20
夕食が終わり就寝準備を済ませ部屋で一人過ごす。いつもなら一時間以内には眠気が来てベッドに入るけど、今日は昼間に沢山寝たせいでまだ眠くない。
「本でも読もうかな」
クロードが持ってきてくれた本を取りに行こうとすると。
コンコン
「はい」
「シリル様、まだ眠らないのであればお茶でもいかがですか?」
返事をすると、セドリック様の声が返ってきた。こんな時間にと思ったが、待たせるのも悪いので扉を開ける。
「こんばんは」
「セドリック様……」
「お部屋に入ってもよろしいですか?」
夕食前のことがあって少し気まずいが、特に断る理由もない。重い扉を開けて部屋に招き入れる。
「……ええ、どうぞ」
「ありがとうございます」
セドリック様はワゴンを部屋に入れると、手際よくお茶を入れ始める。
湯気とともにお茶から香りが立ち込め部屋を満たす。それは公爵邸で眠れない時によく飲んでいたお茶の香りだった。
「いい匂い……」
「シリル様はこのお茶がお好きでしたのでお持ちしました」
懐かしい手際の良さについ見とれていたが、今の立場を思い出しハッとする。
「あ、申し訳ありません!第二皇子殿下にお茶を入れさせるなんて無礼ですよね。僕が用意します!」
「ふふっ、これは私が勝手にしている事ですから不敬ではありません。シリル様はゆっくりとお待ちください」
「すみません……」
薄暗い部屋は静かで、セドリック様が茶器を動かす音だけが響いている。
何か話題を、と考えるが聞いていいのか分からないことしか浮かんでこない。どうしようか悩んでいると。
「シリル様」
「は、はい」
「私に何か聞きたいことがあるのでは?」
「っ、えっと……大丈夫です。大したことでは無いので」
「遠慮しなくていいですよ。シリル様には私の全てを知って欲しいですから、何でも答えます」
「……」
「どうぞ」
お茶が注がれたカップとクッキーを目の前に置かれる。お茶とクッキーを一口ずつ口に含むと、緊張していた心が少しずつ解けていく。
「おいしい……」
「お口に合い光栄です。離れている間にシリル様の好みが変わってしまったと、思っていましたが変わっていないようで安心しました」
「変わったと言うなら、僕よりむしろセドリック様の方が……」
僕が顔を上げると、セドリック様は少し笑って。
「そう見えますか?」
「はい、立場もそうですが纏っている雰囲気や言動が……」
「……それなりに努力しましたから。突然現れた私が皇子として認められるには、討伐遠征に皇子としての教育をこなした上で、陛下から出された課題を達成しなければなりませんでした」
「どうしてそんなに……?」
セドリック様はあまり権力に興味がなかったはず。セドリック様が公爵家にいた頃、他の使用人たちから話を聞いたことがある。
セドリック様はなぜ、旦那様からの昇格の打診を断るのか。不思議で仕方ないと皆が言っていた。
だから今の状況が不思議で仕方ない。
「どうして、ですか。単純な話です。生涯シリル様の隣に立つにはこれしかなかったからです」
「僕の、隣?」
「はい。第一皇子がシリル様に向ける好意が明らさまになってきたので」
「っ!」
好意と言われ顔に熱が集まる。ちゃんと分かっているけど、第三者から改めて言われると恥ずかしい。
「……やはり変わられたのはシリル様ですよ」
「え?」
「私が貴方様のそばにいた頃は、第一皇子の避けていました。それにお顔も、昔は真っ青だったのに今は真っ赤」
「……」
「否定しないのですね……」
「い、以前はアレク様のことよく知らなくて、怖がってましたが今は……その、色々あって……怖くないのです」
「誘拐されたシリル様を命懸けで護ったから心変わりしたのですか?」
「え?」
どうしてセドリック様が誘拐事件のことを?混乱を招くからその件はごく一部の人にしか知らされてない話だ。いくらセドリック様が第二皇子でも、知りえないことなのに……。
「私にも色々とツテがありまして。シリル様に関することなら何でも把握していますよ」
「……」
じっとこちらを見つめてくる目が、まるで獲物を見つけた獰猛な動物のようで、怖い。この場から逃げたい。
なにか口実は無いかと頭を必死に回転させていると、セドリック様が手を重ねてくる。……まるで、逃がさないとでも言うように。
「変に捉えないでください。それぐらい私がシリル様のことをお慕いしているということです」
「……いつから?」
「ずうっと昔から。シリル様に恋焦がれていますよ」
どうしてだろう。好意を示されるのは嬉しいことのはずなのに、心の底から湧いてくるのは恐怖だけだ。
「はぁ……今回こそと思っていたのに。面倒なことになりました」
「今回?」
「なんでもありません。さて、つまらない話をしてしまいましたね。話を変えましょう。お互いのことをもっと、よく知るために、離れていた間の話をしましょう」
言い方も表情もとても優しいのに、どうしてもセドリック様への恐怖が拭えない。このまま二人きりになってはいけないと、誰かから警告されている気がしてならない。
「あのっ、セドリック様……今夜は……もう……」
「夜はまだまだ長いですから、もっと深夜のお茶会を楽しみましょう、シリル様」
拒否権は無いとで言うような圧に、カップを持つ手に力が入ってしまう。
怖い。誰か、助けて―――。
そう願った瞬間、扉のノックと共に声をかけられる。
「シリル、まだ起きているのか?」




