっ……ひっく」
嫌われたかもしれない、もうぼくに構ってくれないかもしれない。優しい人を怒らせてしまった後悔で頭がいっぱいになる。
ぼくが悪いのはちゃんと分かっている。ぼくのことを優先してくれると思い上がっていたから、甘えてわがままを言いすぎた自覚もある。
ちゃんと分かっているのに、幼い身体に引っ張られているせいなのか、涙が止まる気配はない。
「きらわれっ、たくない……」
せっかく会えたのに嫌われたくない。幼い頃からずっと会いたくて、会いたくて、ずっと焦がれて仕方なかった━━━シリル父様に会えたのに……。
「とっ、とおさまぁ……」
ようやく会えたことが嬉しくて甘えすぎた自覚はある。
ちゃんと使命を全うしないといけないのに、絵画でしか見たことのない父様が動いているのを見て浮かれた。ずっと聴いてみたかった声を聞けて、名前を呼んでもらえて、抱きしめてもらえて嬉しかった。幸せだった。
「シリル父様……」
だから、もっともっとと欲張ってしまった。心の底から求めていた幸せに浸って、ずっとここにいたいと思ってしまった。ぼくの元いた世界に父様はいないから。
その言葉にハッとし、際限なく流れていた涙は止まる。
ああそうだ、僕は父様に会いに来たんじゃない。父様をセドリックから解放するために来たんだ。
立ち止まって服をぎゅっと掴む。
「泣いてる場合じゃない……」
ぼくがシリル父様の側で、セドリックから守らないと。あいつがどう出てくるか分からない以上、せめて正体を知っているぼくが側で守らないと。
涙で濡れた顔を服の袖で拭き、顔を上げて来た道を戻ろうとすると。
「こんなところでどうされたのです?ノエル様」
「……っ!」
「人気のない所で幼子が一人でいたら、シリル様が心配されますよ。さぁ、私と一緒に戻りましょう」
逃げろ。
心臓が煩いくらいに鳴り響いて警告してくる。だが警告されても足が言う事を聞いてくれない。冷や汗が出るばかりで身体は指先すら動かせない。
早く、早くこの悪魔を倒してぼくの父様を━━━。
「そんなに怯えないでください。悪いようにはしませんよ」
セドリックの言葉を最後に、ぼくの意識は途切れてしまった。




