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「えっ……」
「驚いた顔をしてどうしたの?シリルお兄ちゃん」
突然目の前に現れた薄い金髪の男の子は、僕を心配そうに見つめている。蹲っている僕と目線を合わせて。
「なんで……僕の名前」
初めて会うはずなのに、どうして僕の名前を知っているんだろう?こんなに小さい子の知り合いはいないはずだけど……。
「なんで?それって大事なことなの?」
「大事って言うか……ここは限られた人しか入れない場所だから……」」
この庭は限られた人しか入れない場所。その上今は、セドリック様が人払いしている時間。小さい子でも見つかってしまったら、親に何かしらの罰はあるかもしれない。たとえ迷子でも、警備の厳しい皇城では怪しまれてしまう。
そんな僕の心配なんて知らないと言うように、男の子は気の抜けた返事をする。
「ふーん」
「ふーんって……出口まで案内してあげるから、一緒に行こう」
色々と気になるけど、小さい子一人をここには置いて行けない。せめて警備の人に怪しまれないよう、僕の身内に見えるようにした方がいいかも。この子も悪気があってここにきたわけじゃないだろうし。
立ち上がって、しゃがんでいる男の子に手を差し出す。
「いく!」
男の子は元気に返事をすると、差し出した僕の手を嬉しそうに握り返してくれた。その様子が可愛くて、沈んでいた気持ちが少し軽くなる。
「ふふっ、いい子だね」
「えへへ」
にこにこ可愛い笑顔を浮かべる男の子。手を繋いで並んで歩き出す。歩幅を男の子に合わせて。
「君の名前は?」
「ぼくの名前はノエルだよ」
「ノエル君ね。ノエル君はどうしてここに?」
「んーシリルお兄ちゃんが泣いていると思って」
「えっ……?」
「お兄ちゃんが一人で泣いているのは嫌だなって思ったの。だから探して歩いてたらお兄ちゃんがいたの」
不思議な子だな。名前を知っていたことも気になるけど、僕が泣いていることも分かったなんて。
「そっか……」
「お兄ちゃん元気になった?」
澄んだ水のようにきれいな瞳に見つめられる。
「うん……ノエル君が来てくれたから元気になったよ」
「よかったぁ」
「あ、そういえばノエルくんのご両親の名前は」
「えっとね、お兄ちゃんと一緒だよ」
「僕と一緒?それってどういう……」
「はぁ、はぁ、ノエル君!」
聞き返そうとすると、ノエルくんを大きな声がよんだ。それは聞き覚えのある、安心する声で。驚いて振り返ると。
「あっ、おじ様」
「お父様!?」
「はぁ、はぁ、良かった……見つかった……」
息を切らしながらこちらに近づいてくるお父様。
僕に会いに皇城に来ると聞いていたけど、どうしてお父様がノエル君を知っているの?それにノエル君はお父様のことをおじ様って。
聞きたいことがたくさん溢れてくるが、今はお父様の息が整うのを待つ。
「はぁー……見つかって本当に良かったよノエル君……」
ようやく落ち着いたお父様は伏せていた顔を上げる。すると、とても驚いた顔で僕のことを見つめる。
「あれ……シリル?どうしてノエル君と一緒にいるんだい?」
泣いて蹲っている所にノエル君が声をかけてくれたから。なんて素直には流石に言えない。
言えば心配をかけてしまうかもしれない。
どう言おうか悩んでいると、ノエル君が先に口を開いた。
「シリルお兄ちゃんは迷子になったぼくを助けてくれたんです」
「そうなのかいシリル」
「えっ、あっ、はい、庭園を歩いていたらノエル君を見つけたんです。誰かに見つかったら問題になると思い一緒にいました」
「ああ、そうだったんだね。ありがとうシリル」
心底ほっとした笑みを浮かべるお父様。その顔に僕も安心する。でも、どうしてノエル君を探していたんだろう?
「ところでお父様、どうしてノエル君を探していたのですか?」
「シリルに紹介するために連れてきたんだ。この子は私の弟の子でね。シリルにとっては従兄弟になるね」
「従兄弟……」
一周目では僕に従兄弟はいなかった。お父様たちが亡くなった後、僕の後見人に叔父様が着いた。だけど息子がいるなんて話、一周目で叔父様から聞かなかった。
「それで、詳しいことはまだ言えないんだけど。ノエル君を公爵家で引き取ることにしたんだよ」
「引き取る?と言うことは……」
「義理の弟になるね」
「弟!?」
「シリルお兄ちゃん、抱っこ」
驚く僕とは対照に、ノエル君は手を上に伸ばしてねだってくる。
「抱っこー」
ノエル君がぐずり始めたので、恐る恐る抱きかかえる。小さい子を抱っこしたことなんてないけど、これで合ってるのかな?
