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食事が進みお腹が膨れた頃。一旦食べる手を止めて、背中に隠していたスケッチブックを手に取る。
「お腹いっぱいになりました?」
アレク様に聞かれ頷いて答える。
「美味しかったですか?」
また頷いて答える。
「良かった!何度も味見をしたかいがありました!アップルパイは酸味と甘みのバランスがちょうど良くなるよう、煮詰める時間をシェフと試行錯誤して、たまごサンドはどんな卵を使っても美味しくなるように調味料の配合にこだわって……いたっ!」
「喋りすぎです」
捲し立てるように話すアレク皇子に、ノエル君は手の甲をつねって止めた。
その行動に血の気が引いていく。いくら仲良くなったからとは言え、皇子に危害を加えるなんて……!周りに誰もいないとは言え何かしらの罰があるに違いない。
『申し訳ありません!』
急いでスケッチブックに謝罪の言葉を書き、頭を下げてアレク皇子に見せる。当然ノエル君の頭も同じように下げさせて。
「なぜ謝罪を?」
『ノエル君がアレク皇子に危害を加えてしまったからです。この子はまだ幼く、気楽に接することが出来る人が少ないため、ついしてしまった行動なのです』
「シリル様……」
『本当に申し訳ありません。二度としないよう、言って聞かせますので今日はお許しください』
手が震えるせいで所々文字が荒れてしまった。でも書き直す時間はない。一刻も早く謝罪の言葉を述べて、この場を収めなければいけない。
とても気安く接してくれる方だから、気が抜けていた。アレク皇子は次期皇帝の可能性があるお方。いくら僕が婚約者候補とは言え、身内が危害を加えたとなれば何かしらの罰が与えられてもおかしくない。
『本当に申し訳ありません。ちゃんと言い聞かせますので、どうかお許しください』
「シリル様、顔をあげてください」
言われた通り顔をあげる。
「俺は怒ってませんから、謝らなくていいです。むしろ俺はシリル様の身内であるノエルと気軽に接することができて嬉しいんです」
『でも……』
それでも謝罪しようとした僕の手を、アレク皇子はそっと重ねて止める。
「本当にいいんです。むしろ謝られる方が俺は……辛い」
悲しそうに笑うアレク皇子。その表情に余計なことをしてしまったと悟る。
傷つけてしまったと思い謝ろうとするが、余計に傷つけるのではと思い止める。
どうしようか悩んでいると、ノエル君が声を震わせながら言葉を吐く。
「ごめんなさい……調子に乗りすぎました」
「ノエル謝るな。俺はノエルのことは友人だと思ってるんだ」
「でも……痛いことしちゃったから……」
「痛くない」
「痛いって言ったのに……?」
「あれは反射のようなものだ。本当に痛かったら声すら出ない」
「……ほんと?」
「本当だ。友人につねられたぐらいで怒るような器の小さい男じゃない」
そう言ってアレク皇子はノエル君の涙を優しく拭う。ノエル君は許されたことに安心したのか、涙は止まることなくボロボロと出てきて止まない。
「ノ、ノエル俺は本当に怒ってないから!だからな、もう泣くな」
「っ、ううっ……」
「ノエル……シエル様どうすれば泣き止んでくれるんですか?」
困った顔をしたアレク皇子が僕に聞いてくるが、僕もどうすればいいかは分からない。大人びた印象の子だったから、今泣いてるのが不思議なくらい。
『とりあえず抱きしめてみてはいかがでしょうか?お嫌でしたら僕が』
「なるほど!」
書き終える前に、僕の手元を見ていたらしいアレク様は大きな声で返事をすると。恐る恐るとした手つきでノエル君に手を伸ばし抱きしめる。
「もう泣くなノエル。俺は本当に怒ってないから」
「うっ、ひっく、ぐすっ」
しゃくりあげながら泣き続けるノエル君。抱きしめてもノエル君が泣き止む気配はないけど、アレク様はおろおろすることなく落ち着いてあやしている。
「大丈夫だから」
アレク様はとんとん、と優しく背中を叩きながら話しかける。その行為に安心したのか、ノエル君はアレク様の服をぎゅっと握りしめる。
ノエル君の行動に驚いたのか、アレク様はなぜか混乱した様子で僕とノエル君を交互に見る。たぶんこの行動の意味を知りたいのかもしれない。
ノエル君には見えないようスケッチブックを掲げる。
『アレク様に甘えたいのを普段は隠していて、泣いて本当の気持ちが出てるのかもしれません』
「な、なるほど」
『僕の予想なので確かなことではありませんが』
「……ふたりで、ぐすっ、ないしょばなしですか?」
伏せていた顔を突然上げたノエル君に驚き、慌ててスケッチブックを隠す。この子はおそらくきっと、アレク様に甘えたい気持ちは無自覚だろうから。
「な、なにも内緒の話はしてないぞ!」
『なにも話してないよ』
「……お兄ちゃんが言うなら信じます」
「俺は!?」
「…………アレク様のことも信じます」
「良かった。ところでシリル様」
『なんでしょう?』
なぜか頬を赤く染めたアレク様が僕の方を見つめてくる。もしかして無意識のうちに怒らせることでも言ってしまった?
「その……呼び方なんだが」
呼び方?……あっ!
慌ててスケッチブックをめくって確認する。呼び方を間違えてしまった……!ちゃんとお会いするのはまだ二回目なのに、アレク”皇子”ではなく”様”と書いてしまった。いくら婚約者候補とはいえ、許可も得てないのに無礼だ。
『申し訳ありません!』
スケッチブックを掲げて勢いよく頭を下げる。顔を赤くさせてしまうほど怒らせてしまったから、きっと重い処罰が下るはず。僕の落ち度だから甘んじて受けないと。
どんなお怒りが来るのか待っていると、上から意外な言葉が降ってくる。
「あ、謝ることじゃない。むしろ俺は嬉しかったんだ」
嬉しい?どうして?無礼なことをしてしまったのに……。
「また、アレク様と呼んでもらえて嬉しかった。もしシリル様が嫌でなければ、今後もアレク様と親しみを込めて呼んで欲しい」
照れくさそうに微笑みながら告げるアレク様。その笑顔に、思わず目が奪われる。心臓が早鐘を打ち、アレク様の顔をまともに見れなくなる。
これは一体……どうして心臓がこんなにも痛いんだろう……?




