第89話 宰相の悩み
ヴァシリカの国の宰相、カルシュテンはため息をついていた。
城下の商人たちにふれをだし、知っているあらゆる毒物を集めさせた。
マンドラゴラから、ヒュドラの毒まで幅広く集まったほうなのだが――。
ルクスにへばりつく魔核に、ひび一つ入らなかった。
やはり、ホワイトドラゴンやブラックドラゴンレベルの猛毒でないと効果はないらしい。
ヴァシリカの国王も、回復したベアトリス王女もルクスに声をかけたがっていたが、カルシュテンは止めた。
謙虚で快活な青年が治ったならともかく、今顔を出すのは邪魔でしかない。
「ホワイトドラゴンのかぎ爪は、手に入らなかったか……」
ドラゴンの特性として、死んだら毒が消えてしまうのだ。
生きているうちに、特性の封印箱に入れなければ、ドラゴンの毒は手に入らない。
「バルグラッドのエンシェントポイズンドラゴンは、ホワイトドラゴン以上の強さであるし……」
ヴァシリカの最高峰騎士でさえ、ホワイトドラゴンの生きた毒を取ろうとする前に自分が毒にかかってしまう。
倒せ、ならともかく毒だけを取るのは至難の業だった。
足取りも重く、カルシュテンはルクスの客室へと赴く。
しかし、部屋の主は不在だった。
メイドに聞くと、解体場にいると言う。
カルシュテンは普段入らない、城の解体場へと顔を出した。
ヴァンパイアの国には必須の、刺すだけでモンスターの血を抜いていく魔道具を、ルクスがブラックドラゴンに刺している。
「便利ですねーこれ! 血抜きがすごい楽ですー」
「一台差し上げましょう。せめてものお詫びですから」
「あ、カルシュテンさん」
ルクスは、魔核に傷が入ってからますます元気になっていった。
頬からやつれは消え、食事も自分で取っている。
カルシュテンは、ベアトリス王女の中の高位デーモンの血より、デーモンロード・オーデュインが凌いだのだと思っていた。
ベアトリス王女にも再生能力はある。
しかし、ルクスのように魔核と対抗して、なおかつ上回るほどの再生力ではなかった。
「これから、ヴェンデーノの谷ですか? ルクス殿」
「はい、帰る前に皆さんに、ブラックドラゴンの生き血をプレゼントしようと思って」
「いけません! お礼はこちらがするものです。そんな高価な品を……!」
「まあまあ、いいじゃないですか~」
ヴァシリカの都合上、王族を助けられた身でプレゼントなど受け取れるはずがない。
ルクスの求めていたスの実も、渡せるだけ渡す気でいる。
しかし、ルクスの性格上ただ受け取るのは納得できないのだろう。
譲る気のない笑顔に、カルシュテンは肩を下げた。
「せめて、買い取らせていただけませんか。こちらとしては、ただいただくのは心苦しい上に、国の体裁もあるのです」
国の体裁、という言葉を聞いて初めて、ルクスの表情が困る。
聞いた話、日本には身分がないという。
知識として知っていても、実感がわかないのだろう。
「ヴァシリカはヴァンパイアの国の中でトップです。魔族の国の中でも、かなりの交易都市として名高いのです。そんなヴァシリカが、王族の一人を救われてスの実を渡すだけ!? 国として馬鹿にされ、見くびられてしまいます。命の恩人に、そんな態度をとった国なのかと」
幸い、解体場にいたヴァンパイアたちは、皆が全力でカルシュテンの言葉に頷いてくれている。
空気の読める国民性だ。
「じゃあ……そういうことなら……魔道具と、血の買い取りで……スの実は買う、とか?」
「ああ……ルクス殿はそんなにヴァシリカがケチだとお思いなのか……悲しいです」
カルシュテンは、眉をひそめる。
長い袖で、顔を覆ってまで悲劇感を強調した。
「いえ、ケチだなんて!! 豪華な客室に寝かせてもらって、一日中メイドさんがつきそってくれて、あんなにしてもらって……俺は感謝してて」
「そんなことは、王女殿下を救ったので当たり前です。ルクス殿はもっとご自分の価値を見誤っておいでです」
「そんな……俺なんか事務所で一番弱いし、ゲボクだし……価値なんてないと思うんですけど……」
ルクスの価値観は、過去のルクスの話だったがカルシュテンを驚かせた。
デーモンモードになる前に、ブラックドラゴンとホワイトドラゴンを倒していた様子は、護衛騎士たちから聞いている。
そこまで強いルクスが、一番弱いと言ったことでカルシュテンの脳内の残業ダイスキ部は魔窟のようなイメージになってしまった。
「まず、ルクス殿は血抜き魔法具を貰い、スの実をうけとること。そしてドラゴンの血は買い取りで! さらに国からの感謝として5千万ディニーと転移石を受け取ってください。これは最低限です!」
「ええ……そんなに貰ってですか?」
「はい、なんならベアトリス王女殿下を嫁に貰っていただくレベルですよ」
ルクスの寝顔をこっそり覗いたベアトリス王女からは、密かに打診があったのだ。
強くてかっこいいルクスの為ならば、地球に行ってもいいと。
「そんな……俺は生活費を稼ぐのに必死ですから、まだ早いですよ」
ルクスが頭を抱え始めたので、カルシュテンは笑顔で宣告した。
「では、最低限の贈り物だけは受け取ってくださいね、ルクス殿」




