第65話 ダンジョンへの救援⑤
一方、期待されたルクスの心は給料アップに燃えていた。
荷物持ちから、戦闘員に格上げだ。
「うーん、とはいえうろうろしちゃうと、毒霧を吐かれてみんなが潜んでいるほうまで毒霧が広まっちゃう可能性があるんだよなぁ」
曲がり角で、ボスモンスターをちらちら見ながらルクスは作戦をたてた。
「いくぞー!! 初のダンジョンボスー!!」
グランディアでは当たり前のように戦ってきたが、ダンジョンボスは巻き込まれて完全解毒・Sをゲットしたとき以来だ。
残業ダイスキ部の仕事では、完全に初めてのことだ。
Sランクピースメーカーの二人がいるのに、ルクスがでしゃばる必要はない。
今回は、おそらく毒だからだと判断していた。
「くらえーー!足たば作戦!!!」
隠れていたあいだに、ルクスは自分の足を十回以上切っては再生していた。
もちろん、ミラージュクロコダイルにズボンの生地をもっていかれたほうを。
自分の足を数本投げると、ポイズンエンペラーフロッグは舌で足をからめとる。
そのまま丸のみしようと苦戦しているモンスターの口を、ルクスは手でこじあけて残りの足を突っ込んだ。
ルクスにしかできない、毒霧封じの技だ。
口の中をいっぱいにされたポイズンエンペラーフロッグをよそに、ルクスは弾力のある皮膚ごと心臓を貫く。
モンスターは断末魔さえあげられず、ルクスの足をつまらせたままわずかに毒霧を吐いた。
ルクスの完全解毒スキルによって、なんのダメージも終わられないまま。
ルクスは、アイテムボックスから予備の服をだして、最後の毒を遠くに散らした。
「みなさーん、もう大丈夫ですよぉ~」
ルクスがのんびり声をかけると、ピースメーカーたちがぞろぞろと出てくる。
ルクスの倒し方に、数人が気持ち悪そうにしている中、ユーナは声をあげてこの非人道的なやり方を笑う。
ネオは、自分のドラゴンブレスのほうが早かったのではないかという顔だ。
「ゲボク、この大量の足どうするの?」
「そのうちモンスターの群れにでも撒きますかね? 一応取っておこうかな」
「ルクスはなんでもとっておくなぁ」
呑気な会話をする残業ダイスキ部に、他のピースメーカーがねぎらいながら救助した半妖たちを連れて出口を出る。
半妖の子供たちも「ありがとーござました!」と、ルクスに声をかけながら外へ出て行った。
もう誰もいないだろうと、ルクスが背後を見渡すとぽつんと稲葉が残っていた。
「……お疲れ様でした」
深々と頭を下げて、稲葉も出口に向かう。
ネオとユーナは、それぞれルクスを叩いた。
しかし、ルクスには何も伝わっていない。一人きょとんとしている。
「給料アップって、今日だけですかぁ? それとももしかして、今日からずっとですかぁ?」
川でびしゃびしゃになったまま、ルクスは二人を追いかける。
ぽっかりと開いたダンジョンの出口は、陽の光に照らされていた。
***
ユミエラは、レッドバーニ―の肉、玉ねぎ、トマト、バジルで味付けしたカチャトラを煮込んでいた。
端的にいえば、トマトシチューだ。
バーニーの肉は、薄力粉をまぶして強火で炒めたものを圧力鍋で他の具材と煮る。
本場のイタリアでは漁師風煮込みとなるが、本場では普通のうさぎ肉を使う。
魔肉だが、うさぎ肉の使い道を検索して見つけた。
「お兄ちゃん、そろそろかなぁ」
ルクスは事務所のあとにグランディアで肉を狩るのは、もう習慣だ。
その時間を含めて、ユミエラは料理を始めていた。
「スープ以外を作るのは、久しぶり……」
ユミエラの顔に自然に笑みが浮かぶ。
ルミリの実、アの実を摂取してからユミエラは、立っている間のめまいがなくなった。
長時間は立っていられないが、簡単な掃除や料理は出来るようになった。
ルクスからも食材を預かっているので、時間をかけてゆっくり料理を作っている。
自力で動けもしなかったときと比べて、こんなにも体は軽い。
ルクスがグランディアに行っている間はユーナの家に預けられているが、休みながらユーナ宅の半妖のメイドさんとお菓子を作ったりもしている。
ユミエラは筋がいいと褒められ、色んな料理のレシピを教わった。
今日のカチャトラもその一つだ。
以前は寝たきりで、なにもかもやってもらっていたが、今はやれることがある。
それは、役立たずだと自分を責めていたユミエラにとっては、大きな違いだった。
「ただいま~~! いい匂いがするーー」
「お兄ちゃん、おかえりなさい」
エプロン姿で出迎えると、ご機嫌のルクスがびしょぬれの靴を脱いでいた。
家を出た時と、服装が違う。
また兄が服が損壊する戦いをしたのだろう。
再生するとはいえ、心配にはなる。
靴を乾かしているルクスにバレないように、ユミエラはそっとため息をついた。
最近は、こうして服が破けることは減っていただけに気になってしまう。
「おいしそうな匂いだな~、ユミエラは今日なに作ったの?」
「カチャトラだよ。イタリア風のトマトとうさぎのシチュー」
「おしゃれな料理、覚えてきたねー! えらいえらい」
ルクスに頭を撫でられて、ユミエラは頬が染まった。
兄は、いつも手放しでほめてくれる。
片付けや掃除が、ほんの少しでも進んでいるだけでほめるし、なにも出来ていなくても褒める。
「そうそう、今日からね、調査の人がついてくるようになったんだけど、稲葉さんっていういいひとでね~」
ルクスは手を洗ったりしながら、いつものように今日の仕事の話をする。
ユミエラは、カチャトラとごはんをよそいながら耳を傾けた。
今日も、平和な夜だった。
ユミエラは、そっと何かに感謝した。
――お兄ちゃんが無事に戻ってきてくれてありがとう。
その願いは、月だけが見届けていた。




