30
何が起きたのか、気づけば身体が痛くて堪らない。再び気絶してしまいたくなるほどの痛みを堪えながら、重い瞼を開ける。
薄暗い空間、湿った土の匂いが充満している。
アレク様と馬車に乗って……森に向かって……気まづくなって……。
気絶する前にあったことを少しずつ思い出す。
馬車が揺れて……それで、それで……っ!
「アレ、ク様……アレク様……」
力を振り絞り声を出す。馬車が落ち、浮遊感を感じた瞬間、アレク様は僕を抱きしめてくれた。あれは僕を庇うための行動だ。
馬車に起きた異変に気づいたアレク様が僕を庇ったのなら、きっと酷い怪我をしている。声が聞こえないからきっと気絶している。
「アレク様……!」
身体に覆いかぶさっていたものに触れると、人の柔らかさと僅かに温もりがあった。状況からアレク様だと悟り、必死に呼びかける。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、目を覚まして、お願い、失いたくない。もう誰かを失う思いはしたくない。アレク様!
「……っ、アレク様!」
「うっ……シ……リル……ぶ……じ、か……?」
「僕は何とか……アレク様、辛いなら喋らないでください」
「よ……かっ……た……」
アレク様は僕を庇ったせいで酷い怪我を……。
早くこの状況をなんとかしないといけない。だけどどうやって……。僕の身体も動ける状態じゃない。アレク様より意識がはっきりしているだけで、さっきから少しでも動くと激痛が走って意識が飛びそうだ。
だからと言って気絶はできない。アレク様の方が辛いんだから、僕がしっかりしないと……。
「いっ……うっ……くっ……」
痛みを堪えながらまずはアレク様を僕の上から降ろそうとするが、力のない僕は動かすことすらできない。
もっと鍛えておけば良かった。剣の稽古だって無理言ってもっと時間を取って貰えば良かった。
「ど……して……」
どうして僕はいつも後悔してから気づくんだろう。一週目も今も、失いかけてからああしておけば、こうしておけばと遅すぎる。
ごめんなさい。僕じゃなければみんな……。
暗い気持ちに飲み込まれていると、一筋の光が僕に刺してきた。その光は徐々に大きくなり、大きな穴が空いた。
「っ!いたぞ!アレク様!シリル様!」
「とっ……お兄ちゃん!」
いるはずのないノエル君。言いかけた言葉を飲み込んで、小さな穴の中に飛び込んできた。
「ごめんなさい……!ぼくが、ちゃんと……」
どうして謝るの?
「ぼくがっ……ぼくが……」
「ノエル様、あとは皇室騎士団が対応するので離れましょう。ここは危険です」
「ううっ、ぐすっ、ごめんなさい……」
お願い。謝らないで、泣かないで。君に泣かれるのはこの体の痛みよりも辛い。
「の……え…………」
伸ばしたと思った腕はだらりと力なく落ちたまま。涙を拭ってあげることもできず、僕の意識はここ途切れた。
*
いつもの天井。痛みと熱を帯びた身体。
「っ、いきてる……」
痛みを堪えながら身体を起こす。喉もカラカラに乾いて、どのくらい眠っていたんだろう。
いや、そんなことどうでもいい。今はアレク様の容態が知りたい。僕より重症なはずだから早く確かめに……。
もし最悪の事態だったら?
「そんな、こと……あるはず……ない」
もう一人の自分が見せる悪夢を否定するために、唇を噛みながら呟く。
大丈夫、少しだけど意識はあった。助けもすぐにきてくれた。だから……きっと大丈夫。目が覚めたらまた笑いかけてくれる。
足を引き摺りながら扉へと向かう。
うまく動かせない腕では重たい扉を開けられないので、身体を使って開ける。
扉に肩を預けるだけで傷口が軋み、思わず息が漏れる。
「っ、も……すこし……っ!」
泣き叫びたくなるほどの痛みに襲われながら、少しずつ重たい扉を開けていく。
「……っ、開いた」
「シリル様!」
扉を開けると、ちょうど部屋に入ろうとしたクロードと鉢合わせた。
「く、ろーど……よかっ……た。おね、がい……」
「なんで動いてるんすか!安静にしてなきゃ、てかなんで動いて……」
「や……め……」
心配した抱き抱えられそうになったので止める。お願い止めないで、部屋に戻さないで、アレク様の元まで連れて行って。
そう伝えたいのに、乾いた喉では言葉が一つも出てこない。
「……シリル様、とても痛いのは分かります。だけど今はベッドに戻るために触れることを許してください」
「……」
違う。痛みなんてどうでもいい。これぐらい我慢できる。
だって僕はこんな痛みよりも、誰かを失うことの方がずっと痛くて嫌だ。
首を振って否定したいけど、うまく動かせない。
「シリル様、部屋に戻りますよ。大丈夫です、安静にしていれば痛みはいつか消えるっすよ」
「……」
違う、違うんだクロード、僕はただ安否が知りたいだけ。だからお願い、僕をアレク様の元に連れて行って。
言いたいのに言葉は全くでてこない。むしろどんどん僕から失なわれて、消えていく感覚が……。
「今はゆっくり休みましょうシリル様」
僕を労わる言葉はいらない。
今はアレク様が無事かどうか、ただその言葉が欲しい。




