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「悪魔……?そんなの信じられるわけ……」
「最初はそうですよね。では、これなら」
パチン。
セドリック様が指を鳴らした瞬間、景色が変わりそこは。
「……っ、アレク様」
ベッドで横たわるアレク様。痛みも忘れて縋るように側に寄り、眠る顔を見つめる。
綺麗だった肌は擦り傷とガーゼに覆われ、布団から出ている腕も包帯が巻かれて痛々しい。呼吸も弱く、彼の命が今にも消えかかっているのだと思い知らされる。
「あっ……ああっ……ごめんなさい……ごめんなさい……」
懺悔の言葉なんていくら吐いても意味がない。僕の言葉で傷が治るわけでも、アレク様が目を覚ましてくれる訳でもない。
ああ……こんなことになるなら、つまらない意地なんて捨てて悩みを打ち開ければ良かった。僕の気持ちも正直に話していれば良かった。
たらればばかり浮かぶが、現実は何も変わらない。
「アレク様……」
手を重ねてみるが、握り返してくれる様子はない。
「信じてくれましたか?」
「夢じゃ……」
「現実を受け止めてください。これはシリル様が選んで迎えた結末です」
「……っ、ううっ」
声にならない嗚咽が部屋に響く。
泣いたところで、苦しんだところで、アレク様が目覚める訳じゃない。
「お分かりですね?」
「……」
「契約しますか?」
契約……僕の記憶と愛する感情を差し出せば……アレク様が……。
「まだ、信じれませんか?」
「……」
「では、前払いで意識を少しだけ回復させましょう」
パチン。
セドリック様がまた指を鳴らす。
「っ!」
アレク様に重ねていた手を握り返される。さっきまで生気を感じられなかったのに、温もりが手を通じて伝わってくる。でも、意識が戻る気配はない。
セドリック様、本当に……人間じゃないんだ。
「お試しは以上です。契約さえしていただければ、すぐに全快させれます」
「……わ、かり、ました」
ここまでされたら信じるしかない。もうこれしかない、アレク様を救うには悪魔と契約するしかない。
「契約します……」
「では早速―――」
「ま、って……ください……」
深呼吸をして震える身体を宥める。
「……追加でもう一つ、お願いがあります」
「追加、ですか」
「記憶も感情も差し上げます。追加で必要なら何でも差し上げます。だから……」
何を取られても構わない。これ以上、アレク様が傷つくくらいなら……僕は何もいらない。
「もう二度とアレク様を危険な目に合わせないでください」
「……それほどですか」
「……」
「では、追加で声をいただきましょう。シリル様の声を聞けなくなるのは残念ですが、意思疎通が図れなければ、関係を育むことなんてできませんから」
「……分かりました」
これでいい。僕の犠牲でアレク様を救えるなら安いもの。苦しいけど、アレク様がいない未来に比べればずっといい。
「契約成立です」
「っ!」
パチン。
セドリック様が指を鳴らした瞬間、部屋は暗闇に包まれる。
なにも見えない暗闇の中、重ねたままの手を思わず強く握ると。
「……シ……リ、ル?」
「……あ……っ……ぁ」
手を握り返され、アレク様が僕の名を呼ぶ声が聞こえた。
それに答えようと声を出そうとしたが、唇が動くだけで上手く出てこない。もう、契約成立したんだ……。
それでも、最後に声を振り絞って言葉を繋ぐ。もう言えなくなるから、最後に伝えたい。
「っ、はい……アレク様……ずっと、ずっと……」
なんとか名前は呼ぶことはできた。でも、一番伝えたい言葉だけが出てこない。出そうとすると唇が震えて止まらない。
『大好きです』
たった一言の想いを告げることは叶わず。僕の意識はそこで途切れた。
*
長い長い眠りから覚める。見知らぬ場所、ここは一体どこだろう。
なぜか痛む身体を起こし辺りを見渡す。朝日に目が眩みそうになる。
僕の部屋じゃない……。ここは僕の部屋より広く、使われている調度品もまるで皇族の方が使うような……。もし皇城だとしたら、なぜ僕は城にいるんだろう?
ぼんやりする頭を抱えながら部屋を散策していると、扉を激しく叩く音が響く。
大きな音に驚いたが、僕がここにいる理由が分かるかもしれない。そう思い恐る恐る扉を開ける。
「シリル!」
扉を叩いていた人は僕の名前を呼ぶと、いきなり抱きついてきた。
「良かった……生きてた……」
肩を振るわせながらその人は僕に語りかけるが、何の話をしているのか分からない。でも、本気で心配してくれているみたいだから、悪い人ではなさそうだ。
この人なら僕がここにいる理由を知っているかもしれない。そう思い口を開く。
「っ、っ……っ?」
言葉が出てこない。喉に力を入れても、話し方を忘れてしまったかのように、一言も出てこない。
「シリルなぜ何も話してくれないんだ……シリル?」
何も言わない僕に違和感を感じたのか、見知らぬ人は腕の力を緩め僕の顔を覗き込んできた。
「……シリル?」
「……」
声を出そうとしてもやっぱり出てこない。口をパクパクさせるだけだ。
「もしかして……話せなくなったのか?」
「……」
やっぱりそうなんだ。いくら頑張っても言葉が出てこないのはそう言うことなんだ。
こくり、と首を縦に振って意思を示す。
「そ、んな……」
僕の返答を知ると、見知らぬ人はまるで世界の終わりのような顔をする。
どうしてそんな顔をするんだろう?僕とあなたは初対面のはずなのに……。
あ、そうだ名前を聞いたら思い出すかな。
紙とペンを探しに一旦部屋に戻る。勝手がわからないから探し出すのは難しいと思っていたが、ちょうどテーブルの上にあった。ペンを手に取り、聞きたいことを書き出す。
「シリル?」
『あなたは誰ですか?』
「…………は?」
僕の問いかけに、見知らぬ人の顔が見る見るうちに青ざめていく。
「冗談……だよな?」
「……」
「俺が守れなかったから怒っているんだよな……?」
話せないのでもう一度、紙に言葉を綴る。
『申し訳ありません。あなたのことが分からないのです。なのでお名前を教えてください』
「……アレク、だ……本当に覚えていないのか?」
首を横に振ると、アレクさんはとても悲しそうな顔をして黙り込んでしまった。それほど親しい間柄だったのだろうか。
なのに僕はアレクさんの悲しむ顔を見ても、何も思い出せない。
『アレクさん、初めまして。ごめんなさい、どなたかと間違われているかもしれません』




