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楽しい時間はあっという間で、気づけばお開きの時間になっていた。
『今日はお誘いいただきありがとうございました』
「こちらこそ来ていただきとても嬉しかったです」
笑顔で挨拶をするアレク様につられ、僕の口角も自然と上がる。ゆっくり話すのは初めてだったけど、とても楽しかった。今度は僕からも誘いたい。
「シリル様と過ごせて、とても楽しかったのです。また、誘ってもいいですか?」
アレク様も同じ思いだったことに嬉しく感じる。
『もちろんです。でも、次は僕からもお誘いしたいです』
スケッチブックを見せると、アレク様はキラキラとした笑顔を浮かべる。
「シリル様の方からお誘いしていただけるなんて……!とても光栄です!」
『そんなに喜んでいただけるなんて……』
あまりの喜びように驚いたけど、それ以上に嬉しい気持ちがあった。あ、そうだあの事について忘れないうちに伝えておかないと。
伝えたかったことを思い出し、スケッチブックに書き連ねる。
「シリル様?」
『あのアレク様、僕のことは呼び捨てで構いません。むしろ敬称を付けて呼ばれるのはおかしいと思うので、呼び捨てしていただけると』
「いいんですか!?」
「!」
突然大きな声を出され驚きのあまり、スケッチブックを落としそうになる。
「本当に本当にいいんですか!?俺がシ、シリルと呼んでもいいんですか?」
『いいですよ』と書いて伝えたいが、両手をアレク様に掴まれているので書くことができない。なので、代わりに大きく頷いて伝える。
「ありがとうございます!またシリルと呼ぶことができとても嬉しいです!」
呼び方だけでこんなに喜ばれるとは思ってなかった。すごく意外だけど……またってどう言う意味なんだろう?聞いてみたいけど手が……ううっ声が出ないって本当に不便。
だけど気になって仕方ないので、手を離して貰えるようアレク様をじっと見つめてみる。すると―――。
「シリル……」
あれ?アレク様の雰囲気が少しおかしいような。それに顔も近すぎる気が……。
「んっ…………ま……どこ?」
泣き疲れてベンチで眠っていたノエル君が起きた。ノエル君は目をこすりながら僕を探しているように見えたので、アレク様の手が緩んだ隙を狙って急いでノエル君に駆け寄る。
「……おにいちゃん」
僕が近づくと、ノエル君は笑顔で抱きついてきた。その様子が微笑ましくてつい頭を撫でると、にこにこの笑顔を浮かべながらもっともっととねだられる。
「えへへ……おにいちゃんもっとなでて」
まだ少し寝ぼけているのか、ノエル君は瞼を閉じながらねだってくる。
「シリルに甘えれるほど元気になったようだなノエル」
「……」
アレク様の前で泣いたのが恥ずかしかったのか、話しかけられた途端に黙って僕の後ろに隠れるノエル君。
「……まだいたんですか」
「まだとはなんだ。ノエルを置いて立ち去れるわけないだろ」
「……お兄ちゃん疲れた」
優しく話しかけるアレク様から逃げるように、ノエルくんは僕にぎゅっと抱きついてきた。普段強気に出てる人の前で泣いたのが、よっぽど恥ずかしかったんだろう。
アレク様がとても気さくに接してくれるから忘れそうになる。本来なら身内の僕がちゃんと挨拶をさせるべきなんだろうけど、色々あったし今日は大目に見てあげよう。
多分だけど、アレク様は無理やり挨拶をさせることは好まないような気がするし。
『申し訳ありません。照れているみたいです』
「そのようだな。自室まで送りたかったが、俺がいては機嫌を損ねるだけだろう」
『お気遣いありがとうございます』
「いや、こちらこそ楽しい時間をありがとう」
アレク様はそう言うと、僕の手を取って口づけを落とす。突然の行為に驚いたのと同時に、顔に熱が集まっていくのが分かる。
顔を隠すために手を振り解きたいけど、まだ触れていて欲しいとも思ってしまう。
どんな反応をすればいいのか分からず混乱していると、ノエル君がぐいっと力強く僕の腕を引く。その反動でアレク様の手が離れる。
「お兄ちゃん疲れたから早く帰ろ」
「おいノエルそんなに強く引いたら危ないだろ!」
「怪我はさせないんで大丈夫です。お兄ちゃん行こ」
ちゃんとスケッチブックに言葉を書いて伝えたかったが、ぐいぐい引っ張るノエル君に負け大人しく従う。その代わり口を大きく動かして言葉を紡ぐ。
『アレク様、楽しかったです。またお話ししてください』
「ああ、またなシリル!」
アレク様の返事を聞いて口元が自然と緩む。声を出さなくても伝わったことが嬉しい。
ふわふわとした心地良い感情を抱えながら歩いていると、ノエル君は急に立ち止まると。
「……ほんと、嫌になるくらい仲いいよね」
なんて言ったんだろう。声が小さくてよく聞き取れなかった。
「?」
「なんでもなーい。お兄ちゃん疲れたから抱っこして」
そう言うと僕に向かって両手を広げて強請ってきた。
あんまり甘やかすのはダメなんだろうけど、なぜかノエル君に弱い僕は簡単に言うことを聞いてしまう。
両脇を抱えて上げると、ノエル君は僕にぎゅっと抱きついてきた。
「……ぼくだって」
小さく呟く言葉は風の音にかき消され聞き取れなかった。
聞き取れなかったお詫びに背中を優しく叩くと、小さな腕の力が少しだけ強くなった。
***
Sideセドリック
庭園がよく見えるバルコニーからシリル様を見つめる。幸せそうに笑いながら歩く姿に、腹の底からドス黒い感情が湧き上がってくる。
私がいくら話しかけても、好物を用意してもあんな表情は一度だって見せてくれなかった。むしろ私に向けるのは恐れの感情ばかり!あれに関する記憶や恋心を奪ったのに、どうしてまた……!
「何が足りない?私になくてあれにあるものはなんだ?くそっ!どうすればいい?またあれを殺す?いやダメだ……そんなことをしてもシリル様は手に入らない……それに契約のことだって……」
爪をかみながら思考を巡らせる。記憶と感情を奪う行為は二度もできない。やってしまってはシリル様が廃人になってしまう。そんなのはつまらない。
それにあれは一度で十分だ。二度もすることじゃない。
「忌々しい……」
あらゆる方法を考えシミュレーションをするが、何をしても詰みだ。
どうにかしてあれに向けられた好意をどうにかしないと……
「そうだ……」
シリル様の親を使おう。
前回のようにシリル様の両親を事故に見せかけて葬り絶望を重ねる。あのノエルと言う少年を惨たらしい姿にし、それを第一皇子の所業にすれば……。
「好意は嫌悪に」
口角が自然と上がる。なんだ、最初から答えは出ていたのか。
この世界が始まった時にあったシリル様の第一皇子に対する嫌悪。道がおかしくなったせいで薄れてしまったが、第一皇子に関する記憶がない今、再び嫌悪感を植え付ければ……。
「待っててくださいシリル様。もうすぐ、私とシリル様だけの世界が完成します」




