23
翌朝、アレク様と手を繋いだまま目を覚ます。アレク様は椅子に座ったまま眠っている。上体を起こしアレク様の寝顔を見つめる。
婚前で一緒にベッドでは眠れないため、座ったままの体勢になってしまった。僕が目を覚ます時には自室に戻っていると思ってたけど、ずっと側にいてくれたんだ……。
嬉しい目覚めに胸がじんわり暖かくなっていく。
「んっ……」
「おはようございます」
「ああ……おはよう……すまない、つい寝てしまった」
「謝るのは僕の方です。離さなかったせいでお部屋に戻れなかったんですから」
「あー……いや、それは……」
僕から目を逸らして言いにくそうに口ごもるアレク様。気になって聞き返す。
「それは?」
「……俺があと少しと長引かせてしまったせいだ。だから気にすることじゃない」
「そう、だったんですね」
「ああ」
甘い言葉でもなんでもないのに、どうしてか顔に熱が集まる。
少しでも熱を冷ますために違う話題を振る。
「あの、そういえば昨夜はどうして僕が起きてるって分かったんですか?」
「ん?ああ、昨夜のことか」
昨夜のことを思い出し、気になった事を尋ねる。
あの時、僕は返事をしなかったのに、アレク様は部屋に入って助けに来てくれた。物音も立てれなかったのに、どうして深夜に僕が起きているって分かったんだろう。
「簡単なことだ。部屋の明かりが漏れていたから」
「明かりですか?」
「ああ、シリルは眠る時必ず明かりを消すだろ。それに昨日は初日だったから、明かりをつけたまま深夜にどこか行くとは考えにくい。だから返事が出来ない理由があるのでは、と」
「消し忘れている可能性は?」
「あったが……あの時は胸騒ぎと妙な気配があったから」
「妙な気配?」
アレク様が感じた気配ってなんだろう。部屋には僕とセドリック様しか居なかったはずだけど。
「……上手く言えないんだが、あれは良くない気配だった。放っておいてはいずれ、よくない未来が来るような……曖昧な答えですまない」
「いえ、アレク様が謝ることじゃないです。僕は気づけなかったので」
「そうか。だが、あいつとはなるべく二人きりならない方がいい」
あいつ、多分セドリック様のことなんだろうけど、どうして二人きりになったらいけないんだろう。
「どうしてですか?」
「妙な気配はあいつから感じたからな。何を狙っているのかは知らないが、警戒するに越したことはない」
***
午前中にやることを終えしまい、午後から何をしようか悩む。
剣の稽古はやり過ぎてはいけないと言われたし、王配教育もしばらくない。皇城を知るにしても、一周目の記憶があるから改めて知る必要はない。
陛下たちからはここでの生活に慣れるため、しばらく自由に過ごせと言われてしまった。
「暇だなぁ……」
「暇ならセドリック様のとこでも行きませんか?」
ぼんやり歩きながら呟くと、近くにいたクロードが提案してきた。
昨夜の事と今朝のアレク様の言葉が引っかかってるから、あまりセドリック様には会いたくない。とは言え、次期皇帝こともあるから避け続けることは出来ないし……。
どう答えようか悩んでいると。
「シリル様!」
「ユリウス様?」
「助けてください……仕事が……仕事が……」
「だ、大丈夫ですか?」
ボロボロのユリウス様が現れた。ユリウス様がたった一日でここまでやつれてどうしたんだろう。仕事って言ってるけど、そんなに多忙なのかな?
