第64話 ダンジョンへの救援④
「リバーブレードシャークよ!」
ルクスの上半身がほぼ呑まれた。
ユーナは癒しの糸を止めて、怪我をしている男性を庇う。
調査としてきているAランク探索者の稲葉も、思わず剣を抜いた。
「ネオ! 背後は守るから、攻撃を――」
「まあ、待ってみようよ。今のルクスなら何かやると思うよ」
赤い髪をかき上げて、ネオは不敵に笑う。落ちている鬼哭丸を拾ったが、それだけだった。
逆に稲葉は、真っ青に青ざめた。
「ルクスさんは呑まれたんですよ!? この状況で見捨てるのですか?」
「見捨てるなんて、言ってませんよ。見届けようと言ってるんです」
「同じじゃないですか。動かないのならば、私が――」
ルクスの体は、腰まで消えている。
その瞬間、リバーブレードシャークから、メリメリという謎の音が聞こえてきた。
「……よいしょっと。あと少し遅かったら、胃袋の中だったじゃないですかー! 助けてくださいよぉぉ」
「でも、大丈夫だったじゃないか」
モンスターの口を素手で引き裂きながら、半裸のルクスが顔を覗かせる。
その右手には、引きちぎったリバーブレードシャークの心臓があった。
「無事……だったんですか」
「服はぜんっぜん無事じゃないんですけどね。稲葉さんにはずっと心配をおかけしてすみません」
倒したリバーブレードシャークをアイテムボックスに放り込みながら、ルクスは笑う。
稲葉は、頭の上からつま先までじっとルクスを見つめた。
「あれだけの怪我が、なかったことになるんですね……」
「まあ、それだけが取り柄ですから」
「皆さん、信じてらしたのに、すいません……攻撃していたら中にいるルクスさんに当たっていたところでした」
「まあ、それでも再生しますし、気にすることはないですよ。俺は稲葉さんの心配してくれた気持ちと、名前を呼んでくれることが嬉しいですよ」
ユーナは、ルクスがメリメリやりだしてからまた治癒に戻っていたが、微かに唇が笑む。
稲葉が事務所にやってきたときは、誰の名前も呼ばなかった。
ユーナは社長とだけ。ネオたちは社員の方とだけ言い換えていた。
しかめっつらを隠さずに、いやいや事務所に居て付いてくる。
それが、半日もしないうちにルクスによって変化した。
当初の態度からは、半妖を心配する稲葉など想像できない。
ユーナもネオも、密かにルクスの天然の力に期待していたが予想以上だった。
「次はこっちだな」
「え、そっち? ネオは未回収の大人ばっかり感知するわね」
「ネオ先輩がいなかったらと思うとぞっとしますねえ」
残業ダイスキ部の事務所は、そのまま二時間かけて施設の大人スタッフを回収した。
ネオと、スキルの力で子供の取りこぼしはいないことが判明して一同は五人のスタッフを守りながら出口に向かった。
幼命探知で分かっていたことだが、誰も出口を突破していない。
「ああ、残業ダイスキ部のユーナさん! ネオさん!」
「ダンジョンボスが手ごわくて……」
「もう、毒消しがほとんどなくって、攻撃できなかったんですよ」
顔なじみのピースメーカーたちが、次々とユーナとネオに話しかけてくる。
遠距離を持つユーナには、あまり毒は効かない。
「ポイズンエンペラーフロッグね……」
「毒霧吐くやつですねぇ」
のほほんと相槌を打ったルクスは、バンと背中を叩かれた。
「いってきなさい、ルクス!!」
「そんなぁ、ユーナ先輩ならここからすぱっと一撃じゃないですかぁ」
「――給料、あげるっていったらどうする?」
「是非やらせてください!!!」
思わず挙手してしまう、貧乏性のルクス。
救助された子供たちとスタッフ。そして他のピースメーカーを含めて、ダンジョンボスの近くから離れた。
「大丈夫なんですか? あのひと確か荷物もちですよね?」
「Fランクだった気がしますけど……」
ダンジョンの壁を背にして、ユーナは軽く手を振って黙らせる。
「まあまあ、駄目ならアタシが一掃しますから」
「最初からそれはダメなんですか?」
赤く染まったユーナの形のいい唇が、にんまりと笑った。
「ま、見ててください。あいつの今の実力を測りたいんです」
「ポイズンエンペラーフロッグは、厄介さからB~Aランクが推奨ですが……」
思わず口を挟んだ稲葉にも、ユーナは笑いかけた。
グランディアで成長し、じょじょに戦いだしたルクス。
いつの間にか得意の泣き言は減り、自分から前に出るようになったルクス。
今も、倒せと言われて”自分では倒せない”とは言わなかった。
「期待、してみましょうよ。うちの泣き言新人の成長に」




