33 sideアレク
目の前がぐらぐらする。奇跡的に回復したのに、気持ち悪さに今にも吐きそうだ。
シリルが俺のことを忘れた?そんなこと信じたくない。不甲斐ない俺に怒って、忘れているふりをしていたと言ってくれ。頼むから、早く悪い冗談だと教えてくれ。
「シリル……」
気づけば俺はシリルの腕に縋り付いていた。
「嘘だよな?悪い冗談だろ?シリルを守れなかった不甲斐ない俺に怒っているんだろ?申し訳なかった、次は必ず守る。だから……だから、悪い冗談だと言ってくれ……!」
「……」
シリルが話せなくなったことも忘れ、俺は問い詰め続ける。だがいくら問いかけてもシリルは返事をしてくれない。困惑した表情を浮かべるだけ。
その現実に心が壊れそうになる。
「俺が悪かった!シリルが嫌だと思っていることがあったのなら直す!もう二度と傷付けないから、頼むから冗談だと言ってくれ……声を、聴かせてくれ……!」
いくら懇願しても欲しい返事は返ってこない。「アレク様」と名前すら呼んでもらえない。嫌だ、嫌だ、嫌だ、シリルに忘れられたなんて、そんな夢みたいな話を信じたくない。
「何をされているんですか、第一皇子」
「っ!」
後ろから声が聞こえた瞬間、シリルの顔が先ほどと打って変わり喜びに溢れたものになる。
「お前……」
シリルの目線の先を追うと、セドリックが立っていた。
「朝から乱暴なんてみっともないですよ」
「黙れ」
「その手を離してください」
「黙れ!」
神経を逆撫でされた気分になり、思わず大きな声で叫んでしまった。
「おやめ下さい。シリル様が怖がっているではありませんか」
「……は?」
セドリックに向けていた視線をシリルに戻す。目の前には、怯えたシリルが俺から必死に目を逸らしている姿があった。
ああ、これは悪い夢だ……。
あまりのショックに手の力が抜ける。シリルは怯えつつも躊躇いなく俺から逃げ、あいつの元へと向かう。
「シリル様お怪我はありませんか?」
「……」
「良かったです。それにしても怖かったですね、急に見知らぬ男に襲われて」
持っていた紙とペンで筆談する二人。仲睦まじく会話をする姿は、まるで絵画を見ている気分のようだ。シリルに背中を向けられた俺に、二人の会話を知る術はない。
ああ……いやだ……やめてくれ……その笑顔は俺のものだ……。いやだ……シリル……頼むから俺を見てくれ……俺のそばで笑顔を見せてくれ……!
強く願えば願うほど、現実は俺の願いを叶えてくれない。
「色々あってお疲れですよねシリル様。ゆっくり休める場所に移動しましょう」
シリルはこくりと頷くと、セドリックに手を取られ部屋から出て行った。一人残された俺は立ち尽くしたまま一歩も動けなくなる。忘れられていた事と、シリルの怯えた目が俺の足を動かなくさせる。
頭はちゃんと庇ったつもりだったけど、守り切れていなかったから忘れてしまったんだろうか。俺がもっとしっかりしていれば……それ以前にしっかり地盤の調査をしていれば……。
「浮かれすぎていた……」
シリルと過ごせることが嬉しすぎて、楽観的に考えすぎていた。もっと準備していれば。
「落ち込んでいる場合ですか?」
声がした方を向くと、小さい子供が扉にもたれていた。あの子は確かシリルの親戚の……。
「ノエル?」
「なにをぐずぐずしているんですか。早くシリルお兄ちゃんを追いかけてください」
「だが……」
「情けない人ですね。忘れられたぐらいでうじうじするなんて。はぁ……お兄ちゃんはこんな人のどこがいいんだか」
可愛らしい容姿とは真逆の辛辣な口調。大人しい見た目と反し、意志が強いシリルによく似ている。
ノエルのあまりの勢いに、ついこちらが押されてします。
「聞いているんですか?」
呆気に取られている俺に痺れを切らしたのか、苛立った様子で俺に近づいてきた。
「忘れられたぐらいで弱気にならないでください。早く追いかけてお兄ちゃんをセドリックの魔の手から助けてください」
「魔の手って……いや、あいつが腹立たしいのは分かるが」
「分かっているなら早く行動してください」
「しかし……」
「もう!なんで悩む必要があるんですか。あなたがそんなんだから何度もあの悪魔にメチャクチャに……あ」
ノエル君は慌てて口を押さえる。まずいと言わんばかりの顔。
「悪魔?」
「……」
「悪魔ってどう言う意味だ」
「……」
「ノエル」
言ってはいけないことだったんだろう。ノエルは口を手で覆って俯いて固まったまま。だが気遣っていられない。跪いてノエルの肩を掴み問いかける。
「ノエル、教えてくれ。あの悪魔とはどう言う意味だ?シリルが俺のことを忘れたことと関係があるのか?」
「悪魔ってなんですか……そんな御伽話あるわけ」
「ノエル」
俺が名前を呼ぶと、ノエルはぎゅっと手を強く握りしめているのが分かる。必死に隠そうとしているのが伝わってくる。
「ごめんなさい……」
さっきまでの強気な様子と変わり、今は親に怒られて泣きそうになっている子のようだ。
シリルによく似た顔だからだろうか。今にも泣きそうな顔をされたら、これ以上なにも聞けなくなる。
「分かった。もうなにも聞かない」
「……」
「だからもう、そんな顔はするな」
頭を撫でると、ノエルの顔が少しだけ緩む。
「……アレク様」
「ん?俺の名前を知ってたのか」
「……お兄ちゃんが何度も呼んでいたから」
「そうか……また、呼んでくれるといいんだが」
「アレク様の頑張り次第です」
「ははっ、そうだな。頑張るしかないな」
「忘れられたのなら、はじめましてからまたやればいいだけです」
「……それでも、また好きになってもらえるだろうか」
最初の頃のシリルは俺のことを怖がっていた。好意を持たれるまでかなりの時間をかけた。そんな俺がまたシリルに好きになってもらえるんだろうか。
「またうじうじして……!お兄ちゃんは一度好きになった人を忘れたぐらいで嫌いになりません!ああ見えて結構一途ですよ」
「一途……なのか?」
「はい。一途ですよ。入り込む隙がないくらいに」
「そうか」
ノエルの手を取り部屋から出る。さっきまで動かなかった足は今は軽い。
不思議な子だ。この子が側にいるだけで、絶望的な状況でも頑張ろうと思える。
「ありがとうノエル」
「……僕へのお礼はお兄ちゃんを助けてから言ってください」
「ああ、その時はまた改めて言おう」