「私は……もう、ダメです……シリル様……私の代わりに……」
「わ、分かりました!僕がユリウス様の代わりに手伝ってくるので、ゆっくり休んでください」
「しかし……」
「クロード、ユリウス様を部屋に連れて行ってくれる?」
「……」
嫌そうな顔をするクロード。クロードはセドリック様派だから嫌なんだろうけど、こんなにもやつれている人を放ってはおけない。
「クロード」
強い口調で名前を呼ぶと、クロードは渋々頷いてくれた。
「分かりました……でも、俺がこの人を連れて行ったらシリル様一人になりますけど、皇子殿下の所へ行けるんすか?」
「確かに……シリル様はアレク様の執務室にはまだ行ったことないですよね。私が案内を……」
「一人で大丈夫。じゃっ、よろしくね」
「シリル様!」
呼び止める声を振り払い、アレク様の元へと向かう。執務室へは一周目で何度か行ったことがある。道順も覚えているから問題ない。
少しだけ急ぎ足で進み、アレク様の執務室の前に着いた。深呼吸を一つし、扉をノックする。
「アレク様、ユリウス様から事情を聞いて手伝いに来ました」
「シ、シリル!?」
声をかけると、部屋から書類が崩れる音がした。アレク様の声はしたけど、もしかしてあまりの疲れに倒れてしまった?それなら緊急事態だ。もし頭をぶつけてたら……。
最悪を想像してしまい身体が冷えていく。アレク様の身が心配になり、扉を開けて中に入る。
「失礼します!アレク様、今すごい音がしましたけど大丈夫、で、す……か?」
「痛ったた……」
床に散らばる書類の上に座り込むアレク様。何があったんだろう?
アレク様に近づき、起こすために手を差し出す。
「あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫……と言いたいところだが、そうは見えないよな」
差し出した手を握り返され、アレク様を引き寄せて起き上がらせる。
「……見えないですね。なにかあったのですか?」
「シリルが来ると思ってなかったから驚いたんだ」
「僕が来たのが意外だったのですか?」
「ああ」
しゃがみこんで床に散らばる書類を拾い始めるアレク様。僕も同じようにしゃがんで書類を拾う。
「アレク様」
「なんだ」
「どうして意外だったんですか?」
「…………シリルから俺に会いに来るなんて思ってなかった」
ふと、アレク様の方を見る。顔は伏せられて見えないけど、髪の隙間から見える耳が真っ赤に染まっていた。
「僕が会いに来たことがそんなに驚くことだったんですか?」
「ああ……俺から会いに行くことが多かったからな。でも」
「でも?」
「今じゃなくていいだろ……来るとわかっていたらちゃんとしたのに……カッコ悪いとこを見られた……」
ちゃんとしたのに、その言葉が引っかかりアレク様を見る。確かに普段と比べれば着崩しているし、顔も少し疲れた様子だ。
でも、別にカッコ悪くはない。むしろ僕としては新たな一面が見れて嬉しい。
「カッコ悪くなんてないですよ。アレク様がどんな姿でも僕は好きですよ」
「好きなら良かっ、た……」
「アレク様?」
急に黙り込んだアレク様が気になり顔を上げると、驚いた顔をしたアレク様と目が合う。
「今……好きって……」
「?ええ、言いました…………っ!」
慌てて口を塞ぐ。だけどこんなことしてももう遅い。言ってしまった言葉は無かったことにはならない。
「シリル、好きって言ったよな?」
「……」
熱の篭った目で見つめられ、逸らすことが出来ない。
「なぁ、シリル……もう一度言ってくれないか?」
「……」
「シリル」
「…………好きです」
「ふふっ、もう一度言ってくれ」
機嫌よく笑うアレク様。ああもう、こんな風に伝えるつもり無かったのに。そんなに嬉しそうな顔をされたら、言ってあげたくなる。
「……好き」
「もう一回」
「〜〜〜っ、仕事!仕事溜まってるんですよね!いい加減しないと終わりませんよ!」
「わ、分かった。これで最後にするからもう一回だけ!」
「言いません!僕は仕事を手伝いに来たんです。早く終わらせますよ」
「……はい」
落ち込むアレク様に少し申し訳なくなる。別に悪いことを言ったわけじゃないんだけど……仕方ないなぁ。
「…………終わったら、また言ってあげます」
「本当か!」
「終わったらですよ」
「ああ、約束だぞ!」
ニコニコと心底嬉しそうに笑うアレク様。こんなに喜んでくれるなら、言って良かったかもしれない。
そんな浮かれている僕たちを、冷たい目が見つめていることに僕は気づくことができなかった。