「えー……弟って……」
「ぼくが弟になるのいやなの?」
急な展開に戸惑っていると、ノエル君が悲しそうな顔で僕に聞いてきた。
「嫌じゃないよ!急なことでびっくりしただけだよ」
「よかったぁ」
慌てて否定すると、ノエル君は嬉しそうににこにこと笑顔を浮かべた。
「ふふ、ノエル君がシリルを気に入ってくれて良かったよ」
「そうですね」
どうして初対面の子にここまで懐かれているのかは分からない。でも、これから兄弟になるなら好かれて悪いことはない。
「僕は公爵家にまだ帰れないから、毎日会えないけど、これからよろしくねノエル君」
「……おじ様」
「なんだいノエル君?」
「ぼく、ここでシリルお兄ちゃんと一緒にいたい」
思いもよらない発言に、僕とお父様は身体が強張る。
そんな僕たちのことなど気にならないノエル君は、僕にぎゅっと抱きついてくる。
「そ、それはできないよ。ここは国で一番偉い人たちが暮らす場所で、私たちの立場ではここに入ることすら本来は難しいんだよ」
「どうして?シリルお兄ちゃんはここで暮らしてるのに」
「シリルは特別な許可があってここで暮らしているんだ。一年我慢すればシリルはまた公爵家で暮らすようになるから……」
「やだ!シリルお兄ちゃんと一緒にいる!」
「ノエル君、お父様を困らせたらダメだよ……」
「やだ!」
「君のお願いはなるべく聞いてあげたいけど流石にそれは私にはどうしようも……」
「別にいいんじゃないか?」
突然聞こえてきた声に反応して振り返ると、アレク様が茂みの隙間から現れた。
「アレク様!」
「ご機嫌麗しゅうございます。皇太子殿下」
深々と頭を下げるお父様にならい、ノエル君を落とさないよう気をつけながら僕も頭を下げる。
「堅苦しい挨拶はいい。顔を上げてくれ」
「はい、お気遣いありがとうございます」
「久しぶりだな公爵。悪いな急に話に割り込んで」
「いえ、とんでもございません。ところで先ほどのお言葉は……」
「ああ、俺から陛下にその子がここで暮らせるよう話をしよう。陛下たちはシリルに甘いからな。シリルが一緒に暮らしたがっているとでも言えば、簡単に許可が出るだろう」
「しかし……」
いくら陛下たちが僕に甘いとは言え、身内のワガママを通すことは良くない。ただでさえ今は第一皇子派と第二皇子派で別れ、緊張状態が続いている。
これ以上公爵家への特別待遇は、他の貴族たちからの反発があるかもしれない。
お父様はそれを懸念して返事に困っているんだろう。
「他の貴族など気にするな。小さな子供のささやかな願いすら許容できない、器の小さい者など……皇国に必要ない」
「……っ」
感じたことのないアレク様の圧に、無意識にノエル君を抱きしめる力が強くなってしまう。
僕だけに聞こえる大きさで、ノエル君は僕の耳元に話しかけてくる。
「シリルお兄ちゃん」
「あっ、ごめんね。痛かった?」
「ううん、痛くないよ。怖いの?」
「……怖くないよ」
「ほんとうに?」
「……大丈夫、僕は平気だよ」
「んー……嘘はダメだよ。お兄ちゃん」
ノエル君は僕を見つめてそう言うと、じっとアレク様を見つめ始める。
急にどうしたんだろうと思いノエル君を見ていると。
「公爵、ここでは落ち着いて話せないだろう。客間を用意させるから、そこでゆっくり話そう」
「かしこまりました」
「では僕たちもーーー」
「シリルたちは部屋でゆっくりしていてくれ」
「えっ?」
「話は私と殿下だけでするから、シリルはノエル君の相手を頼む」
「で、でも」
「行くぞ公爵」
「はい」
引き止めようとする僕の声は届かず、お父様とアレク様は立ち去ってしまう。
「お兄ちゃん、怖いのなくなったよ」
「……」
「お兄ちゃん?」
無邪気な瞳が僕を不思議そうに見つめる。僕を知っていたことや、タイミングよく現れたことと去っていったお父様たち。
この子は一体……。




