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酷い雨の日だった。
『……いま……なんて…………』
『セドリックが亡くなりました。シリル様に会いに来る途中で事故にあわれたようです』
『うそだ……』
セドリックが死ぬはずない。僕の冤罪を晴らすために必ず会いに来るって約束してくれた。セドリックが約束を破ったことなんて一度もない。だから、だから―――。
『事故にあった馬車の近くにこれが……』
見せられたそれは、僕がセドリックの誕生日に送ったオーダーメイドスーツの一部であるジャケット。
大量の血と泥で汚れたそれを見た瞬間、力が抜け膝から崩れ落ちる。
『嘘だ……セドリックが……セドリックが……』
『遺体の損傷も激しく、到底お見せできるものではありません。見つかった遺品もそのジャケットだけで―――』
淡々と語られるセドリックの最期と今後の流れ。何一つ頭に入ってこない言葉を理解する気力はなかった。
雨の音だけが、やけに大きく響いた。
***
「あんな思いは二度としたくない……」
一度経験しているとは言え、忙しさに慣れず中々検証ができない日々が続いた。景色や歴史の内容から十年前である確認は取れたが、確証には至らなかった。
しかし先日ふと気づいた。今が十年前かどうか、簡単に確認できる方法を。
「今って何年?」
何人かにそう聞くだけで済む話。十年前にしか無いものや、証拠を探すのではなく僕がまず聞けばいいだけだった。あと帳簿の年の確認。
これだけで良かったのに、あまりの出来事に混乱して今更思いついてしまった。我ながら酷い。
「シリル様、今日はどうされたのですか。何度も皆に年の確認をするなんて」
「えっ、そ、そうかな?気のせいじゃないかな!」
「そうですか?」
「気のせいだよ!ほら、そろそろ殿下が来るから準備しないと」
「分かりました。でも、大丈夫ですか?」
心配そうにこちら見つめるセドリック。安心してもらうため、口角を上げて笑顔で答える。
「……大丈夫だよ」
いつまでも避けれないし、婚約破棄するにしても一度は殿下とちゃんと話さないと。
「俺の前で無理しないでください」
「無理してないよ」
「してるじゃないですか。シリル様は作り笑い下手なんですから、俺といる時は無理して笑わなくていいですよ」
セドリックの呆れたような、でも優しい笑みに張っていた気持ちが解けていく。
案外平気だと思ってたけど、本当は無理してたんだな僕。情けないな。戻る前はいくら罵倒されても、涙も怖い気持ちもなかったのに。セドリックがいるだけで、弱い僕が出てしまう。
「セドリックがいたらダメだなぁ……」
「えっ、なにか気にさわりましたか?違うんです、俺はただシリル様には無理して欲しくなくて」
狼狽えてるセドリックが少しだけおかしくて、つい笑みが零れる。
「大丈夫、分かってるから。ありがとう」
「なら良かったです。じゃあ旦那様に言って今日の相手は代わって……」
「ううん、予定通り僕が殿下の相手をするからいいよ」
「えっ……しかし」
「今度は大丈夫」
また心配そうにしているセドリック。その不安を少しでも取り除くために、まっすぐ目を見つめて答える。
「セドリックがいるから大丈夫。だからそんなに心配しないで」
「……分かりました。では一つだけ約束してください」
「なに?」
「絶対に無理はしないでください!」
両手を握られながら言われ、あまりの勢いに少し後ずさる。
「もし嫌な目にあったらすぐに俺を呼んでください!この命にかえてもシリル様を」
「やめて!」
棺にすら収められなかったセドリックの最期を思い出し、大きな声で強く否定する。
嫌だ。セドリックが僕を庇って死ぬなんて、そんなの嫌だ。僕を見捨てもいいから生きて欲しい。シワシワになるまで長く、セドリックには生きて欲しい。
「なぜ、ですか……」
「命にかえてなんて言わないで。俺に命はかけなくていいから生きて……お願い……」
「……」
「僕のことを考えてくれてるのは嬉しいよ。でも、命はかけないで、そんなことされても嬉しくない……」
「申し訳ありません……」
「うん……もう二度と言わないで」
返事はない。それだけセドリックの忠誠心が強いのだろう。そういう人だから僕のお願いもきっと意味はない。
もし僕に命の危機が迫ったら、きっとセドリックは躊躇うことなく僕を庇っていなくなる。
「えい」
セドリックの頬を僕の両手で挟む。
「シ、シリル様」
「返事は?」
それでも、セドリックに生きて欲しいから無理にでも約束させる。こんな口約束、意味はないってわかってるけど。
「……嫌です」
「セドリック」
「……」
「お願い、約束して」
「……じゃあ約束するんでシリル様も俺のお願い聞いてください」
「なに?」
「俺の前では素直になって下さい。楽しいことも辛いことも泣きたいことも、全部俺が受け止めるので」
あまりの真剣な眼差しに少しだけドキッとする。
セドリックってこんなにカッコよかった?
「……分かった約束する」
「では頑張ってきてください!今日は先日の件で俺は同席できませんが、終わったらいくらでも愚痴を聞きます」
ニコッと今度は爽やかな笑みを向けられ、コロコロ変わる表情につい笑顔が零れる。
「ふふっ、ありがとう。頑張ってくるから、終わったらセドリックが淹れる紅茶が飲みたい」
「かしこまりました。とびきり美味しい紅茶を淹れて待ってます」
「じゃあ、行ってくるね」
「はい、行ってらっしゃいませ」
セドリックに見送られ、殿下が待つ応接室へと向かう。
扉の前に立ち、深呼吸を一つ。
「―――大丈夫、まだ誰も失ってない」




