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二週目は誰も失いたくないので、婚約破棄を目指します。  作者: もち


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 声を失って数日が経った。失った経緯とここ最近の記憶が所々抜けていたので、セドリック様に教えてもらった。

 次期皇帝が二人になり、どちらと結婚するのか選ぶために皇城で暮らすようになったこと。僕が目覚めた部屋は第一皇子アレク様の部屋だったこと。


『どうしてアレク様の部屋で寝ていたのですか?』


 筆談でセドリック様に尋ねる。


「ちょっとした出来事がありまして、シリル様が使われていたお部屋がしばらく使えなくなってしまったんです」

『そうなんですね……仕方ないことなんでしょうけど、皇子様の部屋を借り続けるのはいけませんね』

「では、私の方から陛下たちにお伝えしておきます」

『お気遣いありがとうございます。でも僕のことなので、自分で言います』

「かしこまりました」


 それで陛下たちに元の部屋に戻りたいと伝えたんだけど……。


「あそこはまだ使える状態ではないからな……まだしばらくはアレクの部屋を使いなさい」

『でもアレク皇子に申し訳ないです。今アレク皇子が使われている部屋を僕が使うので、あのお部屋はアレク皇子様にお返しします』

「気にしなくていい。アレクが部屋はシリルへのプレゼントだと言っていたからな。ところでシリルよ」

『はい』

「……どうしてアレクをそんな風に呼ぶのだ?」


 間違った敬称はつけてないはずだけど、まだ正式なご挨拶もしていない身で馴れ馴れしかったかな。


『申し訳ありません。正式なご挨拶も済ませていないのに、お名前を呼ぶなんて失礼でしたよね』

「違う……そうではないんだ」

「?」

「アレク様と呼んでいただろう。喧嘩でもしたのか?」

『喧嘩なんてたいそうなこと……まだ会ってもないのにできませんよ』

「しかし……」

「父上」


 突然後ろから声がして後ろを振り返ると、陛下たちによく似た方が立っていた。太陽の光を浴びた金色の髪がきらきら輝いて眩しい。

 あの方は確か……アレク皇子。

 ご挨拶申し上げようと急いで紙に書き起こそうとすると、アレク皇子に止められる。


「挨拶しなくていい。慣れない筆談に疲れただろう」


 優しい微笑みに心臓が少しだけ締め付けられる。

 この痛みは一体……。


「父上、シリルは先日の事故で記憶がまだ混乱しているのです」

「それはセドリックから聞いていたが……」

「ならばあまり聞かない方がよろしいのでは?声を出せない上に忘れてしまったことを尋ねすぎては、シリルの負担になります」

「……そうだったな。シリルよすまなかった」


 陛下に謝られ、返事をしようと文字を紙に書き起こそうとすると。


「書かなくていい。慣れないことに負担をかけて悪かった」

「……」


 謝られてはもう何も書けない。言われたとおり紙には書き起こさず、首をゆっくり縦に振る。


「父上、もう話は終わりでもよろしいですか?」

「ああ、終わりで良い」

「では」


 隣に立っていたアレク皇子は跪くと、恐る恐ると言った様子で僕に尋ねる。


「シリル様、御手に触れても良いでしょうか?」


 こくりと頷くと、アレク皇子は心底嬉しそうな笑みを浮かべる。その笑顔に胸がまた痛む。痛みを逃すために、持っている筆談用の道具を強く握りしめる。


「ありがとうございます」


 手汗かいてないよね?初めて笑顔を見たからだろうか。このお方の前に立つのは、どうしてか酷く緊張してしまう。


「初めましてシリル様。俺の名はアレク。以後、お見知り置きを」


 ”初めまして”僕も挨拶を交わしたいのに、手を取られているので書くことができない。

 声が出ないことがこんなにも、もどかしいことだったなんて……。

 それでもなんでもいいから伝えたくて、アレク皇子の目を見つめながらゆっくり口を動かす。


『は・じ・め・ま・し・て。シ・リ・ル・で・す』

「ありがとう。シリル様と挨拶を交わせてとても嬉しいです」

『ぼ・く・も』

「ふっ」


 皇子様然とした笑みとは違う、年相応の少年の笑みを浮かべるアレク皇子。その笑顔につい、見惚れてしまう。


「シリル様、今度お時間がある時に俺とお茶会をしませんか?お互いを知るための」


 アレク皇子のことはよく知らないから、お誘いはとてもありがたい。どうしてか、この人のことをもっとよく知りたいと思ったから。


『ぜひ』


 首を縦に振って答える。声が出ないと分かっているのに、口は自然と言葉を紡ごうとしていた。


「ありがとう。では準備が整い次招待するから、楽しみにしてくれると嬉しい」


 不意に、胸の内に温かいものが広がる。でも同時に奥底にちくりとした痛みも感じた。


「俺は父上に話があるのでここに残ります。シリル様、またお会いしましょう」


 アレク皇子はそう言うと、僕の手の甲に軽くキスを落とす。惚けてしまいそうになるほどの美しい所作に、まだここにいたいと思ってしまう。だけど次の約束を思い出し、後ろ髪を引かれながら王の間を後にする。


「お疲れ様です。シリル様」


 部屋から出て少し歩いたところで、セドリック様に話しかけられる。持っていた紙にペンを走らせ問いかける。


『どうしてここに?約束の時間までもう少しありますよね』

「待ちきれなくてお迎えに上がりました」


 僕の問いかけに、セドリック様は微笑みながら答えてくれる。


『ありがとうございます』

「さぁ、参りましょう」


 腕を差し出され少し躊躇う。差し出された腕を取るのがマナーだけど、片手が塞がってしまっては会話ができない。移動の間だけだろうから、少しの間片手が塞がっても問題ないだろうけど……。さすがに一言も話さないのは気になってしまうし……。

 どうしようか悩んでいると。


「ああ、大変失礼しました。これはシリル様と会話ができなくなってしまいますね」


 セドリック様はそう言うと、腕を引っ込めてしまう。気を使わせてしまった。


「では今度こそ、参りましょう」


 こくりと頷き、セドリック様の隣を歩く。


「そういえばシリル様、第一皇子の印象はどうでした?」

『どうして急に?』

「第一皇子が王の間に入るのを見たので、シリル様もお会いになられたと思いまして。一応私と第一皇子は競う関係なので、シリル様が抱いた印象が気になるんです」

『なるほど……』


 触れられた手の甲を無意識に撫でながら、先ほどの出来事を思い出す。

 そしてペンを握り直し、抱いた印象を正直に書き綴る。


『親切な方でした』

「なるほど、それだけですか」


 セドリック様は僕の答えを見ると満足げに笑った。

 でも、僕が抱いた印象はそれだけじゃなかった。初めて向けられたあの笑顔を思い出す。

 ペンを持ち直し、続きの言葉を書き加える。



『とても素敵な方ですね』

「へぇ……素敵、ですか」


 僕の答えが気に入らなかったのか、セドリック様から笑顔が静かに消えた。


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