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重い扉を開ける。
応接間は屋敷の中で一番明るく日当たりがいい。だからこういう状況は分からないでもないが……。
「……寝てる?」
「すぅ……すぅ……」
応接間に入ると、ソファで気持ちよさそうに眠る殿下がいた。緊張で強ばっていた体の力も、貼りつけていた笑みもあまりの呆気なさに消えてしまう。
寝て、寝てる?いつも気を張り詰めていた殿下が珍しい。僕が思ってる以上に忙しくされてるんだろうか……。
「シリル様、申し訳ありません。今すぐ起こし……」
「あ、起こさないでください。お疲れのようでしたらそのまま」
殿下の側で待機していた護衛が、気を使って殿下を起こそうとするのを寸前で止める。
「しかしせっかく時間を」
「しー、起きてしまわれます。なにかかけるものを持ってこさせます」
「……ありがとうございます」
起こしてしまわないよう小声で殿下の護衛と短く会話し、外で待機していた使用人にブランケットを持ってきてもらう。
持ってきたものを護衛に手渡しかけてもらう。殿下は僕が側に嫌がったから。
「お気遣い頂きありがとうございます」
「いえ、僕は向こうの机で本を読んでますので、時間の限り寝て頂いても構いません」
別に話すこともないし、むしろ空いてしなくて済むならそっちの方がありがたい。あ、でも婚約破棄の話はしたいから、最後に十分だけでも話す時間は欲しいな。
「では私は外で待機しておりますので、何かあればお呼びください」
「はい」
部屋から出ていく護衛を見送ってから、窓際の一人がけ用のソファーに座る。
普通はいくら婚約者と言えど、眠る皇族と二人きりにはさせない。しかし殿下は寝顔を、護衛や使用人に見られることを極端に嫌っている。朝起こされることすら嫌がり、使用人が来る前に起きて待っているそうだ。
そんな殿下は居眠りをすることなんてないんだけど、今日はよほど疲れているのか待っている間に眠ってしまったみたい。
「ふぁ……」
応接室は今日みたいに太陽が出ている日は気持ちよく、眠気がなくても急に襲われる。
緊張感が抜けてしまったこともあって、すごく眠たくなってきた……。ダメダメ眠ったら、殿下が目を覚ました時、僕が眠ってたら絶対に機嫌が悪くなる。殿下が起きる直前に部屋を出ないといけないのに……殿下の寝顔を見たことを知ったら……。
「少しだけ……」
ダメだと分かってる気持ちだけでは抗えず。日光の気持ちよさに負け、意識を手放してしまった。
***
「…………ろ」
「んー……」
「起きろ」
「もう……ちょっとだけ……」
「分かった。好きなだけ寝てろ」
夢見心地で答えていると、ブランケットをかけられる感覚がした。セドリックかな?
あまりの気持ちよさに目を開けることもできず、まどろみの中にいると頭を撫でられる。
「んんっ……」
「……」
誰かに頭を撫でられるなんて久しぶりだ。両親が亡くなってから、褒めてくれるのはセドリックだけ。でもセドリックは頭を撫でてくれなかった。人からの温もりにずっと飢えていたせいかな、まだこの夢に浸っていたい。
「ふっ、ふふっ……」
「笑った……初めて見たな」
ずっとこの時間が続けばいい。穏やかにすぎて欲しい。誰もいなくならないで欲しい。今度は邪魔にならないようにするから、もう僕から奪わないで欲しい……。
冷たい雫が頬を伝う。さっきまですごく幸せだったのに、戻る前のことを思い出して辛くなる。
「……っ!おい、起きろ!」
「へっ……」
「い、嫌な夢でも見たのか?それともまだ調子が悪いのか?」
「で、ん……か?」
肩を揺すられて目を覚ますと、焦った表情の殿下がいた。初めて見るその表情に驚き混乱してくる。
どっ、どうして殿下の顔が近いの?あっ、ここはお城……じゃない家の応接室で……。
焦った様子のままの殿下とは反対に、僕の頭は少しずつ冷静に状況を受け入れていく。
「も、申し訳ありません殿下!挨拶もせず眠りこけてしまい申し訳ありません……」
殿下が怒っているのだと思い、頭を深く下げて謝罪をする。いくらなんでも客人を放って居眠りなんて許されない。しかも国の次期王になられるお方の前で、もてなしもせず眠るなんて!
以前のセドリックの態度に引き続き、主である僕も失礼な態度を取ってしまった……。どうしよう、もし家が取り潰しになってしまったら……。
「も、申し訳ありません」
「なぜ……」
「で、殿下……?」
「なぜ、お前は俺に何度も頭を下げるんだ」
「そ、それは殿下が僕より上の立場にあるお方だからで……」
「ふざけるな!俺とお前は婚約者だぞ!婚約者に頭を下げさせるやつなどいないだろ!」
「で、殿下」
どうして怒ってるんだろう。頭を下げるのは当然のことだろ。だって殿下は僕よりも身分が上で、婚約者でなければ仕える立場だ。
だからこれは当然のこと。なのにどうして、そんなにも声を荒らげて怒ってるんだ?
「俺はただお前が……シリルが心配で…………」
「……えっ?」
初めて名前を呼ばれ、驚きでつい顔を上げてしまった。
「……シリルが泣いていたから起こしただけだ。謝らせたかった訳じゃない……なのに、なんで、頭を下げるんだ……!」
「えっ、あっ、で、殿下?」
怒っていたのかと思えば、なぜか今にも泣きそう顔をしている殿下。また初めて見る表情に、どう声をかけたらいいのか分からなくなってしまう。
「……帰る」
「あっ、でもまだ……」
「俺のことを忘れて眠るほど疲れているんだろ……なら帰る」
「いえっ、眠ってしまったのは僕の落ち度で……まだ何も話せていませんし、もう少しだけでも」
せめて少しでも機嫌を良くしてから帰ってもらいたい。この不機嫌な状態で帰られて、皇室から不敬罪に問われたくない。
「殿下……」
「……無理するな」
「殿下?申し訳ありません今なんと……」
「帰る。体調が優れないやつと話しても楽しくない」
「いえ体調は……」
「また来る。今度は体調を万全にしておけ」
そう言い捨てて殿下は応接間を出ていってしまった。
ちゃんと謝ったのに、どうして不機嫌になってしまわれたんだろう。戻る前は直ぐに謝らないと怒ってたから、ちゃんとしたのに……。
「はぁ……」
ソファーで横になって思い返しみるが、なぜ殿下が怒ったのか全くわからない。それに怒る前に心配された理由も。
「僕のこと嫌いって言ってたくせに……」
嫌いと言われたのは戻る前のことだけど、たぶん殿下は僕と婚約した時から嫌いだったはず。
「どうして……あんな顔したんだろ……」
だって目を合わせたのも、名前を呼ばれたのも今日が初めてだったから。




