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セドリックがいなくなって二年目が経った。
殿下への恐怖も少しずつ慣れて、今では面と向かって話しても倒れることはなくなった。
今日は毎週恒例の殿下の訪問日。いつもの応接室でお茶を飲んでいると殿下は前触れもなく驚きの発言をした。
「シリル明日からは皇城に通わなくていい」
「へっ?」
あまりの脈略のなさにカップを落としそうになった。
「シリルの王配教育をしばらくの間ストップすることになった」
「き、急ですね……もしかして僕がなにか無礼を?」
「いや、むしろ教えることが無さすぎると城の人間や俺の両親が褒めていた」
「そ、そうなんですね……身に余るお言葉です……」
そりゃあ……戻る前に嫌ってほど叩き込まれたから出来て当然だ。処刑は婚約破棄されてすぐの事だったから、教え込まれた王配としての知識を忘れる暇なんてなかったし。
「……でも」
「でも?」
「いや、いくら出来ているとはいえ突然すぎるなと……課題も出されていましたし」
「まぁ、ちょっとな……」
殿下が言い淀むなんて珍しい。僕には言えないことが起きているんだろうか。
「言えないことでしたら大丈夫です」
「そういう訳では無い。詳しくはまだ言えないが、色々とややこしい事になっているんだ。それで城がバタついているだけだ」
「ややこしい事……」
僕が皇城に行かなくて良くなる程のことなんてあったかな?殿下から来るなと言われたことはあった。けどあれはもっと先の、僕の処刑が決まる一年前の出来事だ。
この時期の皇城は何も無かったと思うんだけど……。
「ああ、だがシリルが気にすることじゃない。歴代類を見ないほど優秀なシリルに教えることはない皆が言っていたからな。近々減らす予定だったんだ」
「そうだったんですね……」
やりすぎた。体に染み付いていたから当然のようにこなしてたけど、わざと失敗すれば良かった……。怪しまれてはなさそうだけど、期待されすぎるのも困る。
王配教育が再開したら今度は適度に失敗しよう。
「でも、皇城へ行くことがしばらく無いのでしたら時間が空きますね」
王配教育があったから、公爵家での講義は少なめに組まれている。忙しい方が好きという訳ではないけど、時間がありすぎるのも困る。しばらくどう過ごせばいいんだろう。
前回から自由時間なんて持ったことなかったから、何をすればいいのか分からない。
「そうだな。俺もしばらくは暇になる」
「あ、殿下もなんですね」
「城がバタついているお陰でな。一ヶ月ぐらいなら暇だ」
未来の皇帝が暇っていいんだろうか……。
まぁ殿下のことだから、僕が思う暇とは違ってそうだけど。
「しばらくはお互いにゆっくり出来そうですね」
「ああ……それでだな……その……」
「殿下?」
僕から目を逸らし口ごもる殿下。なにか他に僕に言わないといけないことでもあるんだろうか?
一体なんだろうと考えを巡らせていると、殿下は意を決したようにこちらを見つめてくる。
「りょ、旅行に行かないか!」
「へっ?」
「あ、ああ、去年いつか雪を見てみたいと言っていただろ?ちょうどいいし北部に行かないか?あ、もちろん従者も騎士たちも連れていく。シリルの安全は約束する。俺のことが嫌なのは分かっている……でも、せっかくだから行かないか?」
「殿下と旅行ですか……」
殿下への恐怖が消えたわけじゃない。交流だって本当は最低限に抑えたい。長い間一緒に過ごす旅行。気を抜けば恐怖が再燃して、また体調を崩すかもしれない。
「シリル……」
でも、こんな風に誘われたら断れないよね。
「いいですね。ゆっくり出来る機会なんて、今後あるか分かりませんし一緒に行きましょう」
「っ!あ、ああ行こう、一緒に」
「いつから向かう予定ですか?」
「滞在地と世話係の手配は済んでいるから、シリルの準備が出来次第いつでも行ける」
「それって、僕が返事する前からしてたんですか?」
「ああ、少しでも長く一緒に過ごしたいからな。シリルの返事をもらったらいつでも行けるよう手配していたんだ」
嬉しそうに笑みを浮かべて当然のように言う殿下。
「……もし僕が断ってたらどうするつもりだったんですか?」
「そ、それは……どうしてたんだろうな」
「考えてなかったんですか?」
「……考える余裕なんてなかった。断られたら他のプランかシリルが言う条件を全て飲んで連れていこうと思ってた」
「どうして……そこまでして僕と旅行に行きたいんですか……あっ」
はっとして手で口を塞ぎ逃げるように顔を伏せる。つい思ったことが口から零れてしまった。
「シリル」
名前を呼ばれ顔をあげると、真剣な顔をした殿下がこちらを見つめていた。その顔に身体が少し強ばっていると、今度は優しい微笑みを向けられる。
「好きだからだ。必死に尽くせる限りの手を尽くして誘ってる。それに……」
「それに?」
「まだシリルの手に触れることすら出来ないんだ……だから必死にもなる」
「……申し訳ありません」
「シリルが謝ることじゃない。俺が気づかないうちにお前を傷つけてしまったのが悪いんだ」
「……」
十年前に戻ってから殿下に傷つけられたことは無い。むしろ大切にしてもらってるが分かるほどだ。
だから殿下は何も悪くない。
悪いのは……分かっていながら勝手に怖がっている僕だ。戻ってからもう二年も経った。そろそろ向けられる好意に少しでも応えないと。ずっとこのままは流石に心が痛む。大丈夫、いざと言う時は交わした契約がある。契約さえあれば、少なくとも処刑台に立つことはない……はずだ。
「殿下、せっかくなので旅行に行きましょう」
「っ!いいのか?」
「はい」
「分かった!では護衛は何人にする?何人でも連れていく。シリルが安心できる人数を教えて欲しい」
「数人で大丈夫です。大勢で行っては旅行の意味が無くなります」
「そ、そうか、確かにシリルの言う通りだな……ふふっ」
「殿下?」
なにかおかしなことでもあったのだろうか。
「すまない、嬉しくてつい笑ってしまった。楽しみだな」
初めて見る殿下の心底嬉しそうな顔。殿下ってこんな風に笑うんだ……。
「そうなんですね……僕も楽しみにしています」
「ああ、いい旅にすると約束する」
この時の僕はまだ知らなかった。まさかあんな形で―――殿下と離れることになるなんて。




